署長誘拐!?

厠谷化月

葬儀潜入

 関東郊外に位置する一日ついたち市。凡庸なベットタウンであるこの街の夜はいつも早い。

 だがその夜は珍しく、国道を大勢のオートバイが走っていた。その一団は服とヘルメットどころか、乗っているバイクさえも揃えている。彼らが暴走族でないことの証拠に、三輪バイクの後ろに据え付けられた荷台には、「すし奉行」のロゴマークが貼ってあった。

 信号が青に変わる。滑らかに走り出したバイクの集団は、一斉に交差点を左折した。まるで一つの塊として繋がっているかのように、ブレがなく常に同じ陣形で走っている。彼らは極楽典礼を目指していた。

 日付も越えていないうちから、国道を走るのはすし奉行のバイクたちだけになっていた。極楽典礼も例に漏れず、入口の門を閉じていた。窓という窓が闇を写しており、周囲に人気はない。だがどこバイクも迷うことなく極楽典礼を目指している。

 住井はその中ほどを走っていた。ミラー越しに後ろの様子を確かめる。ミラーには荷台に貼ってあるロゴのステッカーが剥がれかけ、風にあおられているのが写っていた。その下にもともと描かれていたピザ屋のロゴが見えかけている。

 住井は急いで右手をハンドルから離す。周りが車線を変えようとしているのに従い、彼女も左手だけでハンドルを切った。同時に右手でステッカーを叩くように貼り直す。指先に一瞬触れた感触で、彼女はステッカーに皺ができたことを悟った。

 無意識に唇を噛んだ住井だがあくまで平然と運転を続けた。暗いなかでごまかしが効けばそれでいい。ミラーに一瞬視線を向けると、後続のバイクは何事もなかったかのように、彼女についてきていた。

 周りが減速するのに倣って、彼女もバイクのブレーキを掛けた。極楽典礼の建物はすぐそこだった。集団の先頭を走っていたバイクが門の手前に到達したところで、示し合わせたように門が開く。バイクは速度を維持したまま門をくぐっていく。外から見れば、暗闇に包まれた葬儀場にバイクが飲み込まれていくように見えていただろう。

 だが門をくぐると景色は一変した。葬儀場のスタッフや参列者で極楽典礼は溢れ返っていた。

 この辺りを一代で統一した房緑組総長金岡豪造の葬儀だけあって、弔問客は風格からして普通のそれではなかった。

 住井はあたりを見回したが、彼らの中にカタギの者は見当たらない。葬式という場に合わせた黒づくめのスーツを着ていると、普段でさえ凄まじい威圧的な雰囲気が、力を持って押し返してきそうなほど増幅されていた。門の両脇にずらりと並んだ、代紋の入った提灯を携えた男たちを見ただけでも、入国審査と同じくらい緊張感が走る。その中で年長の数名は、スーツに硬質な膨らみを浮かべていた。

 さすがの住井でもその筋の者で溢れ返るこの場所に足を踏み入れて、若干の息苦しさを感じざるをえなかった。だがそれをおくびにも出さず、前のバイクの後ろについて駐車場へ向かっていく。

 バイクは、駐車場に並んで停まるときですら、一定のテンポを維持していた。住井はその様子を注意深く観察していた。不安を忘れるほど神経を研ぎ澄ましながら、バイクが並ぶリズムに合わせて体を小さく揺らす。彼女の番が近づき、体に馴染ませたテンポで、前のバイクの真横に停める。

 怪しまれることなく、住井はバイクを下りることができた。彼女が荷台を開けている最中に、隣に次のバイクが停車した。彼女はようやく息をつくことができた。しかし彼女が安堵に浸っている暇はなかった。

 住井は寿司桶を担いだ会場の建物へ向かう列に混じり、歩調を合わせてそこに溶け込んだ。背後では、バイクの駐車スペースからはみ出した最後の1台のドライバーへの、スタッフからの嫌味ったらしい注意の声が聞こえてくる。しかし皺になったステッカーや住井の存在を怪しむ気配はない。

駐車場の隅では男が2人言い争いをしていた。場所を考えて二人とも声を押さえているが、彼らの間に漂う一触即発の空気は住井にも十分感じ取ることができる。


「お前は一体何を考えているんだ」


 相手の男の胸倉をつかんで凄んでいるのは、房緑組若頭の古節猛である。その相手は、どうやらカタギの者らしいと横目で眺めていた住井は思った。周りの組員と同様に喪服を着ていたが、血の気の多い者たちで溢れるこの中でどこか浮いていた。小ぎれいに整えてある髪型はヤクザ者にしては地味である。目にも覇気がない。

 だがそれでも古節に怯んでいる様子はなかった。

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