閑話 はじまりの物語り――希崎 怜那(きざき れいな)

待ち合わせ

 連休初日の巨大ショッピングモールは、大勢の人でにぎわっていた。


 数か月前にリニューアルオープンしたこの商業施設には、映画館の他にも新たなアミューズメント施設が加わり、さらに多くの人を呼び込んでいる。


 俺――希崎きざき 怜那れいな――は、一階エントランス前にあるスペースで人を待っていた。

 待ち人はまだ来ない。

 俺はソワソワしながら、スマートフォンをとりだして時刻を確認する。


 時刻は午前十一時三十八分。

 約束の時間は十三時。

 相手が来るまで軽く一時間以上もある。

 というか、時刻を確認してからまだ五分しかたっていなかった。


(なにをやっているんだか……)


 落ち着きのない自分に呆れてしまう。


 目印のオブジェの前で立ち尽くしている俺を嘲笑うかのように、沢山の人が右から左へと流れていく。


 若い親子連れや三世代の家族連れ。学生グループ、そして、カップルなど。若い世代を中心に、老若男女問わず様々な人が、改装を終えた綺麗なショッピングモールの中へと吸い込まれていく。


(それにしても、すごい人だなぁ)


 想像していた以上の混雑ぶりに、唖然とするばかりである。

 ひとりでぽつんと立ち尽くしていると、自分だけがこの賑わいから取り残されたような気分になる。


(この調子だと、店内もすごいことになっているんだろうな)

 

 駅から徒歩数分の場所にある施設は、道路からエントランスまでのアプローチに、人工的な広場が設けられていた。


 手入れの行き届いたこぎれいな広場には、先進的なオブジェやスタイリッシュな街灯が一定の法則で設置されている。

 街灯と街灯の間には緩やかな曲線を描いた木製のオシャレなベンチがあり、それに沿うようにしてグリーンスペースが展開されている。夜は美しくライトアップされるとホームページに書いてあった。


 待ち合わせ相手が指定したオブジェは、複数の球体がランダムに融合した集合体で、独特のフォルムを形作っていた。

 こういうのを現代芸術、前衛芸術というのだろうか。実に不可思議で奇妙なオブジェだった。


 俺の身長と比べると、頭三つ分くらいオブジェの方が高い。小さな子どもたちが遊具と勘違いして、このオブジェによじ登ろうと挑戦しているが、それはやっていいことなのだろうか。

 立ち入り禁止の柵がないから、触れてもいいのかもしれない。


 鏡面加工された銀色のメタルっぽいオブジェは全部で九体ある。

 メインの色は艶やかな銀色だが、アクセントカラーとして、集合体の芯となる部分には目にも鮮やかな色が使用されていた。


 虹色の七色に白と黒で九色。

 九本の柱が不規則に立っている。

 球体のオブジェだから九体。


 ……と、作品説明のプレートには書いてあった。


(芸術家の考えることって、よくわからないなぁ)


 この九体がなにを表現したいのか、俺には全くわからなかったが、待ち合わせの場所としては最適な造形物だと思う。


 色の指定もしてくれていたので、さらにわかりやすく、場所を間違えるということもない。

 俺の他にも多くの人たちが、この奇妙なオブジェを待ち合わせの目印に使用していた。


 腕を組んだ大学生風のカップルが横を通り過ぎる。

 中学生らしき男子の集団が、上映中の映画のタイトルを大声で話しながら、そのカップルを追い抜いた。


 人気アニメ映画の公開がはじまったばかりなので、映画目当ての人も多いだろう。

 通り過ぎる人たちの会話を拾ってみると、連休にあわせて人気ショップが先々週あたりから次々とオープンしているそうだ。SNSで話題になっているらしい。

 その他にも催事イベントやポイント倍増セールが行われていたりと……人が集まる理由はたくさんありそうだった。


 これだけ人が多いと、食事や買い物も一苦労しそうだ。どこも混みあっているだろう。


(映画を観るのもいいかも、と思ってたけど……ちょっと難しいかもしれないな)


 カラフルな映画の広告を眺めながら俺は溜息をつく。

 その場のノリで映画に誘ってみようかな、と考えていたが難しそうだ。

 前売り券を購入しておいて強引に誘えばよかったかな、と自分の見通しの甘さに俺は少しばかり落ち込んでしまう。

 映画どころか、食事も、買い物も大変そうだ。

 まあ、なにごとも経験と学習だ。次の教訓にしよう、と俺は心に誓う。

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