七つの華が咲く頃に

雪華月夜

第1話-かひなくてゆく 月日なりけり-

「日直も大変だねえ、手伝ってやろうか?」

「いらない。これくらいはできる」


 学級日誌をつけている俺に、赤橋啓太が声をかけてきた。チラッと彼を見やると、あいかわらずのんびりした笑みを浮かべている。無視してペンを走らせるが、彼は気にする様子もなく続けた。


「この三年間、色んなことあったよな。俺は学校行事の中じゃ、やっぱり文化祭が好きだったな。あのザ・青春って感じが、堪らなく堪らないんだ」

「五月蝿い。集中させてくれ」


 窓の外を見ると、日が少しずつ傾きかけていた。柔らかな夕陽が教室に差し込み、机の上に影を落としている。残り少ない中学生活が、じわじわと終わりに向かっているのを感じた。


「奏詩、あんなことあったのによく学校来れたよな。俺だったら転校志願してるレベルだぜ?でもまあ、来続けるのはいいことだよな。逃げた時点で戻ってくるのがキツくなるからさ。負けずに来るって、いいことなんだよ」

「それは誰からの受け売りなんだ?」

「俺の兄貴のダチが言ってた」


 俺の『黒歴史』。それは、できることなら触れたくない過去だ。思い出すだけでも胸が締め付けられ、吐き気がこみ上げてくる。顔をしかめそうになる自分を抑えつつ、日誌を書き終えた俺は話題を切り替えるように口を開いた。


「お前、高校の部活は決めたか?」

「いや、まだだな。奏詩は?」

「……あんなことがあって、新しく部活に入れると思うか?」


 啓太が一瞬、言葉に詰まった。彼の顔に微妙な表情が浮かんだが、すぐにいつもの調子に戻る。


「まあ、無理だろうな。俺たちの学校、中高一貫だし。例の話を知ってる奴らも、高校に上がってもまだいるだろうからな。結局、俺たちはまだ子供だ。あんな重い枷を背負ったら、どうにもならないさ」

「お前は部活に入れよ。俺のことは気にするな」


 立ち上がってバッグを手に取る。教室のドアを開けると、一つ上の階から吹奏楽部の練習が聞こえてきた。軽やかな旋律が廊下に響き渡る中、俺はゆっくりと歩き出した。


「ちょっ、待てよ!俺もついていくっての!」


 啓太の声が後ろから追いかけてくるが、振り返ることなく歩き続ける。


「なあ、啓太!これからゲーセン行こうぜ?先輩も来るんだ」


 背後で別のグループのやつらが啓太を誘う声が聞こえた。俺はそのまま廊下を進みながら、ふと小さくため息をついた。


「あいつ、俺なんかに付き纏ってていいのか?もっと他の友人と青春を楽しめばいいのに」


 そんなことを考えながら、職員室に向かって歩き続ける。しばらくすると、背中に何か奇妙な視線を感じた。


「……誰かに見られてる?」


 気配を感じた俺は、立ち止まり、後ろを振り返る。階段の手すりに、小柄な少女がもじもじと隠れているのが見えた。


「ねえ、何か用か?」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 驚いた声を上げた彼女は、手すりから顔を出す。もじもじと落ち着きなく、何度も前髪を手でいじっている。


「で、何か用か?」

「あ、あの……明日の放課後、屋上に来てくれませんか?」

「屋上?どうして?」

「そ、それは……明日話します!す、すみません!」


 言うが早いか、彼女は小走りでその場を去っていった。身長差も相まって、顔はほとんど見えなかったが、彼女の様子にはどこか焦りが感じられた。


「誰だったんだろう。まあ、どうせ暇だし、行ってみるか」


再び職員室へ向かって歩き出す。早く学級日誌を提出して、家に帰ってゲームでもするかと考えながら。

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