どんぶりご飯

 さて、スノウさんが帰って来た。

 時間もちょうどいいお昼。さっそく俺は昼飯を作るためキッチンへ。

 ロッソたちは風呂。せっかくなのでスノウさんも一緒にと女子全員で行った。

 俺は買い物袋を受け取り、中身を確認する。


「小麦粉……薄力粉なのか強力粉なのかわかんねーな。まあいいか」


 エビやカニなどの海産、小麦粉、そして油ときたらやることは一つ。


「今日のメニューは天丼だ……しかも海鮮天丼。くくく、やってみたかったんだよな」


 まず、米を炊く。

 魔導コンロ、米を炊く専用のやつを作ったのでそこに鍋を置く。

 そして、小麦粉を水と卵で溶いて衣を作り、海老やカニなどの海鮮をくぐらせ、熱した油でカラッと揚げる……ためしに一つ揚げてみたが、いい感じに仕上がった。


「この小麦粉は薄力粉っぽいな。あとでスノウさんに、どこで買ったか聞いてみるか」


 俺は、米が炊きあがるタイミングに合わせて海鮮を揚げる。

 エビ、カニ、貝類、白身魚の切り身……イカが欲しいけど、この世界でまだイカを見たことはない。

 だいたい揚げ終わると、ロッソたちがシャワーから上がってきた。


「あ~いいお湯だった!!」

「至福でしたわ~」

「……すっきり」

「お湯、ありがとうございました」

「にゃう」


 みんな湯上りだ。なんか色っぽいな。

 そして、俺の揚げている天ぷらを見て、眼を輝かせた。


「「「おお!! いい匂い!!」」」

「ははは。もうすぐできるぞ……あ~、天丼のタレ、どうすっかな」


 とりあえず、魚の骨で出汁を取り、魚醤で割り、砂糖を少し入れた。

 正直、そこまで美味しくないが……まあ、ただ魚醤掛けるよりマシ。時間がある時にたれを作ってみようかな。

 どんぶりにコメを入れ、海鮮天ぷらを乗せ、たれを掛けた。


「ほい完成。海鮮天丼だ!!」

「わぁ~、いい香りっ!!」

「不思議な香り……」

「……おいしそう」

「初めて見る料理です。ゲントクさん、いろいろなこと知ってますね」

「にゃうー」


 評価は上々のようだ。

 つい最近気づいたが……この世界、酒造りの技術はそれなりに高いのだが、料理に関してはイマイチと言わざるを得ない。

 煮る、焼く、蒸すはある。でも、揚げるという調理法がマイナーなのだ。油を大量に使うというのもあるし、素揚げするくらいなら茹でたり焼いたりする方が手間かからないし。

 揚げるといっても素揚げくらいで、衣を付けて揚げる天ぷらという料理は、存在すら怪しい。アズマって国に行って調べてみたいな。

 まあ、今は飯が先。

 それぞれに丼を渡し(ユキちゃんは小さめの丼)、さっそく食べる。


「おいしっ!! あっつい、なんか焼き魚とは違うっ!!」

「本当に、おいしいですわ!!」

「……おいしい」

「魚はこの国で食べ慣れていますけど、こんな食べ方があるなんて……」

「にゃあ」


 好評のようだ。うん、タレもそんなに悪くない。

 これ、もっとしっかり作り込めば、かなり売れるんじゃないだろうか。

 海鮮天丼……うん、これは大成功だな!!


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夕方。

 ロッソたちは帰り、俺は部屋の掃除をしていると……サンドローネたちが来た。

 しかも、ラスラヌフも一緒である。


「お疲れさま」

「おう。なんかここに来るの当たり前になったな」

「いいじゃない。ふふ、私も別荘買おうかしら」

「ちなみにここ事故物件で、ゴースト系魔獣の住処だったぞ」

「え」


 サンドローネの顔が青くなる。リヒターが飾ってあった絵の裏を見て、お札が貼ってあることに気付いたが、ラスラヌフが笑い飛ばした。


「はっはっは。冒険者ギルドが封印した別荘に買い手が付いたと聞いて驚いたぞ。ここは取壊し、飛び出してきたゴースト系魔獣を、ギルドの戦力で討伐するという話もあったのじゃ。ワシも協力して欲しいと声をかけられたぞ」

「そ、そうなんですか……?」

「うむ。でも、見ての通り……ここまで綺麗に浄化できるとは。しかもその札、おそらく百年は魔獣を近づけぬ効果がある。『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』のブランシュ……光魔法に関して、彼女と肩を並べるのは『射手座の魔女』くらいかの」

「あ、そんなことより……ボート、できたぞ」

「なぬ!? まだ一日目じゃぞ!? 三日後くらいに顔を出そうと思っていたのじゃが」

「見せなさい!!」


 三人をプライベートビーチへ。

 浜に置いてある、エンジン付きのボートを三人はジロジロ見た。


「これが、魔道具……? どういう仕組み?」

「この下にスクリューがある。この舵を掴んで魔力を流すと回転する……これで海を走るんだ」

「へえ……ね、少しだけ確認していい?」

「起動試験はしたけど」

「いいじゃない。リヒター」

「はい、お嬢」

 

 リヒターが、見かけ以上の怪力でボートを海へ。

 サンドローネが乗り込み、ラスラヌフ、リヒターも乗り込む。

 もう夕方なんだが……まあ、十分くらいならいいか。

 俺も乗り込み、舵を掴んで魔力を流すと……。


「わ、走ったわ!!」

「ほほう、これほど速く走れるのか」

「全力出せば恐ろしいことになる。作る時は、魔石の質を三ツ星くらいのにした方がいいかもな」

「……これ、沖に出て釣りとかもできそうですね」

「さっすがリヒター!! なあ、今度釣りしようぜ」

「いいですね、ぜひ」


 プライベートビーチから出て、軽く速度を出す。

 蛇行運転したり、時速六十キロくらいまで出したり、バックしたりと試してみた。

 ラスラヌフは大満足だ。


「はっはっは!! こいつは『海道』の新しい足になること間違いなし。ゲントク、おぬし、ワシ以上の発想力を持っておるの。なあサンドローネ」

「ええ、私も驚いています」

「いい男じゃの。あと千歳若ければ求婚していたかもしれぬ。サンドローネ、お主はどうじゃ?」

「申し分ありません。私、結婚に興味ありませんので」

「ははは、ゲントクと同じかの。お主たち、本当に気に入ったぞ」


 ラスラヌフは満足していた。

 ボートをプライベートビーチに戻し、再び別荘へ。

 俺は丁寧に書いた魔道具の仕様書をテーブルに置いた。


「設計図だ。あとは好きにしてくれ」

「うむ。海道だけではない、これを大型化すれば、大人数が乗れる船もできるじゃろう。帆船で百日かかる海路も、この船なら十日あれば行けるかもしれぬ……はてさて、いくら払えばいいのやら」


 ラスラヌフは悩み、仕様書をサンドローネへ渡した。


「え?」

「サンドローネ。まずはアレキサンドライト商会で、この『エンジン』とやらを実用化し、一般販売するといい。『海道』整備には時間がかかるし、いざ海道が開通した時、ボートを操作するのは人間じゃ。今のうちに、操作に慣れておくのも必要かもしれん」

「し、しかし……よろしいのですか? これは、ラスラヌフ様がゲントクに依頼をした魔道具で」

「かまわん。それに、ゲントクへの報酬は、その『エンジン』のロイヤリティとなる。ワシ個人の報酬と、これから延々と入ってくるエンジンのロイヤリティ……ふふ、人生何度やり直しても遊んで暮らせるくらいの資産が入ってくるじゃろ」

「俺、そこまで金持ちになってもな……爺ちゃんが言ってた、金は使ってなんぼ、ため込んでもあの世には持っていけないって」

「はっはっはっは!! 面白いことを言う祖父じゃの。まあよい、ワシの個人的な報酬をお前の口座に振り込んでおく。それと……もし、ザナドゥで商売したいときはワシを頼れ」

「ああ、頼らせてもらう」


 ラスラヌフは「ではの」と言って帰って行った。

 不思議なお姉さん……いや、婆さんだ。なんかいろいろ頼まれごとしたし、めんどくさいとも思ったけど、やり終えると楽しかった。


「ラスラヌフ様、ザナドゥの建国にも関わっているお方よ。王族ですら頭が上がらないし、噂では初代国王様に海での遊びを教えたり、恋人同士だったって話もあるんだから」

「そりゃすごい」

「あなた……そんな人とタメ口だったのよ。正直、寿命が縮んだわ」

「まあ、気前良さそうな人だな。お前も、ザナドゥでデカい後ろ盾ができたようなモンだろ」

「まあね。ふふ、いいことだらけで楽しいわ」


 サンドローネはご機嫌だった。

 リヒターを見ると、こっちも笑顔になる。


「本日、正式にラスラヌフ様が、アレキサンドライト商会の後ろ盾となることを商業ギルドに宣言しました。これまで少なくない嫌味や嫌がらせもありましたが……ラスラヌフ様が後ろ盾になったことで、それらもなくなるでしょう。ラスラヌフ様に喧嘩を売るのと同じく、そんなことをしたらザナドゥで商売ができなくなりますからね」

「あ~気分がいいわ。ガタイのいい、日焼けした筋肉質のハゲ親父が『小娘がこの海で商売なんてできるもんか』とか『海は海の男に任せて女は男の相手をしてればいい』なんてホザいてたけど、今日の会議でラスラヌフ様が後ろ盾になるって言ったら、みーんな黙りこくって、もう痛快!!」

「そりゃよかった……」

 

 こいつ、苦労はするけど、そのぶんいい思いもしてるんだよな。


「もう少しザナドゥ支店を盛り上げたら、あとは支部長に仕事を引き継いで、私も数日のバカンスを楽しむわ。明日、仕事のついでに不動産ギルドで別荘を買う予定なの」

「へ~、いい別荘があるといいな」

「ええ。ふふふ」


 こうして、俺のザナドゥでの仕事は終わった。

 何年先になるかわからんけど、ラスラヌフとアレキサンドライト商会・ザナドゥ支店が協力して『海道』という海路を作り、船で国内を行き来できるようになるだろう。

 十年、二十年後、俺が船に乗って国内を行き来する日が来るかもしれん。

 そんな時を待ちながら、俺はようやく、何も仕事のないバカンスを楽しむことができるようになる……そう、思っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 俺はコーヒーを飲んで朝刊を読んでいると、ロッソたちが飛び込んできた。


「おっさん大変!! クラーケンが出たっ!!」

「……は?」


 まだまだ、俺のバカンスは、波乱が続きそうだった。

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