温泉の町レレドレ
翌日。
宿を出て、ヒコロクに荷車をドッキングさせていると、一台の馬車が近づいてきた。
御者席には二人……なんか見覚えあるなと思っていたら、馬車の窓が開いてヴェルデが顔を覗かせた。
「皆さま、ごきげんよう~!!」
「うるさっ……ちょっと、朝からアンタのキンキン声聞かせないでよ。うるさいし」
「む、キンキン声とは何ですか。私、貴族の歌唱会で『美声』って呼ばれてるのよ」
「知らないし……ねえおっさん、マジでヴェルデと一緒に行くの?」
ロッソが少しめんどくさそうに言う。
「まあいいだろ。敵同士ってわけでもないんだしな」
「さっすがゲントク!! ふふ、というわけで、よろしくねロッソ」
「むー、まあいいや。じゃ、行こっか」
馬車に乗ると、ヴェルデがこっちの馬車に乗り込んできた。
「ね、私も乗せて。おしゃべりしながら行きましょうよ!!」
「「「えー……」」」
「そ、そんな顔しなくていいじゃない。ねえゲントク!!」
「ああ、まあいいんじゃないか。ほれ、コーヒー淹れるぞ」
馬車が走り出す。
俺はコーヒーミルで豆を砕き、自作のセットでコーヒーを淹れる。
数は二つ。俺、ブランシュの分。ロッソ、アオには果実水、ヴェルデは。
「それ、何?」
「コーヒーって飲み物だ。苦いけど美味い」
「うふふ、大人の味ですわね」
「大人の味……いいわね、私もそれをくださいな!!」
「おじさま、わたくしのはミルクと砂糖をお願いしますわね」
「おう。ロッソ、アオは果実水な。ほれ」
「ありがと」
「おっさんどーも。ん~うまい」
アオ、ロッソは果実水をごくごく飲む。
俺はコーヒーを淹れ、ブランシュの分にはミルクと砂糖を入れた。ブランシュ、ブラックとミルク入り、砂糖入りを使い分けて飲むんだよな……いつの間にか通になってる。
「ヴェルデ、お前はミルクと砂糖を入れるか?」
「えっと……」
するとロッソがニヤリと笑う。
「大人なら、ミルクと砂糖なんて入れないで、そのままの味を楽しむモンよねぇ~」
「……なしでお願いします!!」
「お、おいロッソ……まあいいか」
俺はブラックコーヒーをヴェルデの前に置くと、ヴェルデは眉を潜める。
「真っ黒……なにこれ?」
「コーヒーだ。美味いぞ」
俺はブラックコーヒーを飲む……ああ、この苦味が何とも言えない。
ヴェルデはブランシュのカフェオレをジッと見て、俺のブラックを見た。そして、意を決して一気に飲む。
「ブッフォァァァァァッ!?」
「うげえええ汚ったなあああああおええええええ!!」
ヴェルデは豪快に吐き出し、吐き出したコーヒーがロッソの顔面に直撃した。
ブランシュ、アオはこうなることがわかっていたのか、いつの間にか隅っこにいた。ってか俺にも被害出たんだが。
「ヴェルデぇぇぇ!! アンタマジでふざけんな!! きったないなああああ!!」
「おぇぇぇぇ……な、なにこれ。ロッソ!! 騙したわねええええええ!? 何が大人の味よおおお!!」
コーヒーまみれで睨み合う二人……ああもう、こうなるのかよ。
アオは俺に雑巾を手渡し、しみじみ言う。
「おじさん、責任取ってね」
「……ああうん、そうだな」
とりあえず、俺はコーヒーを拭くために雑巾を手にするのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
今日は川べりで野営だ。
ロッソはヴェルデと喧嘩しながら水浴びへ。ブランシュ、アオも一緒に行った。
となると、残ったのは俺、従者の二人なのだが……そういや自己紹介していないな。
俺はテントの用意をしている二人の元へ。
「あのー、なんか手伝うか?」
「いや、気にしないでくれ」
「ええ、こちらのことはお気になさらず」
一人はロン毛を結んだサングラスの男性、もう一人は白髪の初老男性だ。
俺は二人に言った。
「そういやちゃんと挨拶してなかった。俺はゲントク、魔道具技師だ」
「オレはシュバン。お嬢様の護衛だ」
「マイルズと申します。お嬢様の護衛兼、世話係でございます」
若い方がシュバン、初老の方がマイルズか。
俺は二人に提案した。
「食事、みんなで一緒に食おうぜ。今日はホットサンド作るつもりだったし、手伝ってほしいんだ」
「……そうですね、では一緒に」
「ああ、手伝えることがあったら言ってくれ」
さて、今日はホットサンドを作る。
なぜホットサンド? もちろん……俺の作った『ホットサンドメーカー』を試すからだ!!
キャンプギアとして作ったけど、前のキャンプでは使わなかった。なので今回、試すために持って来たのだ。
「それは、フライパン……ではないですな。変わった形をしている」
マイルズさんがホットサンドメーカーを眺める。
俺は鉱山の町で買った食パンを切り、チーズやベーコンを挟み、ホットサンドメーカーを二つに合わせて蓋をする。
「こうして、両面を焼くと……」
しばし焚火で焼き、ホットサンドメーカーを開けると……うん、いい感じ。
「おお、すごいな!!」
「あとはこれをカットして皿に並べてくれ。他のも焼くから」
「では、切るのはお任せを」
マイルズさんに切るのを任せ、俺はもう一つのホットサンドメーカーをシュバンに渡す。
それぞれ食材を挟んで焼きながら、俺は聞いてみた。
「あんたら、ヴェルデとは長いのか?」
「まあ、十年くらいかな」
「私はお嬢様が生まれてからずっとですな」
「そういや……ヴェルデ、貴族なんだっけ」
「元、だ。今はもう平民の冒険者さ」
ヴェルデは嬉しそうに言う。マイルズさんもウンウン頷いた。
「お嬢様は、いろいろあってな……婚約破棄、実家を追放と苦労した。だが、類まれなる魔力と『風魔法』の才能のおかげで、冒険者の頂点『
「すごいよな。まだ十七歳くらいだろ?」
「ええ……同性、同年代の『
マイルズさんの包丁が止まる。
シュバンも、どこか思うことがありそうだ。
「なあ、なんでロッソたちとあんなに喧嘩してるんだ?」
「全て、お嬢様の悪いところが出た。お嬢様は、その……初対面の相手に対し、上下関係を見せつけるような言動をすることがあってな。それで、ロッソさんと大喧嘩……その、冒険者ギルドの建物が壊滅したことがあるんだ」
「……マジか」
「怪我人も出てな、一時は冒険者資格の剥奪って話もあった。でも、二人は功績も多かったし、ギルドの建物代を弁償して、怪我人に治療費の支払いをして、なんとか収まった」
「きっかけは、お嬢様です。ロッソさんの仲間……ブランシュさん、アオさんを侮辱するようなことを言い、ロッソさんがキレたということです」
「あ~……」
まあ、ロッソはキレるよなあ。
アオ、ブランシュは大事な仲間だし。三人の誰が侮辱されても、三人は切れそうだ。
「今は、なあなあの関係を続けていますけど……お嬢様はきちんと謝罪していません。あの性格ですから、ロッソさんたちに頭を下げることができないのか、それとも謝りたいのだけど謝り方を知らないのか……」
「ロッソさんたちは、許していないとオレは思っている。謝罪を待っているのか、関わる気がないのか……でもお嬢様は、ロッソさんたちと友人になりたい、一緒に冒険をしたいと思っている」
「なるほどなあ……」
ロッソたちは今でこそ冒険者の憧れだが、ヴェルデはあまり尊敬されないというか、過去のやらかしから敬遠されているところがあるようだ。
ちゃんとやり直すためにも、ケジメは大事だと二人は考えている。
「オレは、お嬢様にきちんと謝罪をしてもらいたいと思っている」
「私も同じです。ですが……お嬢様はいつも、二の足を踏んでしまう。心にもない言葉を言い、ロッソ様との関係をなあなあで済ませてしまう。そして、後悔している……」
「…………」
ヴェルデは、きちんと謝りたいのだろうか。
俺は、今夜にでもヴェルデに話を聞いてみようと思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます