最悪の展開

 イライラがどんどん溜まっていく。

 人が多くてなかなか進めない。

 それでもなんとか人混みをかきわけ、ひたすらエントランスを目指す。

 出入口をくぐりぬける。


 屋内から屋外へ。

 空気が変化する。

 昼の日差しが眩しくて一瞬、目を細める。整備された空間と、銀色に光り輝く柱状のオブジェが目に入ってきた。


「食事はどこがいいかしら。ここは混んでいるから、駅の方に戻った方がいいかもしれないわね」

「市川…………」

「なに?」

「生徒会のみんなはここに来ていないよな? 生徒会の相談って嘘だな?」


 怒りで声が震えていたが、市川は焦った様子もなく、平然と笑みを浮かべている。


「相談はあるのよ? そして、みんなはわたしたちのために遠慮してくれたの」

「どういう意味だ?」

「ねえ、瀬名川くん、そろそろいいんじゃないかしら?」

「なにがだ?」


 オレの方にもたれかかってくるので、とても歩きにくい。

 手を振り払いたいのだが、がっちりと握られていてそれもできない。


「わたしたちが正式に付き合いはじめるの」

「はあ?」

「わたしと瀬名川くんが付き合うのをみんな、楽しみにしているのよ」

「はぁ?」


 言っている意味が全くわからない。

 なぜ、オレが市川と付き合わなければならないんだ。

 そして、それを、なぜ第三者が楽しみにしているんだ?

 どうせ冷やかしだろう。


「わたしたちの関係をそろそろ宣言してもいい頃合いだと思うの。でないと、この先、わたしも、瀬名川くんも、告白の対応が大変でしょ?」

「そういう、偽装相手が欲しいのなら、別のやつをあたってくれ。迷惑だ」

「誤解しないで。偽りの関係じゃないわよ。これからは隠れてではなく、堂々とお付き合いしましょうって言っているの」


 オレの予感は的中したのだが……。

 過去、女子から交際を申し込まれたことは何度もあったが、市川のこれは今まで経験したことがないパターンだ。


「どういう意味だ? オレは市川とは付き合う気もないし、隠れて付き合ってもいないぞ。生徒会長と副会長だ。それだけの関係だ」


 そう、それだけの関係なのに、どうしてこんなことになってしまったんだ?

 歩きながらで終わりそうな会話ではなかった。

 これはどこか、いや、せめて通路の端によって、ゆっくり話した方がいいのかもしれない。周囲の迷惑になるだろう。


「生徒会長と副会長。総合成績学年一位と二位。瀬名川くん、わたしたち似合いのカップルになれるわよ。みんな、それを望んでいるのよ?」


 おいおい。それだけの理由で、勝手にカップリングをしないでくれ。


「誤解しているのは市川の方じゃないか?」

「どういう意味かしら?」


 市川は不思議そうにオレを見上げ、顔を近づける。

 息が耳にかかりそうだ。


 これはヤバイ、というか怖い。

 オレに「断られる」という可能性は全く想定していないのだろう。

 市川らしいといえばらしいのだが、このまま話しても平行線だ。


「と、とにかく、オレは市川とは付き合うつもりはないから。そもそも、こんな騙し打ちみたいな形で呼び出さないでくれ」

「わたしが誘っても瀬名川くんが誘いに応じてくれなかったから、みんなが協力してくれたのよ? 瀬名川くんはみんなの好意を踏みにじるつもり?」


 さすがにその言葉にはカチンときてしまった。


「なにが好意だ! 不愉快だ。帰る!」

「瀬名川くん、待って!」


 市川を無視して、前を見る。


「…………」


 オレの動きが止まった。


 今、一番、会いたくないと思っていた人物がオレの進行方向に立っていた。


 祖父の見舞いを終えたのか。

 たしか、午後からは幼馴染みと、このショッピングモールで会う約束をしたと言っていた。

 すっかり忘れていた。


 市川の声が聞こえるが、耳に入ってこない。


(見られた!)


 驚きと後悔で、オレの頭の中が真っ白になる。

 視線の先にいる相手も動きを止め、オレを凝視している。

 

「マオ…………」

「お兄ちゃん?」

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