第23話 前戯は十分

 色々な意味で頭がおかしくなりそうな、そんな一晩を過ごしたところで、ようやくそれは終わった。お腹がジクジクしないことが、嬉しくて、安心できて、寂しくて。やっと眠れそうだって、そう思った僕はゆっくりと瞳を閉じた。


 縛られてるままだけど、そんなのは関係ない。ただひたすらに、今は疲れていた。身体もだけど、何より心が。多分、縛られてなかったら、エッチなのを我慢できなくて、一人でしちゃってたかもしれない。だから、本当に必要な緊縛だったのだ。


 ……必要な緊縛って、なんだろうね。


 そうして、うつらうつらしている中でも、一匹の畜生は未だに語り続けていた。カスみたいな二次創作を読み聞かせてくれてるけど、もはや用済み。そろそろ口を閉ざしてくれないと、最低な子守唄と化してしまう。


「エロ、犬。もう良い、終わったから。……ありがと」


「本当パコか? こころの下の口は、多弁でお喋りパコが」


「それ以上、口を開いたら殺すよ?」


 ……仕方なかったし、しょうがない事態だった。どうしようもなかったっていうのもあるけど……そもそも、お股のこれは全部汗だし!


「これで鈴を迎えて、本番をする準備は整ったパコね?」


 やっぱり処さなきゃ。

 そう決意を固めかけたところで──気がついてしまった。鈴がここに戻ってくるってことは、つまりはこんな格好の僕を見られちゃうってことに。もう少し突っ込んで言えば、僕のその……下半身の辺りとか。


 マズイ、大変にマズイッ。こんな格好、鈴に見られたくなさすぎる!


「え、エロ犬、今すぐロープを解いて!!」


「パコを……殺すパコか?」


「後でね!」


 今はエロ犬を保健所に送るよりも、真っ先にすることがある。

 ……身体、洗わないと。


「そういう訳で、解いて」


「あんなにパコにイかせてと懇願したこころが、行為後には素っ気ないパコ。悲しくてやる気とチ◯コが起きないパコよ……これってEDパコ?」


「お前と寝た事実なんてないし、オチ◯チンが起きないのは僕が男の子だからだよ」


「こころの身体は女の子パコよ。だとすると、こころに対してパコの父性が目覚めちゃったパコ? パコの息子と並んで、ツーショットを撮れば家族写真になるかもしれないパコねぇ」


「……一応聞くけど、お前の息子って?」


「チ◯コのことパコ」


「殺すっ!」


 相変わらず、ロクなことを喋らない。さっきまではそのカスさのお陰で助かってたけど、お股のアレは去ったからエロ犬は煮なきゃいけない。狡兎死して走狗煮らるって諺もあるし、間違いないはず。


「こころ、待つパコ。パコを殺したところで、精液の代わりに血が噴き出すだけパコ! そんなことしても、こころの下のお口はお喋りなままパコよ!!」


 相変わらず、余計なことしか喋らないくせに人の神経を逆撫でするのが得意すぎる奴だった。

 ……けど、確かに一理ある。こいつを処分する間に鈴が来ちゃったら、僕のあそこを見て引かれちゃうかもしれない。それはちょっと……ううん、凄く嫌だし。


「……わかった、殺さないから解いて」


「"パパ、助けて!"と言うパコ」


「は?」


 下手に出たら、即座に図に乗り始めていた。カス過ぎる、これでどうやって政治をやって来たのか。政治家を自称する狂人、それがエロ犬の正体かもしれない。


 賢さじゃなくて、すけべさで政治してるの?

 なんでまだ、国が滅びてないの?

 バカなの? 死ぬの?


「言うわけないだろっ。僕が、そんなことをっ!」


「……分かったパコ、譲歩して"パパの、おっきい……"で許してあげるパコ」


「言うか!」


「安心して欲しいパコ、こころ。ここで言うパパはパパ活的な意味合いで、決して近親相姦をしている訳じゃないパコよ」


「論点が違う!」


 やっぱり、エロ犬なんか頼りにならない。そんなことすら忘れていた僕がバカだった。自分でなんとか縄抜けして、"魔法少女は汚れたり排泄したりするわけがないだろっ! ただ、おしっこだけは聖水だから別腹ですわ! 清浄!!!"を使わないと、鈴に発情した女の子として見られかねない。


 それだけは、絶対に避けなきゃいけない未来だから!

 そう決意したところで、窓がガラリと開いた。ビクンと、背筋が跳ねる。……全てを察せてしまったから。


「こころ、迎えに来た」


 そうしてかけられた声は、やっぱり鈴のもの。エロ犬とバカすぎる口論を繰り広げてる間に、鈴が迎えに来てしまったのだ。僕はロープで転がされながら、お股が、その、大変なことになったままだ。


 ……もう終わりだよ。


「鈴、見ないでっ」


 身じろぎすると、ロープが余計に食い込む感じがする。それが、敏感になった肌に反応してしまい、思わず"んっ"と噛み殺した声が出る。男の子の僕が鈴にこんな姿を見せちゃうなんて、全てにおいて最悪すぎた。


「……誘惑、してる?」


「違うよ!」


 そして鈴も、なんかおかしかった。無表情なのに、ぽやーっとした雰囲気で僕を眺めている。ソワソワして、目が僕の胸とお股を行ったり来たり。控えめに言っても、エッチな視線と言って差し支えなかった。


「す、鈴?」


 思わず声を掛けると、ハッとしたように鈴の目の焦点が合った。鈴の目が、ようやく眼前の僕をハッキリと認識してくれた気がする。


 そうして、鈴から一言。


「こころ、エッチすぎ」


「鈴がやったんだよ!!」


 訂正、全然正気に戻ってくれてなかった。ちゃんと僕を見てくれてるけど、頭がピンク色に染まっちゃってる。濡れ衣もいいところ、一人で沢山そういうことをしちゃった後遺症が諸々に出ていた。


 ……そうだよね、鈴、しちゃったんだよね。

 一人で、その、お……ナニを。


「……鈴の方が、エッチだし」


「夏空こころ潮吹き公園を開園したこころには負ける」


「どんな妄想で一人エッチしてたのっ!!」


 どうしてか僕は鈴の中で、噴水の代わりに潮吹きをして、それを憩いの場にしているみんなに囲まれて暮らしていた想像をされているみたいだった。おかしいよね、絶対!


「すぐ閉園させた。こころ、エッチな姿をみんなに見せちゃダメ」


「鈴にしか見せてないよっ!!」


「こころ、恥ずかしがることないパコ。二重帝国になる前のオマ◯マン王国では、戴姦式の際にみんなの前で女王陛下が御開陳していたパコ。初代女王、カパックの礼に則った立派な典礼行為なんだパコ」


「狂ってるの?」


 異世界人は、やっぱり頭がみんなおかしい。それに比べたら、僕や鈴なんて清楚の極みみたいなものかもしれない。噂に聞く清楚系女優さんとかも、そんなノリなのかもしれない。こいつらと比べたら清楚、的な。


「僕も鈴も、エロ犬達と比べたら全然エッチじゃなかったね……」


 ため息を吐きながら、僕はエッチじゃないと言い聞かせる。事実として、えっちじゃないんだから、言い聞かせる必要なんてないけど。まぁ、取り敢えずって感じで。鈴は、少し首を傾げていた。


「こころはエッチ」


「なんで!?」


 ……違うじゃん、そういう流れじゃなかったじゃん。エロ犬を生贄にして、僕たちはエッチじゃないっていう流れだったよね。なんで僕をエッチな目で見ながら、そんなこと言うかな?


「こころのことを考えると、無限にムラムラしたから」


「淫紋! 僕じゃなくて淫紋のせいっ!!」


「うん、淫紋を刻まれたこころはエッチ過ぎる」


「違う! 刻まれてたのは僕と鈴の二人とも!!」


「……いっぱい、こころに……されちゃった」


 なにを!?


 そう口から言葉が出そうになったので、必死に堪えた。このままだと、鈴のペースでエッチ問答が始まってしまう。そうなったら最後、僕は自分はエッチですと自ら言わない限り、議論が終わりそうにないから。


「……鈴、ロープ、解いて」


 だから、話題を逸らしに掛かる。これ以上、僕がエッチかどうかなんて、議論を重ねたくなかったから。


「うん……痛かったよね、ごめん」


 鈴が直ぐに了解してくれて、ホッとした。そうだ、おかしくなってるけど、エロ犬なんかとは違って、鈴はいつだって優しいんだ。拘束を解いてくれた鈴は、くっきりと僕の手首に残ってる拘束の跡をなぞった。優しい手つきで、ごめんねってまた呟きながら。


「大丈夫だよ、男の子だから」


「……うん、我慢できたこころは、立派な男の子だね」


 久しぶりに鈴に男の子扱いされて、ちょっと気分が上がる。鈴の視線が手首とお股を行ったり来たりしているのは、気付かないフリをしておいた。




 あれから、鈴の家に帰って、身体を洗って(一緒にお風呂した)、ジャージを着て、ショボショボとした目を閉じないようにしながら、鈴に尋ねていた。


 つまりは、どうしてこんな倒錯した真似を? ということを。


「あの子に勝つため、必要なことだった」


「あの子って、光くんだよね?」


 コクリと一つ頷いて、鈴は事情を語ってくれた。意味がわからないけど、異世界変態魔法だから意味なんてあまり通らないと言い聞かせながら。


「この前負けちゃったのは、エッチなこころを頭に流し込まれたから」


「言い方!」


 とんでもない風評被害。エッチな妄想の中の僕を頭に流し込まれただけで、エッチな僕なんて存在してない。全くもって、言い掛かりもいいところだった。


「だから、それに対抗する手段を用意した」


「それって?」


 鈴は無表情のまま、平然とそれを口にした。


「──もっとエッチなこころで対抗する」


「おかしいよ、そんなの!!」


 エッチな僕の妄想に屈服しそうになったから、更にエッチな僕の妄想で対抗する? もしかすると、鈴の頭は異世界に順応し過ぎてピンク一色になってるのかもしれない。


 エッチな僕の妄想をするために、拘束されて変な気持ちで一晩過ごすことになったのだとしたら、あまりにも酷い話だ。本当にそれが対抗手段になるのか、疑わしさしかない。


「おかしくない、あの子は一番自分がこころをエッチな目で見てるって思ってる」


「思わないで!」


「だから、それは違うって突きつける必要がある」


 鈴はとても真剣な目をしていた。大切なことを話してる、そんな意思が込められた瞳。


「──私が世界一、こころをエッチく見れるって思い知らせる」


「思い知らせないで!」


 でも、語られる言葉が一々それなので、頭がおかしくなりそうだった。眠いのに寝られない、酷すぎる講釈だった。


「性なる意思、略してセイシのぶつかり合いパコ」


「うるさい!」


「意思の弱いセイシは淘汰される、こころを孕ませられるのは一人だけパコからね」


「孕むわけないだろ!」


「自分が孕ませる側だから、と。なるほどパコ、一本(チ◯コの単位数)取られたパコね? あっ、一本取られたままなのは、こころの方だったパコか?」


「死ね!」


 鈴の言い様が名誉毀損なら、エロ犬の言葉は名誉陵辱とでも形容できそうだった。そもそも、こいつが取り上げたんだから厚顔もいいところだ。死ねばいいのに。


「安心して、こころ。こころは絶対に孕ませないから」


「なんで僕の貞操が危険な前提で、話が進んでるんだよ! 違うよ、これで勝てるかって心配をしてるの!!」


「勝てる」


 即座に、鈴は断言した。何かしらの根拠が、鈴の中にあるのか。その顔は、無表情なのに自信に満ち溢れていた。


「……本当?」


「うん」


 胡乱すぎる策なのに、鈴は力強く頷いて。


「絶対勝つよ」


 そう言い切られると、とりあえず納得するしかなかった。光くんに酷いことはしたくないし、エッチな魔法を掛かるのも気が引けるから。鈴と光くんの妄想力バトルが、ある意味で一番丸い戦い方かもしれないって自分を言い聞かせて。


「こころ、少し寝る。疲れた」


 鈴は一通りの説明を終えたからか、ぐでっとベッドで横になった。このベッド、僕が使ってるやつなんだけど。

 ……まぁ、いっか。


 僕も眠たくて、深く考えられないから。鈴の潜り込んだベッドで、一緒になって目を瞑った。次に起きた時に、きっと色々どうにかなってるって、明日の自分に全てを放り投げて。


「おやすみ、鈴」


「おや、すみ……ここ、ろ」


 微かな返事を受けて、意識を手放す。

 今日はよく寝られそうな気がした。

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