『牡牛座の魔女』エアリーズ・タウルス
さて、俺は商業ギルドへ。
使えそうな素材を大量に買い、追加料金を支払って別荘に運んでもらうことにした。
地下にリネン室があり、今は空き部屋になっている。そこに素材を入れ、魔道具制作部屋とすればいい。
まず、エアコン。こたつも作る。ホットカーペットに……そうだ、熱燗用の徳利も作ろう。冷蔵庫はデカいのあったし、製氷機は……小さいの一個作るか。
そんなことを考えながら商業ギルドから出ると。
「おっと」
「あ、す、すみません」
人とぶつかってしまった。
慌てて謝る俺。そして、驚いた。
「気にしないでくれ。だが、考えごとをしながら歩くのはよくないぞ」
「あ、ああ……はい」
銀髪、長耳、金色の瞳……この人、エルフだ。
身長が俺より高く、ショートカットにした銀髪が片目を隠している。眼隠れ美人ってやつだ。
俺を見て「ん?」と首を傾げ……う、なんか猛烈に嫌な予感。
「……お前、ラスラヌフが言っていた異世界人か?」
「あ、ああと、その」
「はっはっは!! どうやら当たりのようだ。アツコの遺品を修理した魔道具技師、異世界ならではの発想で面白い魔道具を生み出したと聞いた。あのラスラヌフが褒め、感動するなんて千年はなかったぞ。おっと、挨拶が送れた。『牡牛座の魔女』エアリーズ・タウルスだ」
勢いすげえ。一気にしゃべり、自己紹介、さらに俺の手を掴んでブンブン振りながら握手。
ラスラヌフとはタイプ違う感じ。とりあえず、俺も自己紹介。
「ゲントクだ。アレキサンドライト商会の魔道具技師やってる……その、敬語使わなくていいか?」
「ははは、あたしもそっちのがいい。いやあ、お前とは一度話をしたいと……ふむ、ここでする話じゃないな。場所を変えるか」
なんか断ることできない感じだな……まあ、いいか。
◇◇◇◇◇◇
やって来たのは居酒屋だ。
焼き鳥屋。これまた、俺好みの店。
ザナドゥにもあった屋台風の焼き鳥屋。しかもちゃんと客の前で焼いてくれるタイプ。
俺、エアリーズは雑酒を注文(ちゃんと燗してあった)し、串焼きがテーブルに並ぶ。
「ここはあたしの行きつけでね。仕事終わり、毎日寄るんだ」
「まだ昼前だけど……」
「ははは!! 今日の仕事は終わりだ。アツコの同郷に会えたからな」
エアリーズはグラスを差し出す。俺は自分のグラスを差し出し、軽く合わせた。
熱燗……うん、ちょっと甘みの強い雑酒だ。焼き鳥の塩加減とよく合う。
「んん~まい!! 常温もいいけど、熱燗もいいな!!」
「ははは!! ゲントク、飲める口のようだ。エーデルシュタイン王国では雑酒の店が少ないからな、ここで大量に飲むといい」
「おう。いや~、この雑酒ってな、俺の世界にある酒と似てるんだよ。こっちの酒ってビール……じゃなくて、ぬるいエールとか濃いブランデーとかウイスキーとかがメインだからな。ザナドゥで飲んだ時は本気で感動したぜ」
「ほほう。面白い、お前の世界の話、聞かせてくれ」
「ああ、いいぜ。と……あんたは、アツコさんの思い出の品、なんか持ってんのか?」
「もちろんある。が」
エアリーズは、ポケットから布に包まれた丸い金属……あれ、これって。
「アツコの遺品の一つだ。魔道具ではない、仕掛けのある何かだが……どうも壊れているようでな」
「これ、懐中時計か? いやはや、アンティークだなあ」
そう言うと、エアリーズが目を見開いて俺の顔を掴んで無理やり向い合せた。
「これが何か知っているのか!?」
「うぐぇっ!? い、いだだ、痛いって!!」
「す、すまん」
エアリーズは手を放す。
見ただけで何となくわかった。手のひらサイズに収まる丸い金属。鎖が通せる輪があり、手巻き式のネジも付いていた。
けっこう錆びているな……まあ、二千年くらい経過してるんだっけ。ラスラヌフは「アツコの遺品はエルフ秘伝の魔法で保存してある、完璧ではないがの」って言ってたが。
エアリーズに許可を取って手に取る。
「……錆びて蓋が開かないな」
「……ヘタに触れて壊れたらと思うと、な」
「ラスラヌフと同じこと言ってるな。どれ……ちょっと失礼」
俺は、光魔法の浄化を使うことにした。
実は、けっこう応用できると思って、暇なときに検証したんだよな。口腔内の洗浄メインで使っているけど、風呂の汚れとかも綺麗になるし、壁や床の染みも綺麗にすることをイメージすると綺麗に消えた。もしかしたらと思って試してみたら……こんなことも。
「浄化魔法、錆び取り……よし」
懐中時計の錆びが綺麗に消滅した。
浄化魔法、錆び取りもできると知った時は嬉しかったぜ。
「おし、動くかな……」
リューズを巻くタイプの懐中時計だ。
しっかり巻くと、秒針が動き出す……が、どうも動きが怪しい。
「メンテすれば動くようになるな。どうする、俺がやろうか?」
「ぜひ頼む!!」
「おう。任せておけ。明日までには直ると思う」
「そ、そんなに早いのか!?」
「ああ、分解洗浄して、摩耗したパーツを『錬金』で作り出して交換するだけだしな。油も差すか……老オイルフロッグの油、買っておいてよかったぜ」
「……感謝するゲントク。よし、修理代は……確かラスラヌフは十億の仕事と言っていたな。ではあたしも十億支払おう」
「おう。って!! いやいやそんなにいらねーって!! ここ奢ってくれるだけでいいよ」
「ダメだ。技術に対する対価をおろそかにすることは、職人としてやってはいけないことだ」
「うぐ……」
「あたしも、他の魔女たちも手が出せなかった道具を、こうも簡単に修理するとは……いずれ依頼しようとは思っていたが、まさかこんな飲み屋で直る目途が付くとはな」
「わかったよ。じゃあ、十億でいい……」
別荘で貯金がだいぶ減ったと思った翌日、まさかいきなり十億セドルもらうことになるとは。
俺は懐中時計を布に包み、ポケットに入れた。
「………」
「ん、どうしたゲントク」
「いや、エアリーズって暖房器具を作り出したんだよな。『熱』の魔導文字を生み出したとか」
「ああ、そうだ。見ての通り、この辺りは寒いからな。あたしが温泉を掘り、再開発した」
「すっげぇな……だいぶ大変だったんじゃねぇか?」
「まあな。開拓から五百年ほどは大変だった。あたしについてくる人間も少なく、まだ『熱』を発する暖房とも呼べない物しかなかったからな。開拓を諦める者、寒くて死ぬ者と多かった。だが、七百年ほど経過すると、このあたりも随分と開け、温泉が湧き、人が集まり始めた。あたしは、ずっとあたしに付いてきてくれた一族のために国を作り、初代国王とした」
「それが、ここスノウデーン王国の始まりか……」
まあ、二千年も生きてるんだよな……ってことは。
「じゃあ、スノウデーン王国にも温泉が?」
「ああ。このレレドレは、スノウデーン王国開拓後にあたしが作った町だ。温泉の質でいえば、スノウデーン王都よりもこっちのが断然いいぞ」
「へえ……と、なあエアリーズ」
「ん、なんだ?」
「あのさ、開拓とか、町とかの再開発とか考えてるか? その、俺は休暇中なんだよ……あんまりデカい頼み事とかはその」
「はっはっは!! そういえばラスラヌフが言っていたな。ゲントクは休みを邪魔されるのを嫌うと……」
「まあ、休みは休みたいってのが本音……まさか!!」
周囲を確認する……うん、サンドローネはいないな。
いいタイミングでいつも出てくるし、温泉で過ごすって言ったら不機嫌だったしな。
エアリーズが首を傾げる。
「まあ、この時計の修理くらいならいいけど。あんまりデカい仕事は受けかねます、はい」
「はっはっは!! わかったわかった。困りごとがあっても、お前には頼らないようにする。レレドレでの温泉休暇をしっかり満喫してくれ。ああ、飲みに誘うのはいいだろう?」
「もちろん。お前のおススメの店、もっと教えてくれ。俺も行きつけになるだろうしな」
「ははは、本当にお前は面白い。さて、もう一度乾杯するか」
俺とエアリーズはグラスを合わせ、酒を楽しむのだった。
よし……これでレレドレにいる間は、イベントは発生しないからな!! フラグをへし折ってやったぜ、ざまあみろ!!
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