レオナードは生意気盛り
レオナードは、現国王の末子である。同じく正妃から生まれた兄が二人、姉が一人。また、側妃が産んだ兄や姉もいる。
そして正妃の子の中で唯一「外国」で育ち、この国への愛着も薄い。
「殿下、放課後はぜひ私たちとお茶会を」
「いいや、殿下は俺たちとグラウンドで運動をなさるんだ」
あれこれ勝手に予定を立てる同級生たちを「それはまた今度ね」といなし、教室を抜ける。人気者も大変だ、と首を傾けると、ぽきりと音が鳴った。
人心掌握に長けていなければ、もっと生きづらい人生だったろう。周囲からの評価と、レオナードの自己評価は概ね一致していた。
(どちらにせよ、生きづらいんだが)
教室を出ると、するりとレオナードの隣に二年生の女子が並んだ。彼女は亜麻色のロングヘアを揺らし、「殿下」と咎めるように言う。レオナードには、その先に続く言葉の予想もついた。
「また旧図書室へと行かれるのですか」
「リリア、またか。もちろん行く」
端的なレオナードの言葉に、侍従である彼女は深いため息をついた。レオナードの部屋へ夜な夜な報告へ来る男の養子であるリリアは、「軽率な行動はおやめください」と密やかに窘める。
「あの生徒は怪しいと、義父も申しております。あそこへ行くのはおやめください」
「いやだ」
「殿下」
リリアはレオナードの前に立ちはだかろうと、一歩踏み出した。しかし、教室から顔を出した生徒たちが「殿下」と口々に呼ぶ。それに彼女ははっと顔を上げ、下唇を噛んだ。
「またあの女だ」
「幼少期からご一緒らしいけど……」
「婚約者でもないのに、図々しいよな」
レオナードがそれを止めようとするより先に、リリアは黙って踵を返した。レオナードはその背中に「リリア」と呼びかけるが、彼女が立ち止まることはない。
「姉さん」
レオナードの呟きを、彼女は耳ざとく聞きとがめた。鬼のような顔で振り返り、レオナードの異母姉が、つかつかと歩み寄ってくる。
「外でそれはやめなさい、レオ」
ふふん、とレオナードはかえって得意げに鼻を鳴らした。リリアは思い切り眉間に皺を寄せたが、生徒たちの好奇の視線に軽く舌打ちをする。
「覚えていなさいよ」
捨て台詞のように言って、リリアは立ち去っていった。レオナードは肩を竦めて「またね」と手を振る。彼女は振り返らず、肩を怒らせたまま立ち去ってしまった。
「殿下、あの方とはどんなご関係なんですの?」
「私たちも、殿下とお話ししたいのですけれど……」
遠慮がちなふりをして、女子生徒たちがレオナードの手や腕に絡みつく。内心ため息をつきながら、レオナードはそっと彼女たちの手を振り解き、「彼女とはなんでもないよ」と微笑みかける。
それだけで彼女たちは顔を赤らめるのだから、得な顔に生まれたものだ。
「実は、君たちとも話したいと思っているんだ。だけどこんな急ごしらえの場じゃなくて、きちんと用意したお茶会がいいな。また招待するよ」
そして妬まし気な視線を向ける男子たちにも、レオナードは微笑みかける。
「君たちも、来てくれるかな? 名前を教えてくれたら、招待するのだけど」
レオナードの言葉に、彼らも目の色を変えてレオナードへと寄ってくる。王位を継ぐ可能性は低いレオナードであっても、彼らにとっては美味しい餌に見えるらしい。
口々に名前を告げる生徒たちの顔と名前を一致させながら、レオナードは頭の中の名簿をめくる。
(こっちの彼は地方貴族の子だ、領地では鉄が取れるから爵位の割に金はある。こちらは成金の子で、輸入貨物で財を成している。で、彼女は俺の婚約者候補。香水がキツいが、流行は押さえた格好だ)
ひとりひとりと握手を交わし、レオナードは甘い笑みを浮かべた。レオナードを中心に欲望と好奇心が渦巻き、その渦中から本人が抜け出す。
「君たちのことは覚えたよ。じゃあ、また今度」
名残惜しそうに、女子の白い手や男子の骨ばった手が多く伸ばされる。そのどれも取らずに、レオナードは彼らに背を向けた。寮の自室へ教材を取りに向かって、旧図書室へと向かう。
重たく軋む扉を開けると、すでにアンリが待っていた。彼は静かに机に向かって、本を広げている。没頭しているその横顔に、少し見惚れた。
そっと近寄ると、彼のちいさな頭の動きにピアスが揺れる。小さな採光窓から降る光でサファイアがきらめいて、綺麗だ。
「アンリ」
声をかけると、彼がぱっと顔を上げる。その大きな青い瞳に写るとき、レオナードは、これまで感じたことのない熱が胸に広がった。
「レオナード殿下」
そして彼は、ついさっきまで集中していた本を閉じて、レオナードに向き直った。なぜかそれに、胸が甘く高鳴る。
まるでアンリがレオナードのことだけを思っているみたいで、身体が痺れるような興奮を覚える。
そしてこの表現はレオナードにとって、ちっとも大げさではなかった。
「今日は何をするんですか?」
レオナードより二つ年上の男のくせに、アンリはとてもかわいかった。レオナードは自分が一番魅力的に見える笑みではなく、自分が一番自然体のときの笑みを浮かべる。
「昨日の続きだ。ほら、やるぞ」
そう言えば、アンリは当たり前のように教科書を広げる。その小さな頭を揺らしながら、うんうん唸ってページをめくる彼。
そのつむじが右向きであること以外、レオナードの頭にはなかった。
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