爽やかな目覚め
カ――ン。カ――ンン。
物悲しい鐘の音が、まどろんでいるワタシの意識を覚醒へと導いていく。
カ――ン。カ――ン。
今は何時だろうか……。
そんなことを考えながら、ゆっくりとまぶたを開けた。
目が覚めたら夢でした、という展開もちょっとだけ期待しながら眠ったのだが、期待しただけ無駄だったようだ。
フワフワのお布団が気持ちいい。
豪華で立派な天蓋付きのベッドでワタシは眠っていた。
賓客をもてなす部屋にふさわしい、豪華すぎて立派すぎて巨大すぎる寝台だ。
うっかり二度寝してしまいそうなくらいの寝心地だ。
異世界のベッドすごすぎる。
目覚めた場所は、慣れ親しんだ自室の暗い寝室ではない。
そもそも、ここは自分が存在していた世界ですらないのだ。
ビックリ仰天の異世界だ。
三十五回も勇者に倒されて、三十六回も復活するということを繰り返していると、ちょっと、新しい『刺激』が欲しくなる。
そのことを、勇者召喚の責任者である、聖なる善神ミスッターナに話した結果が、コレである。
神様にお願いはするもんじゃない。
善神だかなんだか知らないが、ワタシにとっては疫病神でしかない。
ワタシは過酷な現実に溜息を吐き出し、もぞもぞと上体を起こした。
部屋の中は、ぼんやりと薄暗い。
しかし、明かりが必要というほどの暗さでもない。
こちらの世界は、時間によって空の色が変化し、その影響で室内も明るくなったり、徐々に暗くなっていくのが面白い。
ワタシが歓迎されているのは、専属となった優秀でカワイイ小姓の働きぶりや、室内の調度品をみればわかる。
昨晩はちょっとしたトラブルがあったが、『間違って魔王を召喚してしまった』こと、と比べると『その魔王が肉食花に丸腰で襲われた』ことなど些細なコトだ。
歓迎している風を装って、間違って召喚してしまった厄介モノを抹殺するために、セキュリティをけしかけた……というのであれば、ワタシも反撃いや、対応を考えなければならないけどね。
なんにしろ、まだ二日目だ。
慎重にいきたい。
「勇者様、お目覚めでしょうか?」
「ああ。起きているよ」
寝台を囲んでいた幕が引かれ、金髪の小姓がワタシに微笑みかける。
小悪魔天使ことリニー少年だ。
そして、その背後には、眩しいまでにキラキラと輝きを背負っている金髪の青年がワタシに暑苦しい視線を注いでいる。
エルドリア王太子だ。
王太子は部屋着ではなく、昨日、初めて会ったときに着ていた正装だ。
ただ、マントの色が黒い。
「マオ、おはよう。昨日はよく眠れたかな?」
エルドリア王太子は寝台の側に屈むと、ワタシの右手をとって甲にキスを落とす。
そして、そのまま甲に頬ずりをはじめたのである。
「ひゃうっ!」
寝覚めのスキンシップに、ワタシの心臓が驚きで跳ね上がる。
寝起きはあまりよくないんだけど、一気に目が覚めた!
(異世界の朝の挨拶って、どうなってるのっ!)
ワタシは身体をカチンコチンに硬くする。
エルドリア王太子との距離が近い。
うっとりと目を閉じ、ワタシの手に頬をすりよせている王太子の姿は……悔しいことに、息を呑むほど美しく、振り払うことができない。
他の男がこんなことをしてきたら……間違いなく肉片にしていた。己の美貌に命拾いしたな王太子!
「マオと初めての朝食を共にしたかったのだが……」
エルドリア王太子はとても残念そうな顔でワタシを見上げる。
もちろん、手は握ったままだ。
王太子は、昨日の夕食だけじゃなく、朝食もワタシと一緒に食べるつもりだったのか……。
「せっかく、マオと心を通わすことができたのに……」
(いえ、全く通ってませんよ? なぜそういう結論が導かれたのか、全くもってわかりません)
ワタシの内心の反論など知ろうともしない王太子は、さらに言葉を続けた。
「急な話になるのだが、国葬を行うことになった。その準備や参加で、マオとは一週間ほど会えなくなる……」
なんだか、今にも泣き出しそうな声だ。
きっと、王太子個人的にも大事なヒトが亡くなったのだろう。
「国葬で城内も慌ただしくなるかと思うが、ここまでは影響ないだろう。ゆっくりくつろいでくれ」
「えっと……どなたがお亡くなりに?」
ワタシの知らない人物の葬儀だろうが、話の流れ上、ここはワタシから質問した方がよいだろう。
追悼の祈りくらいは捧げるのが、魔王としての礼儀だ。
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