シュガーとソルト ~アイドル残酷物語~
愛澤 ゐ猫
第1話 目指せアイドルへの道!
「発表します! 第3回、ま!夏のお嬢さんコンテストのグランプリは……」
司会者のもったいつけたマイクパフォーマンスに、舞台の端に立つ私は両手をきつく握り祈った。
古びた多目的ホール。誰も知らないマイナー美少女コンテスト。観客どころか参加者すら定員割れ。
そんな場末のステージであろうと、今の私は選ばれるなら死神とだって契約して良いと思うくらいには真剣そのものだった。
ジャカジャカジャカジャ
いつの時代だよ。と突っ込みを入れたくなる効果音が流れ、会場が暗転する。
4番
司会者に暗示をかけようと念を送ってみたが、ヘンな
「グランプリは、5番
「は、はい!」
名前を呼ばれた何だか緑色っぽい名前をした彼女は、嬉しそうにスポットライトのあたるステージ中央へと笑顔で躍り出た。
正直言って全然美人なんかじゃない。渋谷を歩けばもっと綺麗な子はたくさんいる。
そんなレベルの子。
そんな子に、私は負けた。
かけていたタスキを投げ捨てて区民会館を出る頃には、外はすっかり夕暮れ時だった。
そもそも、今日は運がなかったんだ。
特技はビーチフラッグじゃなく、嘘でもピアノとかバレエと言えばよかったのだろうか。
大体なんだよ4番て。死を連想する数字は外しておくのがマナーってもんだろ。
これだから、最近の運営はゆとりだとか言われるんだぞ。
そんなことを
確か一緒にコンテストに参加していた、私と同じように
けれど、彼女の見た目はどう見ても小学生。
あと何度だって色んなことに挑戦できる。
色好い返事をもらえたことは一度もない。
世間ではまだまだ
一緒に参加するライバル達も、いつの間にか年下ばかりになっていた。
「
暮れ行く空を眺め、思わず そんな弱音が口をつく。
今年で高校も卒業。
進学、就職、世間体。
……それでも、私はどうしてもアイドルになりたかった。
子供の頃から、ずっとずっと憧れ続けた夢。
何の取り柄もない私だが、それだけは どうしても譲れない。気持ちだけなら誰にも負けないつもりだった。
しかし、想いだけで夢が叶うなら、誰も苦労はしない訳で。
まず芸能事務所に所属しなくては芸能人とは言えない。
それにはオーディションを勝ち残り、人の目に
ということを考えると、結局は今の私の状況にたどり着いてしまう。
道は、
「あーあ、少女漫画みたいに都合よくスカウトとかされねぇかなあ」
つい、そんなダメ人間丸出しの願望を呟いてしまった時だった。
「君、
背後からの
「え、なんですか……?」
答えつつも、体は無意識に警戒の体勢を取る。
紫色の上下のスーツ。背は低く、頭は明らかなカツラ。
年は60代くらいだろうか?
ペイズリー柄のネクタイとサングラスという外見が古代バブル紀を思わせる。
何より、どうして私の名前を知っているのか。
ついつい、右手をポケットの中のスマホに伸ばしていたが
「そうだよね? 良かった。実はねボク、君のことスカウトしたいんだけど」
「え?」
まさか、私の夢が叶ったの……!?
「あ、もしもし。警察ですか?」
なんて思うはずもなく、私は迷いなく110番へと
最近オーディション会場で新手の
残念。
「いやいやいや、ちょっと待ってよお!」
すると、物凄い速さで そのおっさんは私へと迫ってきた。
「ちょっ、何!? どうみても怪しいだろうがっ」
「怪しくない! 怪しくない! ボク、社長だから!」
おっさんを
周囲からの冷たい視線に気づき、とりあえず私はスマホを切っておっさんを物陰へと引きずり込んだ。
「もう~、まろんちゃんたら冗談キツいんだからあ」
店と店の間の薄暗い路地で、おっさんにウインクを投げかけられる。
その仕草に余計に殺意を抱いたものの
「ボクね、こういう者なんだけど」
私が思わず目を
同じ物をコンテストに参加していた数少ない芸能事務所の関係者が身につけていた。
名刺なんていくらでも偽装可能なことは私でも知っているが、これを持っているということは少なくとも詐欺師ではないはずだ。
「ボクね、コンテストを見にきてた芸能事務所の社長の友達の先輩で」
私の視線に気がついたのか、おっさんは前歯のない口でニカッと笑う。
やけに薄い繋がりではあるが、そういう事なら早く言え!
「え~、そうなんですかぁ~」
私は2オクターブほど声音を上げて
肩書きの
『テイスティーズプロモーション 社長
という文字を素早く確認する。
聞いたことない事務所だが、女性タレントはあまり扱ってないところなのだろうか。
「後輩とゴルフ行った帰りにオーディション見学してたら君がいてね。もう、ボクの理想通りでびっくりしたよ!」
「え、そうなんですか?」
そんなセリフ、あまりにも都合が良すぎて まるで夢でも見てるみたいじゃないか。
「もし良ければ、うちの事務所を見学でも……」
「ありがとうございます! 入りますっ、契約しますっ!」
まだ何か言いたそうだった社長さんの手を取って、私はその前歯のない顔につめ寄った。
気が変わらないうちに契約まで持ち込まねば! 一度入っちまえば、後はどうにでもなる。
これは、崖っぷちの私に初めて……そして恐らく最後に訪れたチャンスなのだから。
「お、おう。まあ、君がそう言ってくれるなら……」
「よろしく、お願いします!」
まだ信じられないけど、夢みたいな夢が初めて叶ったんだ。
こうして、遂に念願だったアイドルへの道を私は一歩踏み出したのだった。
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