さらばアズマ

 翌日……それはもう、ひどかった。

 最初に起きたのはマイルズさんかな……キッチンからいい香りする。

 宴会場で雑魚寝したのか、みんな寝転がって爆睡している。でも、テーブルの片付けは終わって、朝食用なのか食器がセットしてあった。

 ソロソロと起きてキッチンへ行くと、マイルズさんが朝食の支度をしていた。


「お、おはようございます……うぅ~」

「おはようございます。さ、お水をどうぞ」


 マイルズさんがコップに水をくれたので一気飲み……ふう、落ち着いた。

 俺は朝食の支度を見ながら言う。


「すみません。片付けと朝食の支度、任せちゃって……」

「お気になさらないでください。昨日はとても楽しい時間で、私も起きたのはつい先ほどでして……シュバンもまだ寝ています」

「……つ、ついさっき、ですか?」


 いや、昨夜の食器は綺麗に洗い終わって片付けてあるし、スープの香り、パンが焼ける匂いなどもするんだが……絶対一時間じゃ終わらないぞ。

 というか、マイルズさんの恰好も決まってる。ぴっちりスーツにエプロン、髪型もバッチリだ。

 マイルズさんは、ニコニコしながら言う。


「ゲントクさん。まずはお風呂でもどうですか? すでにお湯を沸かしてありますので、男女に露天風呂と入れますよ」

「ありがたい。ってかマイルズさん、手際よすぎですね……」

「ふふふ。長く生きていますので、これくらいは」


 うーん、ヴェルデが羨ましい……こんな老紳士に将来はなりたいぜ。

 俺はマイルズさんに支度を任せ、部屋から着替えを取りに行って戻ると、ユキちゃんが起きたのかぺたぺた廊下を歩いていた。


「にゃあ。おじちゃーん」

「おはよう。よく寝れたかい?」

「にゃあ。おじちゃん、おといれ?」

「いや、風呂に入るんだ。ちょっと臭うしな……」

「にゃあう。わたしもはいるー」

「えーと……まあいっか。じゃあ、俺と一緒に行こうか」

「にゃ」


 俺はユキちゃんと一緒に男湯へ……い、いいよな別に? うん、三歳だし。

 服を脱ぎ、腰にタオルを巻く。

 ユキちゃんは服をささっと脱ぎ、俺に抱っこするよう手を伸ばす。

 そして、ユキちゃんと浴場へ。


「さ、身体と髪の毛洗おうか」

「にゃあー」


 俺は身体と髪を洗う。そういや、三歳くらいの子供って、シャンプーハットとか必要かな。

 自分の身体をごしごし洗うユキちゃん……なんか大丈夫そうだ。


「さ、背中洗おうか」

「にゃう」


 ユキちゃんの背中を洗い、聞いてみる。


「ユキちゃん、髪の毛は洗える?」

「にゃあ。おじちゃん、おねがい」

「わかった。じゃあ、眼を閉じてな」

 

 ユキちゃん、眼を閉じるとネコミミもぺたんと閉じる……ああ、お湯が入らないようにか。

 獣人ならではだな。俺はシャンプーを泡立て、ユキちゃんの髪を洗う。そして、ネコミミも丁寧に揉み洗い……なんかクニャクニャして気持ちいい。

 洗い終え、俺はユキちゃんを連れて露天風呂へ。


「ふぅぅ……ややぬるめ。朝入るにはちょうどいいな。さすがマイルズさん」

「にゃー……」

「ユキちゃんおいで。抱っこしてないと深いからね」


 俺はユキちゃんを抱っこし、お湯を満喫する……すると、ユキちゃんのネコミミが動いた。


「にゃあ。おかあさん」

「ユキ、いるの?」


 と、女風呂の方から声。

 そうだった。露天風呂、混浴なんだった!!


「あ、あの。俺もいます。すみません……ユキちゃん、お風呂入りたいって言うんで、連れて来ちゃいました」

「そ、そうですか」


 と、女風呂の方から声。スノウさんも来たらしい。

 

「にゃああー、おかあさんも来てー」

「あ~、すみません。俺、出ますんで……」

「あ、大丈夫です」


 と、スノウさんが来た。

 タオルを巻き、長い髪をまとめ、ネコミミと尻尾を揺らしながら。

 で、でけえ……いやどこがとは言わんけど。


「スノウさん、ユキがいたの?」

「あ」

「あ」


 と、サンドローネが露天に来た……全裸で。

 俺とスノウさんがやり取りしてるの聞いてなかったのか。身体を隠さずに出てきた……しかも、朝日がちょうど差しているところに立ったせいで、めちゃくちゃばっちりよく見える。

 サンドローネは俺を見て数秒後、顔を真っ赤にして女湯へ消えた。


「あ、あなた!! いるならいるって言いなさい!!」

「いや、スノウさんと喋ってただろ……」

「も、申し訳ございません。私がもっと早く言えば……」

「にゃああ」


 とりあえず、朝飯の前だけどごちそうさまでした……!!


 ◇◇◇◇◇◇


 ユキちゃんをスノウさんに任せ、俺は風呂を出た。

 すると、ちょうどみんなが起きた。

 入れ替わるようにみんなが風呂へ。シュバンがマイルズさんにペコペコ頭をさげていた……ああ、寝坊したこと謝ってんのか。でもマイルズさんは笑ってウンウン頷いている。

 リヒター、サスケは大あくびして風呂へ行き、シュバンも風呂へ行った。

 俺はマイルズさんと朝食の準備をし、みんな戻ってきてからご飯にした。


「朝飯は……ザツマイ、玉子焼きに焼き魚、味噌汁、小鉢、そして海苔!! いやー、日本人の朝って感じだなあ」


 さっそく。みんなでご飯だ。

 アズマに来て、みんなザツマイの主食になれたのか、誰も文句を言わない。

 俺はサスケに言う。


「な、サスケ。エーデルシュタイン王国でアズマの食品買える店とかないか?」

「あるぜ。ミソとか、ノリとか買えるところだろ? 正直、エーデルシュタイン王国じゃあんまり買う人いなくてな」

「俺が買いまくるぞ!! すき焼きとかの材料も買えるしな」

「……サスケくん。そのお店、アレキサンドライト商会にも紹介してくれない? アズマの食材……個人的にもだけど、食べたくなるわ」

「いいぜ。へへ、天下のアレキサンドライト商会と提携できるって聞いたら、店主のおっちゃんは大喜びだぜ」

「ね、ね、ゲントク。昨日のすき焼きだっけ、また作ってよ」


 イェランが味噌汁を啜りながら言うと、俺はウンウン頷く。


「もちろん。毎回俺が作るのも面倒だし、トレセーナに相談して店で出せないか聞いてみるか。トレセーナなら、俺よりうまくやりそうだ」

「いいわね。レシピがあるならアレキサンドライト商会で共有したいわ。スキヤキ……本当に美味しかったわ」

「ね、ね、マイルズにも教えてあげて。私たちの拠点で食べれるようになったら最高じゃない!!」


 ヴェルデが言うと、ロッソたちも大賛成だ。


「それいいじゃん!! マイルズの料理マジで美味しいし!!」

「……スキヤキ、おいしい」

「美味しいですけれど、食べ過ぎると太っちゃいますわねえ」

「たまに食うからスキヤキは美味いんだぞ? マイルズさん、レシピを買いて後で渡しますね」

「ありがとうございます。ふふふ、腕によりをかけて作りましょう」


 スキヤキ、みんな喜んでくれて俺も嬉しい。

 そして、なんか静かだなーとリチアを見ると、こっくりこっくりと船を漕いでいた……すげえ眠そう。

 朝食後、熱いお茶をみんなに出し、俺はみんなに聞く。


「な、そろそろ休暇も終わりだけど、いつ帰る?」

「そうね……最後に、孤児院の様子を見て、新支店の準備もある程度は終えたいわ。明後日でどう?」

「アタシたちはそれでいいよー」

「……おみやげ、買う」

「にゃあ。クロハ、リーサにおみやげ買いたいー」

「俺も、味噌とか食材とか調味料とか酒とか、買えるもんは買いたいな。ダチに土産も買いたい」


 ギルド受付のヘクセン、グロリアとか、魔導武器職人のホランドとか。

 イェランもウンウン頷く。


「アタシも、職場の連中にお土産買わないとな。ゲントク、今日ヒマなら一緒に行く?」

「いいぞ。ははは、デートに誘われちまったぜ」

「ば、バカかアンタは!! ったく……」


 すると、アオが俺の隣に来て言う。


「……おじさん。私も一緒に行っていい?」

「ん? ああ、いいぞ」

「にゃあ、わたしも行きたいー」

「ユキちゃんもか。いいけど、スノウさんは?」

「私は、別荘のお掃除や皆さんの旅支度がありますので……申し訳ありませんが、ユキを任せてよろしいでしょうか?」

「いいですよ。じゃあユキちゃん、おじちゃんたちとお買い物行こうか」

「にゃあー」

「アタシらはどうする? おっさんたちと行く?」

「……ロッソ。あなた、別荘の自室を掃除なさいな。旅支度もスノウさん任せにするわけにはいかないでしょう?」

「うぐう……ヴぇ、ヴェルデ、アンタは?」

「私は特に。あ、そうだ。せっかくだし、サンドローネさんに付いていい? 孤児院の子供たちに会ってみたいわね」

「構わないわ。ブランシュさんは?」

「では、わたくしも。アオ、おじさまの護衛はお任せしますわね」

「うん」

「じゃ、オレはオッサンに付いて行くぜ。一般的な土産屋から、アズマの穴場まで案内できるからよ。アオ、いいか?」

「うん。サスケ、お願いね」

「スノウさん、別荘の方はお任せします。私とシュバンは、連結馬車に積み込む食材など、出発の支度をしますので。終わり次第、お手伝いに回ります」

「わかりました。お任せください」


 おお、アオとサスケ、なんか仲良くなってるかもしれん……これは邪魔者になるやも。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 アズマ最後の思い出は買い物だった。

 俺は調味料や酒などを買いこみ、ユキちゃんは木彫りのオオカミ、キツネの置物や長期保存できるアズマのクッキー缶、ドロップ缶を買った。まんじゅうとかはさすがに日持ちしないから諦めた。

 イェランも同じのを買い、アオはサスケに案内された簪の専門店で簪を買った。

 なんか隠し武器にもなるとかいう、ちょっと物騒な簪だった……そして、なぜか俺が選ばされた。

 

 時間はあっという間に過ぎ、アズマ出発の日。

 俺の別荘の前に連結馬車が到着した。

 不動産ギルドに管理を任せたし、あとは帰るだけ。

 すると、リチアが見送りに来た。


「ゲントク。楽しい時間をありがとね」

「ああ、俺も楽しかったよ。ああ、スキヤキ……これ、レシピだ。お前の知り合いの飲食店とかに渡して、作ってもらうといい」


 俺はレシピを渡すと、リチアは嬉しそうに受け取った。


「もらっておくわ。ああ、レシピ料金として、あんたの口座に十億振り込んでおいたから」

「は? って、おいおま、何してんの!?」

「別にいいでしょ。それくらい価値あるモノよ。ああそうだ、あんたに言っておかないと。実は昨日、ヘミロスとゲミニーから連絡あってさ、あんたにお願いしたいことあるんだって」

「は? 誰?」

「十二星座の魔女よ。ヘミロス・ジェミニとゲミニー・ジェミニ。二人で一人の『双子座の魔女』よ。知らない?」

「……知らんけど」

 

 二人で一人って……仮面をかぶったライダーじゃあるまいし。 

 すると、話を聞いていたサンドローネが割り込む。


「ヘミロス・ジェミニとゲミニー・ジェミニ……あの、『教育』を浸透させ『学校制度』を普及させた方々ですね」

「そうよ。あの二人、ワタシらの中でも群を抜いて『学び』に夢中だったからね。で、第四降臨者であるあんたに、話を聞きたいんだって」

「なあ、その第四降臨者って何だ? そういや……最初に会った時も言ってたな」

「ああ、あんたはこの世界に来て四番目の異世界人ってことで、そう呼ぼうって魔女の間で決めたのよ。つい最近のことだけど」

「……あれ? 待てよ。俺、アツコさん、トクガワ・ジュウザブロウさんの他にもいるのか?」

「ええ。順番で言えば、ジュウザブロウ、アツコ、ショウマ、ゲントクの順ね」

「……ショウマ?」


 おいおい、まさか……まだいたのかよ。異世界から来たやつが。


「ショウマは一年くらいしかいなかったからね。ワタシは覚えてるけど、忘れちゃってる子も多いんじゃない?」

「……いなかった? え、おい、まさか」

「うん。ショウマはこっちに来て、一年くらいしたら帰っちゃったの」


 その話を聞いて、俺は驚いた。

 まさか……あるのか? 帰る手段ってやつが。

 

 こうして、俺のアズマでの休暇は終わった。

 帰ったらまた面倒くさいことが始まる気がした。

 今度は『双子座の魔女』か……どんなお願いをされるのかね。

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