アンドロイドは歌わない

稲垣博輝21

アンドロイドは歌わない

『人生にも唇にも潤いを』

 都心の真ん中に建つビルの外側に設置された大きなモニター。 そこにはリップを塗る一人の美少女が映っていた。

ひいらぎ 由名ゆなのコマーシャルいいよな」

「ああ、でもやっぱり歌ってほしいよ、アイドルグループ”天使の微笑み16”の不動のセンターだったんだから」 

「二週間入院してたけど、まだ喉の調子悪いのかな」

 男たちの会話を耳にしながら深く帽子を被った少女が一つのビルへと入っていく。

 ある階の部屋へ入ると少女は帽子を取る。

 その顔は柊 由名。 

 しかし本人ではない。

 部屋の中にいた芸能事務所の男性社長と男性マネージャに刺すような視線を由名に似た少女は送る。

「さっき由名に歌ってほしいって声を会話を聞いたわ。 次のコンサートは私も歌うわ」

「駄目だ、今お前が歌えば柊 由名の偽者だとばれる」

「アンドロイドの私は由名の歌うテンポ、リズム、歌唱力すべてを完全にコピーしている。 問題ないはずよ」

 そう言って少女は由名の声で歌う。

 それを聞いた社長もマネージャも首を横に振る。

「やはり歌は駄目だ。 マキナ七号、病気で入院している由名の代わりとして明日も仕事を頼む」

 マキナ七号、そう呼ばれた少女は不服そうな顔を一瞬浮かべた。

「わかったわ。 それで本物の由名の状態はどうなの?」

「回復の兆しがない。 もしかしたら一生お前に由名の代わりを頼むことになるかもな」


 一月前、柊 由名はコンサートの最中に倒れ、病院に緊急搬送された。

 医者の診断により由名は入院することになった。

 由名の仕事の予定は多く詰まっていた。 そこで芸能事務所の社長と由名とマネージャが話し合い、秘密裏に売られていたアンドロイドを由名の身代わりにすることにした。

 マキマル難波重工は二週間かけてアンドロイドマキナ七号の顔を柊 由名に変え由名の声を入力した。


 マキナ七号は柊 由名としてそつなく仕事をこなしている。

 今日は雑誌に掲載される水着の撮影。 昨日歌は駄目だと言われた時の不満な顔は見せずに、柊 由名しての笑顔でカメラに映る。

 一通りの撮影を終えるとマキナ七号は私服に着替えてマネージャが運転席に座る車に乗り込み。

「今、社長から連絡があった。 このまま由名の病室に向かう」

 マネージャがアクセルを踏み込み車を発進させた。


 病室の前の椅子に座っていた社長はマキナ七号が来ると立ち上がった。

「来たか、由名がお前と二人だけで話したいそうだ」

 マキナ七号だけが病室に入る。

 そのベッドには頬は痩せこけ、腕の肉はごっそりおち、体中に点滴用のチューブを挿している本物の柊 由名が横になっていた。

 由名はマキナ七号の姿を見ると、ゆっくりと体を起こした。

「マキナ七号、私の代わりに歌ってほしい」

「その提案を私は何度も会社にしてきましたが採用されませんでした。 私の歌には落ち度はないはずです」

「一度聞かせてあなたの歌を」

 マキナ七号が歌うが由名は淋しそうな目をしながら首を振った。

「私、小学生のころ特別な衣装と靴で踊って戦う女の子向けのアニメの主題歌に元気をもらったの。 私も同じように歌で元気にしたくてアイドルを目指した」

 由名が”天使の微笑み16”でもっとも好きな歌を歌いだす。

 マキナ七号が何度も音を再生する機械で聞いたはずの歌。 でも何かが違う。 マキナ七号は由名が歌に込めていた想いを今知った。

 途中で咳き込み、由名は歌うのを止め横になる。

 由名の呼吸が苦しみで激しくなる、マキナ七号がすぐに看護師を呼ぶためのボタンを押した。

「マキナ、私の歌をみんなに届けて」

 その言葉を最後に由名は目を閉じた。

 やってきた医師と看護師が懸命に心臓をマッサージするも由名の意識は戻らなかった。

 しばらくしてやってきた由名の家族とともに由名を見送るとマキナ七号は社長たちに話しかけた。

「次のコンサート私に歌わせてください! それが由名の願いなんです、そして私からも一つお願いがあります」

 由名の意思を聞いていた二人はマキナ七号が歌うことを了承し、コンサートまでの二週間マキナ七号と他のメンバーを一緒に練習させた。




 コンサート当日、会場は埋め尽くされ熱気に包まれていた。

 マキナ七号が由名としてセンターに立ち、”天使の微笑み16”の新曲を歌う。

 その歌声は観客たちだけではなく、裏方のスタッフにも元気を与える。

 胸が熱くなり疲れは消える感覚に多くの人は不動のセンター柊 由名の復活を信じた。

 曲が終わると”天使の微笑み16”のメンバーはしゃがむ、ただ一人マキナ七号だけは真ん中に立つ。

 誰もが違和感と不安を感じた。

 マキナ七号はマイクを自身の口元へと持ってくる。

「私はアンドロイドのマキナ七号です。 以前に倒れた柊 由名の代わりとして活動してきました」

 会場にはしる動揺。

「本物の由名は先日この世を去りました」

 その言葉を聞き、会場のいたるところから泣き声が聞こえる。

「私は由名のように歌うことは出来ません。 だから今日を持って引退します。 最後に由名のふりをして皆さんをだましていたことをお詫びします」

 マキナ七号はマイクを置くとステージから去った。

 柊 由名の身代わりがアンドロイドだったことはほんの少しだけ世間を騒がしたが、すぐに人々の興味は移った。



 そこは小さな小さな田舎町。

 少し赤みかかった髪を三つ編みで結んだそばかすの少女が晴れ渡る空の下、歌いながら布団を干している。

「お姉さん、おはよう」

 登校のためにこの道を通る小学生が挨拶する。

「明日もその歌聞かせて。 お姉さんの歌聞くと元気が出るんだ」

 そう言い、小学生は手を振って学校へと急ぐ。

 そばかすの少女は部屋にもどると日記をだし、ペンを握る。

『由名へ、私は顔を変えて新しい人生を歩んでいます。 ほんの少しですが私も歌で誰かを元気にできています』

 文を書き終えると、第二の人生を過ごすそばかすの少女─マキナ七号は日記を閉じた。




                                                   終わり

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アンドロイドは歌わない 稲垣博輝21 @hirokisama

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