別荘掃除

 翌日。

 朝食後、俺はロッソの案内で『ロッソの別荘』へ向かった。

 馬車で一時間ほど進んだ先にあったのはビーチから少し離れた岩場地帯。磯釣りとかできそうな地形で、現にやってる人もけっこういる。


「釣り、いいなあ」

「うん。私、釣りしたい」

「はいそこ!! 今日はお掃除の日!!」

「「はーい」」


 ロッソに怒られた。

 ロッソは、岩場地帯で柵に囲まれた場所へ。さらに砂地なのに石畳が引いてある場所を進む。


「ここ、もうアタシの土地。岩場に囲まれたプライベートビーチよ」

「おお、すげえな……」


 石畳を歩いて行くと、開けたビーチに到着した。

 周囲は岩場なので人目もなく、さらに目の前は海……貸し切りのビーチ。

 すると、ボロボロのタープが引っかけてあり、白い椅子がいくつか転がっていた。


「ロッソ。あなた、片付けしないで置いたままじゃない」

「う……わ、忘れてただけ」

「……あの椅子とタープ、もうダメだね」


 確かにダメっぽいな。新しいの買うしかない。

 さて、海底にあるとのことだが。


「こっち。この岩を削って入口にしたのよ。イカすでしょ?」


 なんと、デカい岩にドアを付いており、開けると地下への階段があった。

 そこを降りていくと……すごい。一面ガラス張りのリビングルームだ。

 海底の別荘。確かに、海の中にある別荘……なのだが。


「……き、きたねぇな」

「う、うるさいし!!」


 着替えが散乱し、食べかすもある。なぜか机や椅子が横倒しになっており、さらに異臭がした。

 ブランシュが頭を抱える。


「ここ、ロッソが大金をかけて買ったところなのです……夏はここを拠点にして、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の活動をしていたんですけど、あまりにも汚くて」

「……私とブランシュ、途中で町の宿に引っ越した。ロッソ一人で使ってる」

「……で、このありさまか」

「う、うるさい!! そ、掃除苦手なんだし、いいでしょ別に……」

「「限度がある」」

「ううう……」


 アオ、ブランシュにツッコまれ涙目になるロッソ。掃除苦手なんだな……。

 俺は、持参した箒や塵取り、ゴミ袋を出す。


「とりあえず、掃除するか。水は出るのか?」

「出るけど……」

「じゃあ、とにかく掃除だ。ゴミは捨てて、拭き掃除だな」

「おじさま、やる気ですわね」

「まあ、実は掃除とかけっこう好きなんだよ」

「……そういえば、おじさんの事務所、いつもきれい」


 さて、掃除開始といきますか。


 ◇◇◇◇◇◇


 ゴミ、ゴミ、ゴミ……ひっでえな。

 ロッソは「ある物全部捨てていい」って言うからとにかくゴミを袋に入れて外へ出す。

 外に出すのはいいけど、このゴミの量は運ぶの大変……と、思ってたら。


「ほいっと」


 ロッソが、ゴミに向かって手をかざすと、太陽みたいな火球が生み出されゴミに直撃した。


「うおおおおお!?」

「あれ、おっさん。危ないわよ、アタシの炎に触れると消し炭になっちゃう」


 消し炭になっちゃう……じゃねぇよ!!

 燃えカスも何も残ってねえ!! なんつう火力だ!!

 とにかく、家具以外は全部外へ出すと、アオがバスケットボールくらいの水球をいくつも出し、床や壁を洗い流していた。

 よく見ると、水は高速で渦巻いてる。それが触れると汚れをこそげ落とし綺麗にしている。


「す、すげえな……」

「汚いし、触りたくないから」

「ははは……」


 とりあえず、任せていいか。

 キッチンに行くと、ブランシュが困っていた。


「どうした?」

「いえ、この魔道具……壊れているみたいで」

「どれ、見せてみろ」


 どうやら、魔導コンロみたいだ。

 魔石を見ると割れている。それだけじゃない、熱を流すパイプも破損している……どんな荒っぽい使い方をしたんだ。

 

「修理はできるな。でも、古いし新しいの買った方がいいかも」

「そうですわね。じゃあおじさま、そのコンロ、外に出してくれますか? ロッソが燃やすので」

「ああ。って……待てよ?」


 ふと、昨日の親子……ユキと母親を思いだした。


「…………なあブランシュ。このコンロ修理して、あの親子にあげるか」

「え? ああ、ユキちゃんとお母さんですか?」

「ああ。せっかくだ、修理じゃなくて改造してやるか」

「……おじさま、魔導具技師の顔になってますわね。ふふ」

「あはは……実は、昨日の芋を見て、思ったことがあってな」

「ふふ。おじさま、別荘をお買いになるなら、作業部屋もあった方がいいかもしれませんわね」


 ……なんか、それもありかなーと思ってしまった。


 ◇◇◇◇◇◇


 掃除を終え、さっそく俺は町に買い物に出て、必要そうな素材を買ってきた。

 宿屋で作業するわけにはいかないので、ロッソの別荘の一室を借りる。


「おっさ~ん……せっかくアタシの別荘に招待したのに、魔道具はあとにしてよー」

「まあまあ。思いついたことあってな」


 ガラス張りの海底別荘は綺麗になった。

 窓から魚が泳いでるのが見えるし、澄んだ海底はとても美しい。

 俺はコンロを分解し、魔石を取り出す。


「……これ、アクアパイソンの魔石か。五つ星の魔石……いいね」


 俺は人差し指に炎を灯し、バーナーをイメージすると、高火力の炎が指先から噴射される。


「わお、すっごい火力!! おっさんそれどういう魔法?」

「あとにしてくれ。ちょっと音出るぞ」


 俺は鉄板を加工し、魔石に文字を追加して加工。

 細かい調整をしていると、三人が覗き込んでいた。


「おじさまの姿を見ると、魔道具技師ってすごいと思いますわ」

「……同感」

「確かにカッコいいわね。で、何ができたの?」

「……よし、完成」


 俺が作ったのは、コンロの材料と追加の鉄板を加工して組んだ『オーブントースター』だ。

 蓋を開けると網目のトレイがあり、強化スライムの窓から中が見える。

 三人が首を傾げていた。


「よし、まだ明るいし……買い物して、ユキちゃんのところまで行くか」


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、昨日の居酒屋街を歩いているとユキちゃんがいた。

 若い男性の袖を引き、客引きをしようとしている……が。


「どけ、ガキ!!」

「ふにゃ!!」

「チッ、きったねえガキが。触んじゃねぇよ、ブチ殺すぞ!!」


 ……ユキちゃんは突き飛ばされ、転んだところを男が蹴ろうとした。

 が、いつの間にか接近していたアオが蹴りを受け止め、ブランシュがユキちゃんを抱っこし、ロッソが男の首を掴んだ。


「おい、この子に何してんの?」

「あ、っが……」


 ロッソだけじゃない。アオもブランシュも、なんつう目をしてるんだ。

 冷たい目。男を魔獣と同列と見てるような、殺してもいいみたいな目。

 これはまずいと間に入る。


「待てマテ。こ、殺すな……な?」

「……チッ」


 ロッソが放すと男が尻餅を付き、アオがリストブレードを男の首に突きつける。


「……次は死ぬから」

「ひぃえぇぇぇぇぇ!!」


 男は逃げていった。

 ユキちゃんを見ると、すでにブランシュが怪我を治療したのか無事だ。

 でも、涙目でブランシュにしがみついている。きっと、こういうこと何度もあったんだろうな。

 俺はユキちゃんを撫でる。


「無事でよかった。さ、お母さんのところに行こうか」

「……にゃ」


 母親……そういや名前聞いてないな。母親のところまで行くと、相変わらず店は閑古鳥が鳴いていた。

 

「ユキ!! ああもう、客引きなんてしなくていいのに……心配かけないで」

「にゃぁぁ」

「申し訳ございません。本当に、ありがとうございます」

「いやいや。あの……ちょっとお願いがありまして」

「……はい?」

「あ、俺、エーデルシュタイン王国で『オダ魔道具製作所』の所長をやってるゲントクっていいます」

「は、はい。ブランと申します」

「実は……これ、新しく作った魔道具なんですが、ちょっと製品テストということで、使ってもらいたいんです」


 ドンと置いたのは、オーブントースター。

 ブランさんはポカンとして、ユキちゃんは興味があるのか眼を輝かせていた。

 ロッソが言う。


「で、これどーすんの?」

「まあ見てろ。あの、芋をいくつか貰っていいですか?」

「ああ、このマッサ芋のことですね。どうぞ」


 マッサ芋っていうのか。

 まず、焼き芋の皮を剥いて潰し、砂糖、牛乳、バター、卵を入れて混ぜる。これらの素材、この世界じゃ安く買えるから助かるぜ。

 そして、混ぜた生地を一口大にして、溶き卵を塗る。


「これを、オーブントースターに入れて……焦げ目がつくまで焼く」

「「「「「…………」」」」」


 みんな興味津々だ。

 オーブントースターは、スイッチを入れれば起動する。たぶん七百ワットくらいの熱で固定してあるからちょうどいいな。

 それから十分ほど経過。小窓を見ると、いい感じに生地が焼けた。

 スイッチを切り、オーブントースターを開けると……うん、いい香り。


「わぁ~!! 美味しそうな香り!!」

「スイートポテトだ。昔、菓子作りにハマったじいちゃんに教えてもらった」

「お、美味しそうですわね……」

「……ごくり」


 俺は、皿に盛ったスイートポテトの一つをユキちゃんへ渡す。


「はい、食べてごらん」

「にゃう……ふにゃ!! おいしい!!」


 ユキちゃんは美味しそうにスイートポテトを食べていた。

 ブランさんも美味しそうに食べ、三人娘もガツガツ食べる。

 俺も一つ……うん、いい味だ。マッサ芋、普通に焼いて食べるよりこっちのが美味いな。


「これなら、少し強めの値段でも売れると思います。レシピは大丈夫ですか?」

「は、はい……!!」

「あとこれ、この魔道具のモニター料金です」


 とりあえず五十万セドルほど渡した。

 驚いていたが、試作機を使ってもらうんだ。お願いする立場だし、金を払うのは当然である。

 これだけあれば、材料も買えるだろう。


「アタシ、買いに来ます!! これ美味しいっ!!」

「うんうん、おやつにピッタリですわね」

「……買い占めたい」

「皆さん……ありがとうございます!!」


 さて、もう大丈夫だな……いいことしたら気持ちいい。今日の酒はきっとうまい。

 ブランさんにお礼を言われ、帰ろうとした時だった。


「……ん?」


 ユキちゃんが、俺の袖を掴んでジッと見ていた。

 そして、にっこり笑って言う。


「にゃう……おじちゃん、ありがとー」

「ああ、それと、お母さんはきっと忙しくなるから、客引きじゃなくて、屋台で手伝うんだぞ」

「にゃあぅ」


 頭を撫で、ちょっとだけネコミミを揉ませてもらった……かわいいな。

 親子に別れを告げ、俺たちは歩き出す。


「おっさん、マジでいいやつ。アタシおっさんみたいなのタイプかもっ!!」

「うふふ、わたくしも感動しましたわ」

「……おじさん、ないす」

「ははは。まあ、こういうのも悪くないな」


 さて、いい時間だし……メシでも食いに行きますかね。

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