猟師異世界冒険記
PM11:00
第1話 もう一度
「パァン!」
けたたましい銃声が深い山の中に響き渡る。それと同時に、銃弾をくらった動物が遠くで倒れた。
数キロ先まで聞こえてきそうな非常に大きい音ではあるが、私にとっては、スコープを覗いて、慎重に標的を狙って、引き金を引いて、この銃声を聞くという一連の動作は、毎日のように仕事としてやっている行為なので、昔からの馴染み深い音に感じる。
そういえば、この仕事を初めてから何年経っただろうか? 確か高校を卒業して間もなく、猟師をしていた父に弟子入りしてという流れだったはずだから…かれこれ57年ほどこの仕事をしているということになる。
毎朝6時に起きて、山で狩猟をして、日が暮れる前に山を下りて、9時頃には寝るという生活をしているからか、75歳になっても重い病気にも罹らず健康的にやれている。
今日はすでに2頭仕留めているので、まだ午後4時過ぎだが山を下りることにした。
その後、山を1時間ほど下って、家がある集落へ帰ってきた。山の斜面沿いに位置しているこの集落の住人も、私を含め4人だけになってしまった。妻は4年前に他界して、子供や孫はここから2時間ほど行った所にある街に暮らしている。まだご近所さんがいるだけありがたいのかもしれないが、昔に比べて私の周りは寂しくなってしまった。
狩猟というものはこんな私にとって唯一の生き甲斐になっている。貯蓄もあるし、そもそもお金はあまり使わないので、もう年齢的にも引退してもよいのだが、いかんせんまだこの仕事を楽しめている。楽しめているという表現が正しいのかも分からないし、楽しめている理由も具体的には分からないが、とにかく狩猟は私の生き甲斐だ。
今日もいつも通り、狩った動物を調理して食べてから本を読んで、9時頃には床に就いた。
「なんだかやけに眩しいな…」
眠り始めてから3時間は経っただろうか。寝言のようにそう呟いた瞬間、頭の方から優しげな声が聞こえてきた。
「お目覚めになりましたか? "千葉昌彦"様」
恐る恐る目を開けてみると、眼前には神々しいオーラを纏った、黒い長髪に白と金の和服を着た若い男が座っていた。
彼は人を落ち着かせて安心させるような才能を持っているのかもしれない。それのせいか、私はもう一度そのまま寝てしまおうとしてしまったが、よく考えてみれば、いや、よく考えなくとも、今の私が置かれている状況は実におかしい。
私は昨日、いつも通りの時間に自宅の寝室で眠ったはずなのだ。それなのに、なぜ目の前には知らない人がいるのか。夢を見ているという感じも全くない。
それ以外にもおかしい点はいくつもある。まず、この大理石みたいな石で造られた宮殿のような部屋は何だ? 私の寝室はごく普通の和室だった。それに、彼はなぜ私の名前を知っている? 私の親戚にこのような人は無論いないし、そもそも75年間生きてきて一度もこの人を見たという記憶がない。
現実的に考えられる状況なら誘拐くらいしかないが、それも現実的とは思えない。あんな山奥に住んでいる普通の老人を誘拐するとは思えないし、彼が誘拐をするような人だとは思えないからだ。
私の頭は久しぶりに速く回転し、考えて、1つの結論を導き出した。相手は悪人には見えないし、ここは会話をしてみるしかないだろう。
私は恐る恐る「私はなぜこのような知らない場所で眠っていたのでしょうか?」と尋ねた。
彼は気まずそうに「申し上げにくいのですが…あなたは昨晩、5月20日の12時前に亡くなられたのです」と言った。
それを聞いた瞬間、私の脳内にかつてない衝撃が走った。
「健康的で元気だった私が…なぜ突然亡くなったのでしょうか?」と混乱した様子で言った。
「あなたの死因は老衰ですね。少し頑張りすぎたのでしょう」
私は平静を装って「ならば私が死んだという証拠を見せてください」と言った。
彼は「これをご覧になってください」と言うと、指パッチンをした。その瞬間、頭上にテレビより少し大きい位の大きさのモニターのようなものが現れた。
この信じられない光景を目の当たりにした私は、すでに彼の言っていたことをある程度信じ、また、彼が何者なのかも彼のその見た目も相まって大体予想がついた。
そのモニターのようなものには、私のお通夜か葬式の様子が映し出されていた。棺桶の後ろには私の遺影が置かれていて、親戚一同がホールでお経と一緒にお祈りをしていた。しかし、老衰という死因だからなのか、ひどく悲しい感じはなかった。
これを見た私は、自分が死んだのだと確信した。
「ご理解いただけましたか?」
「はい…そして、あなたは何者なのでしょうか?」大体分かってはいるけれど、確認として訊いてみた。
「ふむ…そうですね。人間の言葉を借りるならば神という存在になると思います」
「あなたが神様ならば、これから私は天国…いや、もしかすると生前の職業的にも地獄へ送られるのでしょうか?」
「いえ、そのどちらでもありません。確かに狩猟とは殺生ではありますが、無益な殺生ではありませんし、何より人に害を与える害獣でしたから。悔いることはありませんよ」
「ありがとうございます。しかし、ならば私はこれからどうなるのですか?」
「単刀直入に申しますと、年老いても尚害獣を狩猟し続けたあなたには、強大で凶暴な動物…"モンスター"が暴れている世界へ転生し、狩猟することで世界へ貢献してもらいたいのです」
「…あまり状況が理解できませんが…承知しました」何といっても相手は神様なので、全てを受け入れることにした。
「ありがとうございます。突然こんなことを言われて理解が追いつかないのは仕方のないことです。では早速ですが、これをあなたに。役に立つと思います」彼はそう言って、また指パッチンをした。次はライフル銃と散弾銃が現れた。私が生前に使っていた猟銃によく似ている。
「これは私が使っていたものでしょうか?」
「見た目や使い方、構造は大体同じですが、威力は全く違います。弾薬はスキルというのを使って入手してくださいね。銃は自由にいつでも切り替えれますから。分からないことばかりだと思いますが、使ってみれば分かってもらえると思います」
「ありがとうございます。ちょうだいします」神様はあまり時間がない様子だったので、訊きたいことは山ほどあったが、早めに切り上げることにした。
「では、早速ですが行ってもらいます」
「行って参ります」
「今から行く世界は"エイリエナ"っていいます。気に入ってもらえると思いますよ!」
その一言を聞いた瞬間、私の意識は消えた。
目が覚めた。鳥の囀りが聞こえる。日光が明るくて目が慣れないから上手く目が開けられない。
(やはりあれは夢だったのでは?)と思い、無理やり目を開けて周りを一目見たそのとき、その考えは一瞬で消えた。
辺りは人の手がついていなさそうな深い山の中だった。そして、そこに生えている植物は、どれもかつて駆け回った山とは微妙に違ったものだった。
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