ロード・オブ・レジェンド

桜梨子

止まった世界

第1話

 俺は王生光いくるみひかる。どこにでもいる28歳のサラリーマンだ。製図の仕事を始めて、4年になる。

 就職した当初は、終電まで働いていることが多かった。家に帰るのは二十四時を回っていたが、4年目にしてようやくコツを掴み、仕事のやり直しになりそうな箇所や変更になりそうな箇所を描きながら見つけて事前に根回しすることで十八時頃には仕事が終わるようになっていた。

 更に追い風で通勤せずにネット経由で仕事をするリモートワークが流行り、俺の業務は基本的に出社せずに仕事をするようになってはや1年。

 大学入りたての頃からやっているMMOゲームに、再び没頭するようになっていた。


 タイトルは、〈ロード・オブ・レジェンド〉。

 10年間もサービスを続けているMMOFPSである。物珍しいジャンルだけあって、長きにわたって多くのプレイヤーを集めたものだった。

 だが、プレイヤーの誰もが、人口が減少していくのを肌身に感じていた。その結末を予期するのは、難しくない。

 ついに、サービス終了が決定。しかしながら、残ったプレイヤーが悲嘆に暮れることはない。

 なぜなら、運営からのニュースは、サービス終了の告知だけではなかった。同時に、新作を開発中であると明かしたのだ。

 ――そうして、〈ロード・オブ・レジェンド〉は最後の日を迎える。

 最終日限定で販売されるレベルブーストパックは、300円の安値ながら、効果は取得経験値+10000%。これまでの苦行を嘲笑うかのような設定だった。

 最後まで搾取するつもりかと苦笑するものの、これまで楽しませてもらったゲーム会社へのお礼とカンパの気持ちで、課金することにした。


 定時に仕事を終え、すぐにログインしたかったから、昼休みに買い物を済ませることにした。近くにコンビニがあるのだが、昼時はかなり混むと知っているから、昼休みの開始を遅らせた。


 おかげで店内は空いていたが、買い物の途中で、夕食も買っておかなければならないと気付く。思いの外多くなった手荷物を落とさないよう気を遣いつつ、レジに並べた。


「あ、これボクもやってるんですよ! 今日でサービス終了ですよね、本当に残念」


 課金用のカードをスキャンした店員が、自分に向けて話しているのだと分かるのに、少し時間がかかった。はっとして顔を上げると、それは綺麗なショートヘアの女性だった――一人称が「ボク」であるのは、少々不思議な感じがした。


「あ、え、えっと、あ、はい。で、でも続編今作ってるとのことなのでそっちも楽しみです」


 しどろもどろになりながらも会話のやり取りをする。この時間帯は少しお客が減るため店員も少し余裕があるのだろう。彼女は次々と会話を繋いでいた。


「生産が好きで戦闘のレベリングサボってボクもカンストしてないんですよね」

「あ、わかります! クラフター簡単そうに見えて奥が深くて途中でそっちにハマっちゃってレベリングがおざなりになってました。なので最後に記念にカンストでもしておこうかと」


 コンビニ店員と話すことなどレアなイベントに今まで遭遇してこなかったので、挙動不審に思われないように細心の注意を払っていたつもりだが、きっと今の俺は滑稽な人間に見えていただろう。


「お客さんも今日は悔いなくやりきっちゃいましょ!」


 そうやって笑顔で手を振る若い女性店員にドキドキしながらコンビニを後にし帰宅する。


――――



 FPS型MMOの特徴を活かして、正式には非対応なのだが、VRゴーグルを使いログインする。


「みんな、ばんわーん!」


 ログインしてギルドチャットにすかさず挨拶を欠かさない社会人の鑑、とアホなことを思いながらチャットを送信。


「おっ、ヒカリちゃん。こんー、今日はログイン早いな!」

「待ってたぜ、ヒカリちゃん。ちゃんとブースト課金した?」


 このネットの仲間の反応からわかるように、俺は"ネカマ"だ。

 本名の光の読み方を変えてヒカリでネカマをしていた。


「サービス終了日にも可愛いヒカリちゃんのキャラを見れて嬉しいぜ」

「最後の日だから今日は俺と最後のデートをしようや」


 次々にヒカリへとチャットを飛ばす彼等。


「んー、でもブーストも買ったしレベリングして遊びたいなー! 最後までいつも通りにこのゲームを楽しみながら終わりたいな」

「ブーストあるならガンガン狩りに行こうよ」


 と一際イケメンのシャルが話に入ってくる。


「ですです! それに2の開発が始まってるんですから、またみんなと遊べるかな?」


 ヒカリは愛想を振り撒きながらノリノリでチャットを続けた。


「もちろん、俺はやるぞー!」

「俺のPCスペックもかなり古いから、次回作までにスペック上げないとなぁ」

「さすがに10年前のゲームだから、当時は綺麗だって感動してたけど、今じゃ本当にグラが粗く感じるもんな」


 ギルドメンバーたちは次回作への期待を語る。


「準備が出来たなら行こうか! 私は終了時刻1時間前には高難易度レイドのメンバーと同窓会するから」


 シャルはみんなを飛行船の発着場へ案内する。


 このゲームは古く、最近のゲームからすれば不便だらけだ。

 その一つが移動方法である。

 最近のゲームでは当たり前にあるテレポート系の機能がなく、交通機関で冒険する。馬車、船、飛行船など多岐に渡る移動手段が用意されていた。


「本当に不便だよなぁ。テレポートないなんてな」

「友だちとかもさ、この移動時間が苦痛だし面倒で辞めてたわ」


 次々と不満を語るみんなにヒカリは反論する。


「逆にこの時間が大好きなんです。今夕食を食べてますけど、テレポートだとそんな時間取れないし、みんなとのチャットに集中できるし! そして、なによりFPSでこの世界を見渡せるんですよ! のんびりと心にゆとりを持ちましょう」


 ヒカリの言葉に、みんなはハッとしたのか、景色を眺め始めた。よく見渡せば、それは心地の良い空の旅なのだ。

 これから向かうフィールドは、最初の街から飛行船に乗って海を越える。それはさながら海外旅行のようでもあった。


「そういえばヒカリちゃんは何食ってんの? 俺は今コンビニのグラタン食ってるけど」

「あ、私もコンビニまでは一緒ですね! サラダパスタと春雨カップです」

「全然違うじゃねーか! それにしてもヒカリちゃん女子力高ぇもの、相変わらず食ってんなぁ」


 シャルはそんな会話を聞き、笑いながらヒカリの昔話を語りだす。


「女子大生の頃のヒカリちゃんはよく牛丼食べてて、すっごい親近感湧いたのにねー。こんなに女子力上がっちゃって」


 いたずらな笑みを浮かべるシャルに、少しムッとするも、しっかり年齢がバレないように、8年前などの、具体的な情報を入れない配慮をするシャルに少しだけ安堵した。


「シャルさんは本当に意地悪で、そういうの食べてたらすぐ太るよーって言うから改善したんです!」


 膨れっ面をするヒカリをみんなで笑う。

 実際、大学時代は好きなものを食べ栄養バランスなんて無視した食生活だった。少し体型が太り始めた頃に、それならネカマでボロが出ないように、食生活も女性が体型維持しているような食事を選び始め、サラダチキンや野菜を取り入れる食生活になった。


「それを言っちまったら、シャルさんクラスのプレイヤーが、俺たちなんかと遊んでる方がよっぽどおかしいけどな。

なにせあの『七騎士セブンナイツ』って、開発に喧嘩を売った高難易度の12人でやるレイドを、7人でクリアしちまったトッププレイヤーのうちのひとりなわけだし」

「もう過去の栄光だよ。今のレイドは人数制限守らせるように、参加人数で均等にダメージが入る"頭割り"とか、強制敗北システムのダメージチェッカーが実装されちゃった訳だしね。もう今じゃ無理だよ」

「まっ! そのせいで俺たち下手くそ組はレイドの難しさとは無縁なプレイスタイルになっちゃったからな」

「お前が出来ないのは元からだろう。俺もやってねーけど」


 話に盛り上がっていると、あっという間に、目的地の世界樹の森に到着する。飛行船はその森にぽつんと立つ大きな塔に停泊した。

 ここがこのゲームの高レベル帯のレベリング場だそうだ。

 実はシャル以外は、そもそもここに踏み入れたことがない。どんな敵が出るかも全く知らない。みんな、不安になりながらシャルの方を見ていた。


「大丈夫。タンクの私が敵の攻撃を全部引き受ける! みんなは攻撃してくれたらいいからさ」


 シャルはストレージから石を取り出し、手当たり次第魔物たちにどんどん投げつけていく。30匹ほどの魔物がシャルを標的とし襲いかかる。しかし、その数の魔物を1人で一身に引き受けても、一切動じない。

 すごい量の攻撃を受けているがダメージはほぼない。しかしみんなで、必死に敵を攻撃するもこちらのみんなの攻撃は1ダメージしか与えられない。そんな中、シャルが攻撃を入れると魔物たちは一気にHPが削れていく。そして、その魔物たちを倒し終えるとレベルが一気に84から90にまでレベルが上がっていた。


 恐ろしいまでの経験値ブーストと経験値効率だった。これならカンストまでは割と早そうな気はするが、魔物とレベル差が開くと経験値減衰を貰ってしまう。

 現に今は魔物のレベルよりかなり自分たちが低いため、減衰した経験値しか貰えていないが、経験値ブーストで打ち消しているどころかプラスにしていた。

 しかし、これをカンストまでとなると少し味気がなく、虚無感さえある。レベルカンストが200なのを考えると確かにこういうものを受け入れないとダメなのかと少しだけ諦めていた。


「ヒカリちゃん、味気がないなって思ってる?」


 シャルがそれを見透かした感じで横で耳打ちをする。


「安心してよ、ヒカリちゃん。レベル120まで揃えるための場所だよ。みんなが120になったら更に奥に行って、そこで150になったら深層エリアまで行くんだ。

その深層エリアは、私のキャリーが出来なくなるからね。そのときヒカリちゃんは、私の回復をよろしく頼むよ」


 シャルは本当にみんなの配慮をしようとしているのがよく窺える。

 こうしてシャルの指導の下、レベリングに勤しむのであった。



 レベリングを始めて2時間が経つころには、深層で1グループ毎に魔物たちと戦闘していた。


「しっかりターゲット取るから範囲攻撃を! ランダムターゲット攻撃には十分注意してね!」

「おらっ! くらえ〈アローレイン〉!」

「〈フリーズランス〉!」


 次々と攻撃を入れるも、この辺の魔物たちはタフで攻撃も痛い。

 シャルも回復薬を適宜使いながら、ヒカリの回復を受けてようやく耐えれるくらいには手強い。


「シャルさんヒール!」

「ありがとうヒカリちゃん! 次上位範囲魔法で攻撃お願いね。まだポーション残ってるから少しの間これで耐えるから!」


 最終日にログインしてレベルカンストを目指すメンバーは6人集まったが、ヒカリ以外は物理職で魔法で攻撃と回復が出来るのはヒカリ1人だった。

 ヒカリはシャルの指示の通り、強力な範囲魔法を唱える。


「〈エクスプロージョン〉!」


 上位の範囲炎魔法を詠唱し、大きな爆発が敵を包み込む。

 しかし、敵のHPはまだ半分ほど残る。1体1体が本当に中ボスクラスの強さだ。


 やっと倒せたところでヒカリのレベルは200になった。他の人たちは、元からレベルが高くヒカリが最後のレベルカンストだった。


「やっとレベル200になりました…… このエリア本当に敵が一体一体強すぎなんですよ!」

「まぁ俺たちレベルは上がってはいるが、装備はレベル低い時のまんまだもんな。そりゃあ敵がなかなか倒せないよ」

「レベリングすることしか考えてなくて、装備の準備忘れてたもんな」

「でも、楽しかったでしょ! やりごたえのある戦闘で私は結構満足したけど、ヒカリちゃんはどうだった?」

「こんな手応えのあるレベリングは久々です。シャルさんの体力回復しますね!」


 シャルは結構余裕そうに話してはいるが、HPは半分にまで減っていた。

 そんな彼を回復するために、ヒールを詠唱しようとしたところで止め、話を始める。


「実はプレゼントを用意しててね。みんな用意してなかったみたいでちょうどよかったよ」


 彼はアイテムストレージから装備可能レベル200の武器を取り出し、みんなに渡していく。


「あれ? これって最高難易度のレイドでしかドロップしないやつで、トレード出来ないはずなのに」

「最終日だからなのか、今日ログインしたときにトレード可能になってたんだ。運営の粋な計らいなのかな? 最後にこれを装備して戦って貰おうと思って、用意して持ってきてたんだ」


 手にすることはないと思っていたこのゲームの最高峰のレベルの武器を手にしてみんなはテンションが上がっていた。

 ヒカリが貰った〈世界樹ユグドラシルの杖〉は、レベル80のときに装備していた武器の20倍ほどの性能をしていた。シャルにヒールを飛ばすとシャルの体力は半分から一気に全回復していた。


「あ、もしかしてシャルさん。私の回復って全然足りてませんでした……?」

「そうでもないよ! その杖は生命力に溢れる杖みたいで、隠しステータスに回復魔法の効果を高めてくれるやつなんだよ」


 フォローしてくれるが、足りていなかったのであろう。

 シャルはそれを曖昧な言い方で濁してくれて優しさを感じた。


 早速武器を持ち替え、同じように戦うと、明らかに戦闘力が上がってサクサクと魔物たちを狩れた。あれだけ苦労した魔物たちも、装備一つでここまで楽に狩れるというのも、成長した実感があっていい。

 ――まぁレベルだけ上がっても装備が弱くて苦戦していたのだが。


「次回作こそは、自力で頑張ってカンストしたいなぁ」


 ヒカリはボソッと言っていたのを、シャルは聞き逃すことはなかった。


「レベルの概念なくなるらしいんだよね。スキルレベルと装備で強くなっていくっぽいよ」

「あ、そうなんですね。後追い勢は追いつきやすそうでいいですね! 就職してからしばらくゲームする時間もなくて、一気に離されちゃいましたしね」

「いやぁ〜でも俺からしたらさ、スキルレベルとか逆に辛い要素に感じるんだけどな。多分使い込まないとレベル上がらない系だろ?」


 次回作の話で少し盛り上がったところで、シャルは時間を確認していた。どうやら約束の時間を逆算しているようだ。


「そろそろ街へ戻る準備をして戻りましょうか。私も同窓会に顔出しに行くので、飛行船の発着場まで帰りましょう」


 帰りは魔物たちを軽く倒しながら戻る。苦戦しながら来た道も、強い武器を貰ってからは、難なく倒すことができた。入り口付近のレベルが低い敵になると一撃で屠る。

 発着場へ着くとシャルはみんなに耳寄り情報を残す。


「ちなみにここ、レストエリアがあるんですよ。あの方角の奥に秘湯があって、普段はそこを拠点にしてましたね。ヒカリちゃんとか温泉大好きだから、最後に行ってみたら?」


 また悪戯な笑みを浮かべてみんなを煽る。シャルは面倒見がいいけど、実は意地悪でスケベだったか。


「よっしゃああ、ヒカリちゃんの湯浴み姿を見てこのゲームとお別れだ!」

「いやぁ、温泉があるなら行かないわけには行かんでしょ!」

「えっ、えー?! ま、まぁシステムに守られてますし、大丈夫ですけど……」


 手厚いお別れをした。シャルはそのまま飛行船へ乗って帰還していく。


 みんなは意気揚々と、温泉のレストエリアを目指していた。それにしてもこんな最終エリア付近に温泉だなんて、まさに秘湯だ。

 思っていた以上にレストエリアは見つからず、30分ほど探索するも全く見つかる気配がない。本当に温泉あるのかよ、とみんなは不安になっていく。

 幸いにも、敵はシャルから貰った武器で、サクサク狩れて特に苦労することもなく倒せるため、安全に探索出来る。レベリングを2時間以上やっていたため、さすがに疲労は溜まっており、少し険悪な空気になっていた。


「もう少し具体的に聞いておけばよかったな。なんかダラダラ歩いて見つかんなかったら何のためにってなっちまうよ」

「だな。そもそもこんなとこに本当にあんのかよ? なんか最後に騙されてる気もするぜ」

「ここまで来て、達成感もなしにサービス終了時刻来たらマジで笑えるわ」


 イライラとした空気を変えるために、ヒカリは明るく振る舞う。


「シャルさんの親切でここまでレベリングも楽しめたんですし、きっと嘘なんて言いませんよ!

それにきっと、本当の冒険のように、あると言われている温泉を探すって、ワクワクしませんか? リアルだとこんな刺激、なかなか味わえませんよ!」


 その言葉でみんなの表情は、少し良くなり元気を取り戻し始めた。


「そうだな! ここまで来たら何が何でもヒカリちゃんと温泉に入浴するわ!」

「おい、本気で探すぞ!」

「秘湯って言ってたから、実は道なりに探しても見付からねぇんじゃね? ちょっと丘の方に登ってみるわ」


 みんなはやる気を取り戻しこれまでみんなで並んでダラダラ探していたのが、それぞれ6人で分担しながら探すと、それは肩透かしを食らったようにすぐに見たかった。

 温泉は、遥か手前で通り過ぎてしまっていた。またよくよく見ると湯気がその辺一帯を覆っており、それに気がつけば呆気なく見つかるような簡単な場所だった。


「本当に、冒険って灯台下暗しのような感じなんですかね? こんな発着場の近くにあったなんて」

「時間も惜しいから早く入ろうや!」


 みんなはレストエリアに走って入り、脱衣エリアに入る。

 このゲームでは、脱衣エリアから温泉エリアに入ると、自動的に湯浴み姿に着替えることが出来るようになっている。

 温泉が実装された当初は10分ほど入浴していると、3時間ほどステータスに恩恵が受けられて歓喜されていたが、"入浴ありき"として不評をかい、かなり前に温泉バフはなくなっていた。

 先ほどまでの不安や苛立ちの表情は一切なくなり、満面の笑みでいた。


「FPS視点で入れる温泉のあるゲームって、このゲームくらいな気がしますね。需要ありそうなのに」

「まぁ今のこのご時世ってさ、社会人みんな忙しくて、忙しい合間の時間にしかゲーム出来ないからさ、効率やらなんやらを優先してゲームそのものを楽しむって感覚が薄れちまってるからなぁ」


 周りのメンバーもそれに、うんうんと頷きながら賛同していた。


「ほら今日付き合ってくれたシャルさんだってさ、多分数日くらい前からいかに効率よくレベリング出来てしかもそれでいて、俺らが楽しめそうな方法を考えてくれてたんだと思うんだよ。やっぱそれも効率重視なわけだしな」

「シャルさんなんてトッププレイヤーなんだから色々な人が声かけたい人だろうしな。今日はほぼ俺たちで独占しちゃったけどさ。」

「シャルさんもヒカリちゃんにはかなり親身になってくれるから、ヒカリちゃんがいなかったら、多分ついてきてくれてないだろうけどな」


 シャルさんには、本当に頭が上がらないほどお世話になっている。知り合って8年間、なんだかんだギルドに誘ってもらったり、戦闘のノウハウを教わったり。多くの面でお世話になっていたことに痛感した。今のオンラインゲームとかやるとゲーム以外の連絡手段を交換するのが当たり前な中で、交換していなかった。

 ――今になって離れたくない気持ちが溢れてきた。


 温泉に入浴を始めてから少ししたところで、サービス終了時刻が来たら風呂に入って寝るだけだからと、VRを付けたまま入浴することにした。チャットのためのスマホも持ち浴室へと向かう。

 他のメンバーはこれまでの過去の話とか、運営のやらかしの話、それから、このゲームがサービス終了した後に遊ぶゲームをしている。そんな中、一切反応のないヒカリを気になり始めた。


「ヒカリちゃん、もう寝落ちしちまったか?」

「今ならこの可愛いキャラ眺めたい放題だよな?」


 そんなチャットをしているところで、身体を洗い終わり浴槽へ浸かるところで戻ってこれた。


「あ、ごめんなさい! どうせなら、本当にお風呂入りながら温泉に浸かろうかと思って、お風呂入ってました!」

「え? どうやってやってんの」

「VRを公式対応はしてないんですけど、実は出来ちゃうので、いつもこうやってゲームしてましたよ!」

「マジかよ、そんなことできたのか」

「俺もVRやってみたけど、やり難くて断念しちまったなぁ」

「相変わらずワンランク上の楽しみ方をやってるなぁ」


 みんなは驚きながらもまた話を戻し、これからのことや、それぞれのリアル生活の話に切り替わる。


「ヒカリちゃんってリアルでもその身長なの?」

「秘密にしたいんですけど、許してくれませんよね?」

「今日最終日だしいいじゃん!」

「このキャラの身長は150cmですけど実際はもっと大きいです。体型はかなり標準というか、標準体重より少し軽いですけど……」


 嘘は何一つ言っていない。

 変に設定を考えて答えてると、ボロが出た時に一気に崩壊しそうなため、俺はいつもこういう話題の時はあくまでもリアルの自分に即して言うようにしている。

 食生活もまさに、その通りであるように。


「実際いくつなのよ〜俺はもうとうとうアラフォーだぜ?」

「お前そんなおっさんだったのかよ! 俺23歳!」

「年上にお前とか言うな! ガキが!」


 冗談のやり取りをが始まる。ゲームならではの仲良くなったら年齢関係なく"友だち"になれるこの感覚はまさにオンラインゲームならではだろう。


「私は、実はアラサーですよ。君よりお姉さんです!」

「その可愛い少女顔で言われるとむしろ萌えるわ。年上のお姉さん好きになります!」


 馬鹿な会話で盛り上がっていたところで残り時間は10分を切っていた。


「もう残り時間10分切っちゃいましたね。もう終わっちゃうんだ……」

「楽しい時間は進むのが早いってな。なぁヒカリちゃん、一緒に遊んでくれてありがとな。段々と飽きてきたときに知り合えて。自分のペースで遊ぶ楽しみとか、クラフターの面白さとかたくさん知れた。なんなら、今日にはそれが終わることが、悲しく思えるようになってたよ。本当にありがとう」

「いえいえ! 私は本当に好き勝手に遊んでただけなので! ご迷惑もたくさんおかけしましたし! こちらこそありがとうございました!」


 みんなはそう言った言葉をそれぞれヒカリに言う。俺はその言葉を聞きながら、男同士だとこういうのってお互いに気恥ずかしくなって言い出しにくいものだ。


(ネカマの俺がいることでそのきっかけになったのかな、俺がネカマじゃなかったら、みんなお互いに心の内を素直に言えたんだろうか)


 無粋なことを考えながらも、ネカマでいたことを少しだけ誇らしく思えた。


「それじゃあ俺は一足先に落ちるよ。もうログアウト時間だしさ、また会おうな、みんな」


 そうやってログアウトを始める。ひとり、またひとりと。


 仲間の最後の1人がログアウトした。

 俺はきっと、次回作でもまたネカマの、ヒカリとしてやっていくんだろうな。


 そう思い耽っていると唐突に画面が揺れ始めた。揺れはかなり激しい。


 何が起こったのかわからないまま、頭に強い衝撃を受け俺は意識を失っていた。

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