美郷学園レーシングカート部、金髪の織姫(ベガ)
素通り寺(ストーリーテラー)旧三流F職人
第1話 金髪碧眼のアメリカンガール、四国の片田舎にホームステイする
春。四国は徳島県の山あいの片田舎、美郷村。
青空の下、山の深緑の所々に桜のピンクが彩を添える。
そんな景色に映えるような、あるいはミスマッチのような濃く燃えるような金髪のポニーテールが、ひょこひょこと揺れながら歩き、きょろきょろと左右に弧を描いていた。
「はぁ……ほんとイナカよねぇ、ココ」
その金髪ポニテの主、日系二世ながらアメリカ育ちのモデル体型美少女、ベガ・
「せっかくニッポンに来たのにネェ、トーキョーにいきたかったナァ」
あーあ、という表情を晒しつつ、山あいを抜ける国道の歩道をとことこ歩く。
彼女はこの春からここに一年間のホームステイをするためにやって来ていた。
父親は日本人なのだが、アメリカ人である母親の血の影響が強いその見た目は、たまに通る車や畑仕事をしているお百姓さんたちに思わずガン見、二度見をさせるほどのインパクトがある。
16歳らしいあどけない顔つきながら175cmの長身に金髪碧眼、肌も母に似て白く、スラリとした体ながら、へそ出しの白いトップスに覆われた胸はしっかりと自己主張を見せている。ジーンスに覆われた下半身は自然かつ美しいラインを描いてスニーカーまで続いていた。
カリフォルニアで育った彼女だが、父親の影響から日本に対する憧れが強かった。なので幼少から日本人学校に通って、日本の文化に想いを馳せ、いつかそこに渡るのが夢だった。その夢は意外なほど早く叶ったのだが……さすがにカリフォルニアに届く日本の情報はトーキョーのそれがメインであり、こんな田舎の里など想像もしていなかった。
「ハナシがウマスギルと思ったのよねー、コウカイサキニタタズ、ってヤツかなぁ」
昨日遅くにホームステイ先の家に到着し、今日は朝早くから荷ほどきをしていると、そこの奥さんから「やっとくから、この辺見て回って来なさい」って言われて、こうして近所を散策しているわけなんだけど……改めてここが田舎だということを思い知るだけである。
あるのは山、畑、小川、そして自己主張激しく山々を縫うように通っている国道。そこをたまに通る車は多くが軽トラックで、日本の誇る高級車も、日本の漫画で見たドリフトするスポーツカーも皆無だった。
ショップ、スーパー、コンビニエンスストアの類も全然目にせず、あるのは小さな小屋に置かれた野菜無人販売と、夜にだけ営業してそうな屋台、あとは集会所や公民館ぐらいのものだ。
「ココでイチネン……すっごくタイクツしそうだネェ、ハァ」
思わずため息をつく。刺激や娯楽になりそうなものが見事に無いこの田舎で、一体何をして一年過ごせばいいのだろうか……聞いた話では初夏にはホタルの群生が名物で、そのころには観光客が押し寄せるそうなんだけど、アメリカ暮らしの長い彼女にはそれが面白いものなのかどうかも分からない。
と、ベガの耳に、たまに通る車とは違ったエンジンの音が、遠くからかすかに聞こえて来た。
「ン? OH! ひょっとしてジャパニーズ・ハシリヤ、ってヤツかな?」
刺激的な経験の可能性に耳をそばだてる。が、音はずっと向こうからこだましているだけで、こっちにやって来る気配はない。
ついでにその音は自動車にしては軽く、もっと小さな乗り物か、あるいは草刈り機やポンプなどの別のエンジンの音なのかなぁとも思う。
「イヤ、ちがうよ。ひとつじゃないカラ……」
その羽虫のような甲高いエンジン音は一つでは無かった。多重奏のように高音と低音が入り交じり、時に何かをこすり付けるような音が混じる。
「コレって……
この音が農作業機械じゃないとすれば、何かイベントが行われているのかもしれない。今日は日曜日だからなおさらだ。こんな田舎にも何かアミューズメント・パークみたいなものがあるのかもしれないと、ベガは音のする方向に向かって駆け出していく。
国道から山道に入り、登りの道をひょいひょいと駆け上がる。カリフォルニアでサーフィンをやってた事もあり体力には自信がある彼女にとって、好奇心が疲れを凌駕するのは当然のことだった。
道路わきの階段を駆け上がり、藪を通って近道して、そしてまた耳を澄まして音の方角を確認する。ワクワクに胸を躍らせながら、その小さな山のてっぺん付近の道路まで達した時、聞こえていた音がふっ、と途切れた。
「エ……なんで?」
汗を腕で拭いながら、ベガは一抹の不安に駆られていた。せっかく何か楽しそうな事が起きそうだったのに、いきなりそれが途切れてしまったなんて……
――ポローパラーン、ピリ~♪ お昼のー、村内ー、放送ーです――
「ホワイ? もうそんなジカンなのね。というかそんなコト、ホーソーするんだ」
代わって流れて来たのは村内スピーカーによる放送だった。彼女にしても初めて聞くものであり、この地域の文化に少し感心しつつスマートフォンを取り出す。果たして時間表示はちょうど12:00であった。
ふぅ、と息をついてスマホをポケットに仕舞い、今超えた山の向こうに目をやる。
「……ア!?」
彼女の眼下、山を下りた所のくぼ地にあったのは、まるでヘビのようにうねってひとつのループを作っている道路、明らかにそこだけを走る為のコースだ!
「ワオ! サーキット!……アレ、でもなんかチイサイよね?」
目の錯覚かと思ったがそうでもない。なんか全体がタテヨコ150mほどしかなく、道路幅も狭くて、とてもレーシングマシーンが走る場所には見えない。
それでもベガは「ナンダロウ」とワクワクしながら坂道を駆け下りていた。あそこには自分がこの日本で退屈せずに生きていける「ナニカ」がある、そんな予感を心に秘めて、その場所を目指して走る。
そこに近づくたびに、オイルのニオイが濃くなっていく。やがて平坦な場所まで来ると、駐車場の向こうに丸いゲートが見えた。あの向こうが上から見た、なんかちっちゃいサーキットだ! と息を切らせて駆け出て行く。
「ハッ、ハッ、ハッ……トウチャーックっ!」
マラソンランナーがゴールインするようにゲートをくぐり、両手両足をバツの字に伸ばしてそう宣言する。さぁ、ココはナニ? なにするところナノ?
同時に、その空間一帯がざわっ! という空気に包まれる。
「?」
ベガにはピンとこないが、そこにいる人々にすれば当然の反応だろう。午前の練習走行が終わって昼食をとっている時に、いきなり金髪碧眼のダイナマイトボディのギャルが乱入して歓喜の声を上げたのだから無理もない。
「Hey,ミナサン、ココはナニするトコロなんですかー?」
空気を読ますに手近にいる男性に歩み寄ってそう聞くベガ。その20歳過ぎの男は「え、えーっと」と一歩引いて、コース脇にあるショップの前にいる人物に助けを求める。
「しゃ、社長ー、お客さんですよー」
「ほぉ~、いらっしゃいお嬢さん。ここは阿波カートランド。ほら、そこいらにあるカートでレースするサーキットだよ」
話を振られた中年男性がこっちに歩いて来つつ、そうベガに説明する。ポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃになったパンフレットを取り出して広げて見せた。
「ワオ! このちっちゃいクルマで、レースするんデスか?」
パンフレットと、そこいらにあるスタンドに乗せられたカートマシンを交互に見て、思わず目をキラキラさせるベガ。
ちなみにもちろん周囲からは注目の的だ。サーキットにいる20人ほどの全員が昼食の手を止め、いきなり現れたレースクイーンみたいな美少女に釘付けになっている。
「ど、どうだいお嬢ちゃん。ちょっと、乗ってみるかい?」
その社長と呼ばれた男の声に、ぱぁっ、と花が咲いたかのような笑顔になるベガ。
「そのコトバを、まってマシタ!!」
周囲からおお~、という言葉が漏れる。今は昼休みで休憩時間だから試乗者が走るならうってつけの時間帯だろう。が、その腰を折るセリフが、別の少女から放たれる。
「社長、今は試乗用のFK-9は修理に出してるはずですが」
そう言ってベガ立の前に現れたのは、赤と白のツナギに身を包んだ少女だった。見た目ベガと同じ高校生くらいだろうか、長い黒髪をお団子にして左右にまとめ、凛とした表情でベガを見つめると、はぁ、と視線を逸らして言葉を続ける。
「金髪のあなた、悪いけど今は試乗用のカートが故障してるの。だから今日は試乗は出来ないのよ、残念ながら」
「エ、ソーナンデスカ……ザンネンデス」
「う、うん……そうなの」
意外に素直に引き下がったベガを見て罪悪感を感じたのか、その彼女も歯切れの悪い言葉を発し、そして……失言をする。
「ま、まぁ私のカートならいいけど、でもとても初心者に扱えるものじゃな」
「イインデスカ!? ゼヒ、ゼヒ乗セテクダサイッ!!」
「え、えええええっ!?」
その少女の両手を取ってがぶり寄るように詰め寄るベガ。碧眼をウルウルと潤ませてぐいぐい来る金髪外人に、思わず顔を引きつらせるその少女。
「……仕方ないな。じゃ、金髪のお嬢ちゃん、事務所に来て」
その社長の言葉に、周囲のギャラリーから拍手が起こる。お昼休みに振って湧いた思わぬショーに、みんなが笑顔をほころばせている。
そう、ここにいる誰もがかつて経験したあの衝撃を、この金髪外人少女も経験することになるのだ。
事務所兼売店に入ったベガは、長机に出された書類にサインをするよう求められた。
「日本語、読めるのかい?」
「ダイジョーブデス、ワタシ日本語学校ニカヨッテマシタカラ」
そう言って書類に目を通すベガ。内容としては『いかなる事故、ケガ、または死亡事故に関して、私は当サーキット、および第三者への責任追及は致しません』という事に対する同意書だった。
「ジコとかケガとか、あるんですか? あのちいさなマシーンで」
「ま、ほとんどないけどね。カートは安全なマシンだし、こういうのにサインするのはモータースポーツのお約束、ってヤツだよ」
「ナンカそうキクと、ホンカクテキなキがして、エキサイティングしてキマス!」
そう言ってサインし、拇印を押した時に、外からビイィィィ……ンという音が聞こえて来た。
それを耳にしたベガの心臓がドキン! と跳ね上がる。遠方で聞いた時の音と違い、そのエンジンには確かな力強さが感じられたからだ。
「じゃ、行こうか」
社長と共に外に出るベガ。見るとさっきの少女が数人の面々と一緒に、台座に乗った真紅のカートに群がって、エンジンをレーシング(空ぶかし)している。マフラーから青い煙が吹き上がり、後輪が激しく空転していた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
低速回転に戻ったカートのアイドリングとベガの心音が二重奏を奏でる。ワクワクとドキドキ、期待と恐怖が彼女の白い頬を赤く染める。
「キャブ調整、OKです」
さっきの少女がそう言って、フットブレーキを手で締めてエンジンを止めると、前後にいた男二人がマシンを抱えてピットロードまで運搬する。少女はベガを手招きしてこう言った。
「来なさい、乗り方を教えるから」
「Hi、ヨロシクデス!」
この小さな車にはクラッチやスタートキーはない。エンジンとタイヤが直結しており、動き出すには押し掛けするしかないのだ。 試乗用のFK9というマシンにはクラッチがあるのだけれども、このスプリントカートKT100Sは本物のレースマシンだ。速く走るのに不要な物など付いてはいない。
「いい、こんな感じで、マシンの後ろを浮かせて走り出すの。で、勢いだ着いたら後ろを下ろして、エンジンがかかったら飛び乗るの、こんな風に」
その少女がひらり、とクルマに乗り込むのを見て思わず「ワオ、スタイリッシュ」と感激するベガ。無理もない、彼女にとってクルマに飛び乗るなんて初めての経験なのだ。
「イチ、ニノ、GO!」
ベガもそれに習って飛び乗る練習をする。ハンドルを握り、ひらりと身をひるがえして右足で燃料タンクを挟むようにまたいで、ドスンとお尻をシートに収める。
「うん、そんな感じ、いいわよ」
「エヘヘ、サンキュ」
笑顔でその少女に返した後、ベガはハンドルを握って前を見てその光景に、そしていま自分がいるシチュエーションに非日常を感じていた。
まるで地べたに座り込んでいるかのような視点の低さ、お尻とアスファルトまではほんの3センチしか空いてないだろう。ハンドルやシートは普通のサイズなのに、足先にある前タイヤはもう完全にオモチャとしか思えないほどにちっちゃい。
視点が低いせいで視界の半分以上が地面だ。アスファルトの模様がはっきりと目に移り、そこを這っていくアリさえ目にする事が出来る。
シートにもたれかかってる姿勢はまるで安楽椅子に座っているように快適だが、少しでも体を動かそうとするととたんにホールドされて動けない、拘束椅子のような不自由さを感じさせた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクンドクンドクンドクンドクン……
異常な世界観に心臓の鼓動が早くなる。まるであのカリフォルニアで初めてサーフボードに乗って、ビッグウェーブに挑んだ時のように。
「じゃ、一度降りて。本番行くわよ」
そう言われ、シートから這い出て再びマシンの左側に立つ。
「はい、これ被って」
ヘルメットを渡され、それをずぶりと被る。フルフェイスのそれは一気に視界を狭く、呼吸を息苦しくする。思わずバイザーを上げ、首を振ってメットの重さと視界を確認する。
「怖かったら止めてもいいのよ。絶対に無理はしない事、いいわね」
「OK♪ ワクワクしてマース」
ドッドッドッドッドッドッドッドッ……
口ではああ言ったが、ベガの心臓は留まる事無くテンションアップしていた。さぁ、これからワタシはどうなるノと思うと、手も足も小刻みに震えている。
ピットロードに置かれたマシンのハンドルを左手で、リアバンパーシャフトを右手で握って半身に構える。さぁ、いよいよ、いよいよ出発の時!
「スリー・ツー・ワン……ゴー!」
合図とともにベガが横から、その少女ともう一人の男が後ろからカートマシンの後輪を持ち上げて押す。4歩5歩と走った後、リアタイヤをドスンと下ろす。その勢いで後輪が回転をはじめ、リアシャフトから
バラバラバラバラ……ビイィィィィィン!
ピットロードを走り抜け、コースインする一台の真紅のカートマシン。そのヘルメットの後ろには、鮮やかな金髪がフリフリと揺れていた。
16歳の少女。ベガ・
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