坂道の飯屋

 さて、猫を布団の敷いた部屋に案内し、水の入った器を置いて別荘を出た。

 妊娠してるっぽいし、あまり構わない方がいいだろう。

 俺たちは別荘を出て、繁華街の入口に来た。


「おおお~……いいね、俺好みの繫華街だ」


 繫華街の入口には鳥居みたいなゲートがあり、坂道ぎみの道が真っすぐ伸びている。

 石畳の広い道、両サイドには飲食店、土産屋、武器防具屋や八百屋、パン屋など、様々な店が並んでいる。 

 立地的には、この坂道を登って行くと、町の中央に出る感じだ。

 中央にはデカい宿屋、冒険者ギルドや商業ギルドなどがある。俺の買った別荘は、繫華街に通じる道の一つで、繫華街を降りた先にある元宿屋って感じか。

 俺たちは、飲食店街をキョロキョロしながら歩く。


「……寒いな」


 長袖を着てきたが……あちこちに雪が積もっている。

 除雪は完璧にされているそうだが、屋根や細かいところには雪が積もっている。まあ、少しは雪が残っている方が冬っぽい。

 ちなみに、こっちの方は一年の半分以上が冬らしい。今は冬真っ盛りだそうだ。

 とりあえず、冬が終わるまで滞在の予定。今のうちに、いい感じの居酒屋とか飯屋、探しておくか。


「おじさん、レレドレの町、お鍋が有名。雪山で採れた山菜鍋、雪山の魔獣肉、雪山の川魚のお鍋とかあるみたい」

「詳しいな、調べたのか?」

「うん、役に立つ?」

「ああ、ありがとな。さすがアオだ」


 アオはにっこり笑った……猫みたいで可愛いと思ってしまった。

 というわけで、アオがおススメの鍋屋へ。

 坂道の真ん中にある大きな鍋屋で、広めの個室に案内された。

 シュバン、マイルズさんは遠慮しようとしたが、俺がお願いして一緒に席にしてもらった……慣れたとはいえ、若い女の子しかいない空間はおっさんには厳しいぜ。

 テーブルは円卓で、最新式の大型魔導コンロが中央に設置されている。

 テーブル埋め込み式で、テーブルの中央に電熱線が埋め込まれ、そこに鍋を直接置いて温めるタイプだ。鍋は最大で四つまでおける……すごい。

 メニューを見ると、アオが言った通りだった。


「はいはーい!! アタシこの『雪山熊の肉鍋』がいい!!」

「わ、私もそれがいいかも」


 ロッソ、ヴェルデは肉鍋……ある意味予想通りだ。


「……私、『雪泡スズキと氷蟹の鍋』がいい」

「あら、わたくしもそれがいいと思ってましたの」


 アオ、ブランシュは魚系か。俺も気になってたんだよね。


「では私は『雪山菜鍋』で」

「オレも同じもので」


 マイルズさん、シュバンは山菜鍋か。ヘルシーで美味そうだ。

 さて、残りは俺。


「う~ん……お? なんだろう、この『雪中まんぷく鍋』って。気になるしこれで」


 俺は『雪中まんぷく鍋』にした。名前からしてお腹いっぱいになりそうだ。

 さて、酒のメニューを見て驚いた。なんと『雑酒』こと日本酒があった。

 俺は迷わず注文。シュバン、マイルズさんも飲むのかと思ったら。


「申し訳ございません。お嬢様の護衛中ですので」

「悪いな、仕事中は飲めないんだ」

「そんなあ……」


 ちょっとがっかり。するとヴェルデが言う。


「シュバン、マイルズ。今日のお仕事はおしまい。ゲントクに付き合って飲んでもいいわよ。今日はどうせ、ゲントクの別荘にお泊りだし、すぐそこの距離だしね」

「……では、せっかくなので」

「へへ、ありがとうございます。お嬢様」

「よっしゃあ!! マイルズさん、雑酒は知ってます?」

「確か……ザツマイから精製したお酒でしたね。東方で作られるという」

「そうそう!! これが美味いんすよ。シュバンも飲もうぜ!!」

「いいね。オレ、酒は強いぜ?」

「……おじさん、なんか楽しそう」

「ちょっと、アタシも飲むし!!」

「ふふん。では私も。こう見えて強いんですからね!!」

「わたくしは食べる方に集中しますわ」


 そして、料理と酒が運ばれ、俺たちは乾杯する。

 テーブルの上では、鍋がぐつぐつ煮えている。

 ロッソは肉鍋を見て目を輝かせた。


「おおお、美味しそ~!!」

「お肉、お肉!! ロッソ、食べるわよ!!」

「もち!! ほら、お皿よこしなさいよ」

「え、あ……うん」


 ロッソは、ヴェルデの皿に肉をたっぷり入れてやってる。なんだろう、急に優しくなったぞ。

 

「……お魚、フワフワで美味しい」

「ん~、海のカニもですけど、川のカニも美味しいですわね」


 アオとロッソは、川魚とカニの鍋だ。

 飲むんじゃなくて食べる方に集中しているのか、がっついている。


「美味い。山菜のダシが出ていますね」

「うん、これは雑酒に合う。ささ、マイルズさん」


 シュバン、マイルズさんは山菜鍋を食べ、雑酒を飲んでいた。

 すごいな、山の幸たっぷりの鍋……しかもこれ雑酒に合う合う。めちゃくちゃ美味い。

 さて、俺の『まんぷく鍋』だが。


「これ、ちゃんこ鍋じゃねぇか。塩味めちゃくちゃ利いててうめえ!! しかも雑酒に合う!!」


 『雪中まんぷく鍋』……これ、ちゃんこ鍋だ。

 肉、魚、山菜に野菜がふんだんに使われ、鳥っぽい出汁、そして塩味だ。

 うまい。ちょっとしょっぱいけど、酒が進む進む。


「うっめえ!! おいシュバン、こっちも食え食え!! マイルズさん、お酒どうっすか? あっはっは!!」

「おじさん、酔ってるね」

「でも、楽しそうですわ」


 俺はマイルズさんにお酌し、シュバンに酒を注いでもらう。

 すると、酔ったロッソが隣に来て、肩を回す。


「おっさ~ん!! ザナドゥに続いて別荘二軒目!! しかもめちゃくちゃいい物件じゃん!! 羨ましい~!! ね、ね、アタシと結婚しよ!! アタシもおっさんの別荘に住みたい~!!」

「アホ助。子供に興味ねーし!! ってか俺結婚しない!!」

「え~なんでよお。おっさん好き好き~」


 ロッソがキスしようとしてくるが、俺は頭を掴んで押しのける。

 すると、酔っぱらったヴェルデが俺の反対側へ。


「ロッソぉぉぉ……私、私、謝るぅぅぅ!! ごめんなさい~……!! うぇぇぇぇぇぇん!!」


 な、泣いてる……な、なんだこいつ。

 すると顔を真っ赤にしたロッソ、俺を押しのけヴェルデの前へ。


「にゃぁによ。謝るぅ?」

「うん、私、あなたに、いっぱいひどいことして、うぇぇ……ごめんね、ごめんね。わたし……ほんとは友達になりたいの。でも、素直になれなくて、ひどいこといって……アオに、ブランシュのことも、傷付けて……う、うぇぇぇ」

「ゆるす!! ばか!! あんた、いつまでも謝んないから、わかる? ケジメ、冒険者だからケジメは大事なの!! もうゆるす!! ね、アオ、ブランシュ!!」

「……まあ、うん。謝ってほしいとは思ってたけど。でもこんな形とは」

「え、ええ……ヴェルデ、酔ってますの?」


 ヴェルデ……いろいろ謝る作戦とか考えてたけど、全部吹っ飛んでるぞ。

 まさかの泣き上戸。さっき「酒に強い」とか言ってなかったっけ。

 俺も酔ってたけど、なんか吹っ飛んじまった。


「ごめんね。ごめんね。私……ロッソ、アオ、ブランシュと友達になりたい。いっしょに冒険したり、ごはん食べたり、うぇぇ、あそんだりしたいの!!」

「やろう!! アタシも、アンタと友達になる!! 雑酒おかわり!!」

「ロッソぉぉぉぉ~!! 雑酒おかわりぃぃぃ~……」


 の、飲みながら仲直り……これ、明日になったら「なんのことだっけ?」とかならないよな。

 俺はアオ、ブランシュを見る。


「ま、まあ……こうして謝ったし、わたくしはもう許しますわ」

「……私もいい。ケジメ、付けたしね」

「そ、そうか。マイルズさん、シュバンはいいのか?」

「……ええ。お嬢様に従います」

「オレもだ」


 こうして、ずっとわだかまりのあったロッソ、ヴェルデ、そしてアオとブランシュは仲直りをした

 いろいろ計画立ててたんだが……まさか鍋屋で、酒飲んで、酔った勢いで和解とは思わんかった。

 酒飲むと素直になるってのはあるけど、まさかこんな感じになるとは。


「ヴェルデ、仲直りのちゅ~」

「ちゅ~」


 き、キスしてる……もうめんどくせぇし、俺も飲むか!!


 ◇◇◇◇◇◇

 

 さて、酔いつぶれたロッソをブランシュが担ぎ、ヴェルデはシュバンがおんぶ。

 俺、マイルズさん、アオが先頭を歩いていると、マイルズさんが言う。


「ゲントク様、今回はありがとうございました。まさか……このような形で和解するとは」

「俺もびっくりだよ……なあアオ、明日になったら「何のこと?」とかならないよな?」

「大丈夫。ロッソ、飲んでも記憶はばっちり。それに、私もブランシュも覚えてる」

「……お前は許したのか?」


 アオに聞くと、頷いた。


「冒険者はケジメが大事。ヴェルデ、私とブランシュを馬鹿にしたこと言って、ロッソがキレて大喧嘩した……そのまま謝罪するなら許したけど、謝罪もせずにしつこく付きまとってくるから、無視してた。でも、ヴェルデが素直になれないことも気付いてた」

「……お前、もしかして」

「おじさん、ヴェルデが二人で相談してたの知ってる。ロッソも、ブランシュも。そこまで真剣だってわかったから、ちゃんと謝ったら許すって三人で決めてたの」

「……そうだったのか」

「うん。おじさん、明日はブランシュの別荘見に行く。ヴェルデも一緒に」

「ああ、そうしな。俺は商業ギルドに行くから、お前たちの別荘には暇な日にでも招待してくれ」

「うん」


 喋っているうちに、俺の別荘へ到着した。

 そのままみんなを客間へ……と、思っていたが。


『ニャア』

『ミー』

「……マジかよ」


 なんと、百年猫の傍に子猫……俺たちが飲んでいる間に、子供が生まれていた。

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