紀元2993年

スノスプ

第1話 M

 大勢がダンスの踊っている会館、その中は大きな音楽が流れメンターの動きに合わせ体を動かしていた。

 体を動かすというのは、健康だけではなく心の傷も癒してくれる。その中でも特に目を引くやや背の低い女性がいた。その人がMであった。


 ここは第7衛星で最もレベルの高い、高高度尋常高等部3課である。

 Mは8年目3課に入ったばかりである、ダンスと学業、特に物理と化学でトップを何度か取ったほどの秀才だった。


 少しの休憩、タオルをとって汗を拭く。

「いつもここのダンスは飽きてしまうのよね、もっと激しくて風情のある音楽って使ってくれないのかしら」

 ついいつものボヤキの癖が出てしまう。


 そこにメンターの高い声が耳に入る。

「OK、OK。Leさんもっとリズムをもっと掴みましょう」


 褐色の肌が似合う友人のLeはいつもメンターの目を留めてしまう。だから言ったのに真剣に踊るな、楽しめと。


 Leと私は高度小等部学校5課から一緒で、特に性格が合うわけではなかったが友人であった。

 Leは真剣そうな顔でメンターの話を聞いている。


「だからいつも言ってるじゃない、あんなの適当にしていたらいいんだって、また進学を遅らせるつもり」

「そんなこと言っても、分からないわよ」

「ま、いいわ、学校のこと話してもつまらないから、またクラブの話でもする?」

 ニヤッとする私にLeは少し顔を赤らめて。

「懲りないわね」と呆れる。


 クラブというのは2人が所属している探偵倶楽部のことだ。そして、そのクラブには部員が2名しかいない。


 なぜこの優秀なMとここまで仲がいいのか分からないLeであったが、こうクラブ制作まで付き合わされて少々うんざりしているようだった。

 ”Mは優秀だが危険だ、留まるばきところで止まれない時がある”

 いつの日だっただろうか、彼女のことを詳しく知るメンターがそう言っていたのをLeは朧げに思い出す。おそらく彼女自体も気が付いているのだろうけどとも思った。


 第7衛星はこの有人宇宙地域でもいくつかしかない研究都市がある星である、人口は700億人を超え学校や研究施設が数万とある。

 学業レベルは全てで23段階あり、年齢は10歳からスタートする。学業全て終了させるには最短でも50年ほどかかる。


 そしてこの時代は宇宙全体でいえることなのだが、特にこの衛星での生徒たちは親の顔を見た事がない、150年前に考えられた家庭環境での差別化を無くす”方針”とやらだ。

 学業を終えるとお互いの意思で親に会える場合もあるが、その会える人たちの割合も半々だそうだ。


 会えなかった人たちはそんなに気を落とすわけではない。それが通常だからだ。そして、Mもそんなに依存してはいなく、一時期両親がどんな人物像が想像を膨らませた事があるが数年で飽きてしまった。だからと言って彼らのことは好きであるし感謝もしている。

 Mの年齢は33歳。成人までちょうど折り返しのところだ。この未来の世界は現在よりも人はゆっくりと成長がすすむ。細胞再々回復と不活性化KPという技術で体の促進や衰えが、400年前に比べて極めて遅い。


 そのせいか寿命も極めて長い、気をつけていなくても4〜500年は生きる事ができる。らしい、というのはこの技術が開発されて0歳からどっぷりと薬剤につかってる人で寿命が来た人はまだいないからだ。私もあと400年生きられると思うとワクワクするし、その長い人生で何をしようか考えるのが一番好きだ。


 恋愛は大学校から許される、ある”行為”は禁止されているが、というか出来ない。幸福度数を上げるために計画的に作られた計画的人生マップがあるからである。

 この世界ではマップの方針が非常に重要であり、ほとんどの人がそれを疑問視せずに行動している。もちろんMもその1人だった。

 なんの疑念も持たず、生きてきたが高高度に上がる時、ふと疑問が湧いてきた、これはMだけではなく多くの人たちが抱える疑問でもある。だがそれを大人になるまで考え続ける人はいない、考えない方が得だと教えられているし賢いからである。

 いくつかの科目で筆頭になったMだから賢くないはずがない。だがMはその疑念を持ち続けた、マップの制作に携わる、それが1つの夢であった。

 ”第4探偵クラブ”創立に邁進しているMと仕方がなくついているLe。

 Mが時計を見て慌てる。

 「あ、もうこんな時間」

 すでに昼休憩は終わりに近づいていた。

 午後からは別々の授業となる、Mはすでに研究段階まで進んでおり、ヘルス関連の学業以外はLeと同じ教科はない。

 このルーヴェレ記念学校は2000万人以上が在籍しており、全ての学業段階を一貫で提供しているエリート学校だ。生命遺伝子指数のGPI (Genotypic Potential Index)が550ポイント以上は必須であり、さらに両親の遺伝子指数や素行指数も反映される。MはGPIが1000を超えており、さらに父親も母親、祖父母親も素行指数100の超エリート家系である。古くは地球の伝説的国家の血を受け継いでおり、性格は熱心であるが飽きやすい、感情を表に出しづらいが出る時は大きくでてしまうという診断である。精神・肉体ともに上等であった。


 この大学は1000以上の研究機関と提携しており、実際に、午後からの学業は研究機関での活動である。


 「さあて、何が待ち受けているのかな」


 小走りで辿り着き、小声でつい呟きながら髪を撫でる。初めての実地研究だ。小躍りしそうな気持ちを抑えつつ、強く心の中で意気込み、小さな丸屋根の駅に入り、エレベーターのようなものに乗る。


 同じ学業を受ける数人と並んだ。この人達と合同なのかなと期待や不安を込めて視線を送る。この初めて出会う人たちとの妙な距離関係が苦手でもあり、何か新しいものの発見を期待させる高揚感もあった。このような研究施設や学業施設のエレベーターに乗る時は、同じ学業段階の子が乗るのだが、今日は違った。学業レベルの4段階上の生徒と一緒なのだ。

 そして、期待と不安の1番大きかった想像の通りであることにドキッとし、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。

 数人同乗した中に1人男性がいたのである。


 歴史書によると男性と女性の性別を単一化する方針もあったようだが、唯一のマザーコンピュータであるPOPIDによる数年間での演算で、性別の単一化や同化は危険と判断され結局却下された。この時に大きく議会が揺れたというのは歴史の1つである。

 現在では男性と女性は”できるだけ”初等での接触を避けるにされている。それは余計に男女を意識させるための措置と見なされそうだが、複雑な議論を経て、方針化には至らずとも現在では常態化しているのが状況である。実際MもLeも男性と中等レベルまで話したことはなかった。

 初めて男性と話した時は瞳孔が開く感じがして、全身の血流が1.2倍くらいになり、鼓動が高鳴ったことを思い出す。だから今でも苦手である。出来れば上位の研究機関に入っても女性専門を願いたい。


 憂慮と高揚感を覚える中、ゴクっと唾を飲みちらりと横目で見る。

『今日は高度大学院との合同研究……。10くらい年齢が上でもほとんど体つきなどは変わらないじゃない』

そう心の中で呟き、少し知識が多いだけで、研究経験の長さだけが階層の違いを感じさせる唯一の事柄だと劣等感を払拭する。

 だが高等部と大学では大きく違うところが1つある。意思に応じては共学になるということである。

 学課内で行動範囲が限られるこの学園内で移動エレベーターは目的地によっては一緒になってしまうこともあるらしい。ちなみに学業を卒業するまで学園内から外に出ることはない。

 どちらかというと好奇心の高いMは、12畳ほどの狭いエレベーターの中で、その10人くらいの輪の話が耳に入っていた。

 

「ねえ、ここの資料どう思う、前夜から疑問に思っていたのだけど」

「そうだね、確かに少し矛盾している点があるね」


 小声で話しているのに耳元で囁かれている感じがした。Mは自らがじっと聞いていることに気がつかないほど、無意識に集中していたが、その時……。

 ドンっと大きな音がなりエレベーターが揺れた。バランスを崩し大きく揺られた、人とぶつかり倒れ込む。

「きゃ、きゃー!」思わず叫んでしまった。

 倒れ込んだところに、同じくバランスの崩した男性が倒れ込んできたのである。胸部に手の感触が、男性もそれに気が付き少しの間、驚いたというような少し顔を赤らめていたが……、その後、すぐに離れ「地震か? 衝突?」 などと独り言から呟き、そして「ごめん」と小さな声を出した。

 「信じられない!」Mはつい感情を昂らせて「ちょっと何よ、そのごめんは!」とつい声を出してしまった。男性の方も「なんだよ、仕方がないだろう、それに何も感触なんてなかった」と余計な一言まで。

 大学院の大人なイメージが崩れ、なんと稚拙なと思った。

「な、何よ、そのなんの感触もなかったって? どういう意味?」と不要な問答までしてしまう。

 そう少し言い争った後、男と同課の女性が軽く止めに入る。「ごめんなさいね」と言われ、感情を抑えた。


 『いったいどういうこと?』理想としていた男性像が崩れる。

『年上の男といっても、心はまだ子供じゃない、私より、言い訳? そして、そして……』ドッと顔が赤くなった。『感触がないって思いっきり触ってるじゃない』

 悶々としながらエレベーターは一時の揺れを起こしながらも、その後は順調に進んでいった。

 10分ほどで、学校から200kmほど離れた、研究機関についた。高度80kmにある人工大気圏を浮遊しているBレベルの秘匿研究所であった。

 

 怒りが冷めないMは上課生を無視し、ズカズカと降りる。目の前の入り口で案内の人に説明を受け、その後第203特殊研究室に入った。5名ほどの研究員と私、そしてその後入ってきた先程のグループ! も一緒だった。

 全員で18名、午後の授業といっても休憩を含め8時間もある。

 先程のことは忘れ、同じ研究員として全うしようと改める。

 室長による幾つかの説明が終わる。200歳ほどの壮年の紳士だった。

 その紳士は普段の学業時よりも多少上からの言い方で、長い説明をしている。先ほどの出来事が忘れられず全員を2人ずつの組みに分けるという説明を聞き漏らす所だった。

 私は誰と組もうが年上となるなと思った。だけど、能力で引けは取らないと自負心があるからそれほど動揺はしない。

 

 説明を受ける時もその男がつい気になってちらちらと視線を送る。

 (名前は蓮と言うみたいね。年齢は私よりも10個上か……。顔はそんなに悪くはないけど……)と先ほどの出来事を思い出し赤面する。



 「えー、そして次の組みは町子と蓮」

 あ、はいと声をあげたが、それ以上声を出すと上ずるところだった。

 まず、名前を聞いて驚いたし、返事をしたのは予想に違わず、もちろんあの男だったからである。


「な、なんでぇ――」心の声が大きく外に出てしまった。


「ど…どど…どいうことでしょうか」

「どういうことって言っても、1位と18位が組むことになっている、優秀なものと経験の少ないあなたが組むのは効率的だろう」


「あ、あ……私先程、……この人にセクハラされました!」


 場が静まり返る。なぜこんな大袈裟な言い方になってしまったのかはM自身も多少は驚いた。突然の衝撃に耐えられず、どうしてもこの組み合わせを拒みたかったのだろう。

 一瞬の間をおいて、

「お、おい!」と、慌てた蓮が言葉を荒ぶった。


 蓮が言い訳を言おうとした時、室長が穏やかな言葉で言った。

「先程のエレベーターでのことは把握済みです。偶発的とはいえ多少の意図も感じられましたが了承内でしょう」

 蓮が一番顔を赤らめた時だった。言い訳も不必要と感じているようでうつむいたまま何も発せられないでいた。

「意図? え?」と言葉が出る。そして、弁解しない蓮を見る。私の視線は強かったかもしれない。

「ちょっと! それってどういう……」と勢いよく声を発したのを止められる。


「はいはい! まだ始まったばかり作業は早急を要します。いい加減にしなさい」

「はい」と渋々了承せざるを得ない。


 2人が近づきつぶやいた、「なに意図って?」「しらねぇよ」と返す。

 少し距離の離れた所で他の組み合わせを見ていた。2人隣同士でいるだけでMは顔が赤くなるのを隠せずにいた。


 研究内容はバイオによる食事栄養とその供給である。数千の研究機関でそれが行われていた。それは国家プロジェクトの1つでもし採用になると名前が出されて、そして素行レベルが上がりより上のレベルへと行ける。

 それをMは高高度高等部の在学中で得られるかもしれないという、その希少な可能性をつかむチャンスだった。

 チャンスと思ったが何せ組み合わせ相手が、揺れに合わせて意図的に抱きついてくる変態だ。Mは隣にいる男にキッと睨んだ。そして、蓮からその睨みに対する反応が無いことに、余計苛立ちを感じたが、「感触がない」この言葉を思い出し、再びどっと顔が赤くなる。

 Mはこの男の言動が信じられないと、さらに赤面するのであった。

『これから8時間一緒に研究しなければならないなんて……』


「あと、これは緊急事案であり1ヶ月の共同作業となる。寝食を共にしてでもより高度な研究を達してほしい」


「な、なんですと――――!」不意を突かれて顔が硬直する。

 蓮の方を見ると、なにも気にしていないように振る舞っていると感じた。


 恐る恐る私は手を挙げる。頭は真っ白でパニックになりそうなのを抑えながら冷静に考える。『これは禁止事項だ。間違いなく禁止事項である。過去数十年男性に触れたことのない私が突然寝食を共にして研究に挑めだと。それに私はまだ高等部だ。間違いなく禁止事項だ。間違いない!』と大きな声をあげそうになるが必死に抑える。

『しかし、この室長の性格から見て怒らせては、この明らかな禁止事項でも無理矢理通される恐れがある、あくまで丁寧に』と自分に言い聞かせて発言した。

 「私の男女混同になる組です。寝食を共にするということは方針違反と思います」

 はっきりといえた、よし!

 「方針が先程変わりました。全く問題ありません」

 ドーーーン! 心にはっきりと書かれてあった禁止事項という看板が爆散する。

「なんじゃそりゃ――。」

 顔を赤くしてなんとかと断る口実を振り絞るが、話は無情にも進んでいく。

(どういうこと、方針が変わることはあるけど、こんなにも大きく突然変わるなんて歴史から見ても異例だ。信じられない、信じられない)

 不信感を抑えながら、目の前の事を受け止めきれない。それと同時に研究中どう相手に接するか頭の中がぐるぐると回転し結局は堂々巡りを繰り返していた。


 そして、気がついたときには、整頓された研究室の1室を授けられ2人は立っていた。隣には蓮が俯いたまま立っていた。こんな心情では研究どころではない。もっと責め立てたい。納得がいくまで。

「どうするの? それに、あれってどういうことなの? 意図ってなに?」

 そうすると蓮が突然近づいてくる、「え、なに……」後ずさるが、後ろには壁。すぐに壁に背中があたる。突然のことであたふたと困惑する。


 それでも近づいてくる蓮、顔が近づく。目の焦点が定まらず涙目になるM、突然のことに言葉も出ない。

 両肩をガシッと掴まれる。思わずヒッと声が出そうになった。いや叫び声を出してもよかったかもしれない。

 そして唇と唇が触れるくらい近づいてくる。硬直したMはどうすることもできずに身動きできない。

「いつまでも子供じみたことを言うんじゃない、研究の支障になる! これは君にとっても大きなチャンスじゃないのか」

と恫喝された。


 スッと解放されて身体中の緊張が緩む。まだ少し震えているが、冷静を取り戻し、肩の手を払った。

 「わかったわよ、私にとっても大きなチャンス、最悪な形のスタートとなってしまったけどやるしかない」


 こうして多少の相違はあったがコンビの誕生であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る