第2話 アイドルと調味料
「ここが事務所」
とんとん拍子に話は進み、翌日の日曜日、私は早速これから所属することになる事務所を社長と共に訪れていた。
連れてこられたのは、都心からは離れているし古さは目立つものの、まあまあ立派なコンクリート5階建て。
一見するとアパートみたいだけど、この社屋なら そこそこのレベルの会社なんじゃないか?
建物を見上げ、そんな期待に胸を
「この部屋だから」
先に立つ社長が開けたのは、「101号室」と書かれたドアだった。
「え?」
よくよく見れば、隣は「102号室」となっており、鈴木という表札がぶら下がっている。
アパートのような。じゃなく、もしや本当に普通のアパートなのか……?
「ただいまー」
そんな疑問を私が問いかける間もなく、社長は元気よく部屋の中へと入っていった。
「お、お邪魔します」
仕方なく私も後に続くと、事務用のキャビネットとデスクが所狭しと並べられたワンルームが目に入ってくる。
見るからに、そこいらのアパートの一室を無理やり職場に改造しているようであった。
積み上げられた書類やファイルに埋もれるように、一番奥のデスクで女性が一人パソコンに向かっている。
30代前半くらいだろうか。
それなりに美人そうだけど、ノーメイクと眼鏡、ひっつめた黒い髪で暗い印象のする人だった。
「
「別に」
そして、社長に対しても この素気ない態度。
「あ、こちらはね、ウチの事務とか経理とか労務とか広報とかをやってもらってる百地ちゃん」
どんだけ1人で仕事抱えてるんだよ。と心の中で突っ込んだものの、紹介されてた彼女はチラリと私を見ただけで視線を逸らせてしまう。
「こう見えても昔はウチの事務所所属のアイドルとして活動してたんだよ。知ってる? 世紀末お仕置きシスターズってグループ」
「いや、……すみません」
「まあ、その後は色々あって。まあ、ねえ、うん。今はこうして事務で働いてもらってるんだけど」
言葉を
「百地ちゃん、こちらが昨日スカウトしてきた三輪……」
「ういーっす」
社長が私を紹介しようとした時、玄関のドアが乱暴に開いた。
「あ、キラル。ちょうど良かったー」
振り向いた私は、この目を奪われた。
「彼は佐藤
か……かっこいい!
思わずそう声に出してしまいそうだった。
ただ立っているだけなのにキラキラのエフェクトが見えそうなくらいの美少年。
こんな美形を抱えているなんて、やっぱりここはすごい事務所なのかもしれない。
これだけ目を引くのに、メディアで見かけたことがないのはデビュー前とかなんだろうか?
きっと、性格も見た目みたいに王子様みたいな……
「あれ? こいつ誰? 社長のの援交相手?」
素敵な妄想を繰り広げていた私に、綺麗な唇をだらしなく開いて そのイケメンは言った。
「は?」
「え、マジで? 社長ってまだ現役なの? っていうか、どうせ金払うならもっと可愛い子にしろよ~」
何が可笑しいのか、ケラケラと1人で笑いながらポカンとする私の前を通り過ぎてゆく。
秒で現実に引き戻された私は、その綺羅流と呼ばれた男を改めてマジマジと観察してみた。
制服のブレザーの肩にはフケがたまっているし、ネクタイには何かの黄色いシミ。ズボンの尻ポケットからは中の布が飛び出している。
「ん? あー、やっぱ俺に惚れちゃったかあ。まあタダでいいなら……」
私の視線を何か勘違いし、
うん、間違いない。こいつはクズだ。
「死ね」
持っていたバックで、そいつの顔を思いきりぶっ叩いた。
「痛ってぇなっ。なにすんだよ!」
殴られた頬を押さえた猿がキャンキャン
「うるさいっ! 唾が飛ぶだろっ」
「はあっ? なんだ、このクソブス!」
「ちょっとぉ、これから仲間になるんだから仲良くしてよ~」
怒鳴り合う私達の間に、困り顔をした社長が割って入る。
「仲間?」
不名誉ながらこの顔だけ男と声が重なった。
「そうだよー。3人で新しいグループを……」
「おはようございます」
言いかける社長の横を、すっと通り抜けて行く影があった。
それがあまりにも空気に溶け込んでいて、一瞬スルーしてしまうところだった。
「おう、相変わらず辛気くせえな」
佐藤の声に、その影はゆっくり足を止めて振り返る。
次の更新予定
シュガーとソルト ~アイドル残酷物語~ 愛澤 ゐ猫 @reiroh
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