第19話 おねロリ 始動編
この子の挨拶に、何故か既視感みたいなのを覚えた。初めて会うはずなのに、そんな気がしないような、不思議な感覚。
「君は……」
改めてこの子の顔を見る。赤髪ツインテールの、幼い顔の女の子。背も小さくて、きっと歳下。けど、この子の顔は初めて見る……はず。それなら、どうして既視感なんて覚えるんだろう?
「誰?」
鈴も不思議そうに首を傾げて、怪訝な視線をエロ犬に向けていた。
あっ、そっか。新しい魔法少女なら、エロ犬が勝手に増やしたってことだもんね。こいつ、勝手にそんなことしてたんだ。というか、こいつの言葉を僕たち以外に聞く人がいたんだ。
驚いたっていうか、意外でしかない出来事に、ジトっとした目をエロ犬に向ける。けど、こいつは目を丸くして固まっていた。僕たちの視線に気付かずに、戦慄くように震えている。
何? いきなり射精しようとしてるの?
言うまでもなく、最悪なコミュニケーションの手段だよ、それは。
「し、知らないパコ……」
「は?」
身体だけでなく声も振るわせながら、エロ犬はツインテ赤髪の子を見ていた。
知らない?
エロ犬しか、魔法少女になんて出来ないはずなのに?
「じゃあ、この子はコスプレイヤーさんなの?」
「ち、違うパコ。この子から、夢精の如く沢山の魔力が溢れ出しているパコよ……」
この子は一体、何なのだろう。
そんな困惑が漂う中で、この子は僕の方に近づいてきて、手を取った。さわさわ、さわさわ、と手を撫でられる。
「……何してるの?」
「──お姉さんのおててだって、思ったんです」
「そうなんだ?」
よく分からないけど、この子は凄く嬉しそうにしてる。ニコニコの笑顔で、エヘヘとはにかむ。嫌じゃないからいいけど、本当に何なんだろう。なんで、僕にこんなに親しげにしてるの?
「お姉さん、僕は……ううん、わたし。わたしって可愛いですか?」
「え?」
ひたすらに分からないって気持ちが膨らむ中、上目遣いでそんなことを聞いてくる。
モジモジとしていて、自分がした質問が恥ずかしいのか赤くなってる。それでいて、目には期待が隠せてない。鈴の目をよく見てるから、分かる。この子は、可愛いって言って欲しいんだと訴えてるんだって。
「お姉さん……わたし、可愛く、ないですか?」
「えっと、可愛いと……思うよ?」
正直に言うと、その姿がいじらしくて、可愛いなって思ったから。素直にそのことを口にすると、"良かったぁ"と心底ホッとしたみたいに呟いて、自身の胸を軽く抑えていた。
そんなに可愛いって、言われたかったのかな?
「お姉さん、嬉しいです!
本当にありがとうございます!!」
「ど、どういたしまして?」
自信なさげなのに、グイグイ来る。勢いがすごい、思わずのけぞりそうになる。この子は、"じゃあ、ですね……"とさっきよりも真っ赤になって近付いて来たところで……。
「待つパコよ!
包茎の様に正体が隠れて、陰茎の様に聳り立つ魔力をしている君は、一体何者パコか!」
エロ犬の声が、僕とこの子の間に割って入った。そこで、この子は初めてエロ犬を、それから鈴を認識したように、二人の方へと振り向いて。困ったって、隠さずに顔に出していた。
「こころ、こっち」
鈴が僕の手を引いて、後ろに下がらせる。目の前の子は、"あっ"と寂しそうに声を漏らした。……なんか、ごめんね? そうして、鈴は僕を庇うように前に出る。
「あの子、危険」
「……そうかな?」
「そう」
油断なく警戒しながら、鈴は僕を背中の方に隠す。普通の子に見えるあの子に、鈴は何かを感じ取っていた。魔力が大きいっていうのは、僕もなんとなくの雰囲気でわかるけど。
「あの子、こころのことを好きって気持ち、隠してないから」
「……え?」
鈴の言葉に、呆気に取られる。でも、僕に対して好意的でいてくれてるのは間違いない。なんて言えばいいのか難しくて、もにょっとする。
そんな間にも、エロ犬とあの子の会話は続いていた。
「マスコットさん、ぼ……わたしは、お姉さんとお話ししたいだけなんです」
「いま僕って言おうとしたパコか?」
「してないです」
「じゃあ、勃起ち◯ぽって言おうとしたパコね」
「してないです!」
「だったら、ボルケーノオマン◯ン。絶頂するオマ◯コの様な、オチ◯チン=オマ◯マン二重帝国の気品ある国花のことを語ろうとしてたパコよね!?」
「してないって言ってるじゃないですか!?」
歳下の女の子に、エグめのセクハラを働いているエロ犬。その惨状に、思わず口が出そうになる。けど、鈴に口を手で塞がれて、エロ犬への注意は言葉にならなかった。
「こころ、待って」
許してはいけない、不適切な淫口(エッチなことを言うことの意)なのに、鈴は邪魔をしてくる。なんで、と抗議の視線を向けると、そっと耳元で囁いてきた。
「あの子、あんなに魔力が強いのは、すごくエッチの才能があるってこと。こころ、下手するとメス堕ちしちゃうかもしれない」
あんな小さくて純真そうな子に、鈴は何を言ってるんだろう。エロ犬の言葉にも、必死に違いますって訴えてるのに。
鈴はもしかすると、僕の心配をしすぎて、エッチな妄想が止まらなくなっちゃってるかもしれない。そう思うと、心配かけ過ぎちゃったのかなって、申し訳なくもなってくる。
鈴、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよって目で訴える。口は、鈴に塞がれてるから。すると鈴は一つ頷いて、僕の気持ち、伝わったんだって嬉しくなる。
幼馴染だもんね!
「こころの貞操と性癖、私が護るから」
安心して、と無表情で伝えてくる鈴。残念なことに、僕が伝えたかったことは全然伝わってなかった。幼馴染とは、一体どういう関係性なのだろうか。最近、ちょっと分からなくなることがある。
「それから、もう一つ」
誤解が解けないまま、話は進んでいく。鈴はあの子へと視線をやって、呟いた。
「エッチなのは得意じゃないけど、こころに気持ちを寄せている。だったら……」
ギュッと、鈴の抱きつく力が強くなる。チラリとこっちを見たあの子が、ムッとした表情を覗かせた。
「こころに対して、凄いエッチな気持ちを抱いてる。多分それが、あの子の強い魔力の正体」
そんなこと、ある訳がない。だって、初めて会う女の子に、そんな大きな感情を抱かれる理由が、微塵もないのだから。そう一蹴しようとしたところで、あの子がエロ犬との会話を打ち切って、こっちに近づいてきた。
──少し、怖い顔をしながら。
「お姉さん、僕、じゃない。
わたし……そう、わたし、うん。
わたしが困ってる時に、どうしてその人と仲良くしてるんですか?」
「仲良くしてない、イチャイチャしてる」
拘束されてた状態から、ようやく解放される。鈴は僕の一歩前に出て、あの子の前に立ち塞がる。あの子の視線が、僕に届かない様するみたいに。
「……じゃあ、訂正します。わたしが困ってる時に、イチャイチャしないでください。切なくなります」
「可哀想」
鈴は一歩も引かずに、平然と切り返していた。歳下相手に大人気ない、なんてことも思えない。この子は、明確に僕に対して酷いよって、目で訴えてきていたから。まるで、デリカシーのないことを非難するみたいに。
「……お姉さんとお話、したいです」
「私もお姉さん」
「違います」
淡々とアピールする鈴に、ムスッとした表情を見せていた。その表情は、やっぱり年相応で。
「お話くらいなら、いいと思う」
背中越しに告げると、鈴は呆れた目をして振り返った。正体不明の相手に、能天気すぎると思ってるのかもしれない。でも、この子がそんなに悪い子のようには思えなかったから。
「……私の後ろに隠れたままなら、良い」
でも、仕方なく妥協してくれた。鈴は、こんな時でも僕の味方でいてくれている。喜ぶべきじゃないかもだけど、やっぱり嬉しい。
「ありがとう、鈴」
「違う、シコティッシュベル」
「……ありがとう、シコティッシュベル」
「どういたしまして」
相変わらず、謎の拘りを鈴は持っていた。ありがとうって思ってるし、今だけはそう呼ぶけどさ……。
「……お姉さん、お顔を見てお話しできないのは残念です」
「ごめんね?」
「でも、お話できるだけでも嬉しいので、良いです」
鈴の後ろに隠れてる僕を覗き込もうとしながら、さっきまでの不機嫌な顔から一転している目の前の子。楽しそうな声音で、ウキウキといった気分が伝わってくる。
……本当になんで、こんなに僕のことを気に入ってくれてるんだろうね?
「それで、なんのお話がしたいの?
用事とかお願いとか、そんなのあったりする?」
鈴の肩越しに尋ねると、この子はブンブンと首を振っていた。ツインテールが、犬の尻尾みたいに揺れてて可愛い。
「わたし、お姉さんに優しくされたいだけなんです。もしかしたら、一緒に正義の味方もできると思います」
「そうなの?」
「はい!」
キラキラしたおめめで、鈴の肩越しに顔を出してる僕を見つめてくる。本気で、そうなったら素敵だなって思っているみたい。なんか、こそばゆい感覚。後輩ができるって、こういう感じなのかな?
「うん、嬉しいな。それじゃあ、これからよろしく──」
「──でも、ですね」
この子の視線が、僕から鈴へと向いた。その瞬間、さっきまで笑顔だった表情は、むくれたものに変わって。
「こっちの人、お姉さんとすごいイチャイチャしてくるからイヤです」
「え?」
鈴を見て、この子はハッキリと言った。
鈴が気に入らない、気に食わないと。
……なんで?
「……羨ましい?」
「分かってて聞いてくるの、ズルです!」
「うん」
一方の鈴も、後ろで話していた僕を抱き寄せて、ギュッーってしてくる。この子の前で、何してるの!? 恥ずかしいよ!
「でも、あげない。
こころ……ううん、シコティッシュハートは私のだから」
「名前がやっぱり終わってるっ!」
「口上は、"エッチなこころはその胸に!"って決めてる」
「決めないでよ!」
勝手に僕の恥を作って、垂れ流していく鈴は、どうしてだかこの子に対しては妙に辛辣な気がした。警戒してる小動物モードの鈴なんて、昔に見た道端でおしっこしてたおじさん見て以来な気がする。そんなのと同列に並べられて、この子も可哀想すぎる。
一方で、この子も何故だか震えていた。なんで?
「……それで勝ったつもりですか?」
「うん、大勝利」
無駄にピースサインまですると、この子の振動は更に大きくなった。なんか分からないけど、謝ったほうがいいんじゃないかな、鈴?
「……確かに、お姉さんのエッチさをシンプルに伝えられる、とっても良い口上です」
「そ、そうでもなくない?」
「あなたが、本気でお姉さんのこと、好きなんだってこともわかります」
「今の口上で、そんなのわかる筈ないよね!?」
「ですが──」
僕の叫びを思いっきり無視して、この子は鈴を睨みつけていた。強い意志と、気持ちを持って。
「僕だって、お姉さんにおんなじ気持ちを持ってるんです! 気持ちだけなら、あなたにだって負けてません!! だから、お姉さんと両思いになるために、僕は魔法少女になったんです!!!」
空気が、変わった。
大気が揺らいで、この子の魔力がハッキリと伝わってくる。……凄く強い魔力、鈴も思わず一歩後ろに下がってしまうくらいの。僕も、よく分からない冷や汗が、背中を伝って行くのを自覚する。
「キミ、やっぱりあの時の……」
「鈴、知り合いなの!?」
「こころが知り合い、私はちょっと威嚇しただけ」
僕の、知り合い?
一瞬、意識に空白ができる。誰かを予測する内に、ふと思い当たった。僕も含めて、男が魔法少女になったのなら、問答無用でTSしてしまうってことを。
そして、僕のことをお姉さんって呼んでくるのは、たった一人だけ……。
「──光くん、なの?」
震える声で、恐る恐ると尋ねたそれに。
「お姉さん、女の子が好きなんですよね?」
ニッコリと、綺麗よりの笑顔でこの子、光くんは、そう返事をした。
…………どうすればいいの、これ?
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