30話

 この戦い、いける。俺、フォエルテ・ストロングスはまさに今、そう思っていた。


「こいつを喰らえ、『ウォーターアロー』!」

「ん、『ダークランス』」

「『ウィンドカッター』!」


 完全に元気になった連中が、魔法をばんばん撃ちまくる。それに加えて騎士団やルヴィアを筆頭とした金熊の森から帰ってきた奴らの援護もあって、押しに押しまくっている。

 そして、何よりも大きいのは。


「もう一度よ、『ファイアランス』!」

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ルヴィアの火魔法による攻撃だ。今までの効かなくても数でごり押しだった俺たちの攻撃とは違って、一発で明確にダメージが入っている。

 そのお陰だろうか、誰が見ても分かるくらいに変異種は弱っていた。少なくとも、この化け物を倒せるという希望が持てるほどには。もう一息だ、誰もがそう思っていたその時。


「あと少しだ! このまま攻撃を続ければ、変異種を倒すことが……」

「気をつけなさい! あいつ、何かやってくるわよ!?」


 ルヴィアの警告に、俺はとっさに身構える。すると。


「ぴぎぴぎいぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 変異種の体の一部が分離して、ものすごいスピードで飛んできた! それも、百くらいはあるんじゃないかという数だ。


「な、なんだこれは!」

「く、くそ。これじゃあまともに魔法を撃てないぞ」


 多くの冒険者が、変異種の攻撃を回避するために魔法を撃つのを止めている。くそ、こちらの妨害をしてくるとはな。やはり、あの変異種には相応の知能があるようだ。


「避けたら直ぐに、もう一度魔法を撃つ準備を……」

「う、うわああああああっ!」

「なんだ今のは!? ど、どうしてスライムが……」


 再度攻撃の指示を出そうと冒険者の方を見ると、そこは大量のスライムとそれに応戦する連中とで埋め尽くされていた。


「な、何でこんな大量のスライムが出てきやがったんだ!?」

「あいつ、体の一部を分離してスライムを作ってるのよ。とっとと倒さないと面倒なことになるわね」


 順調だったそれまでの戦況は、一変した。変異種の体の一部を飛ばしてくる攻撃や、それによってつくられたスライムたち。それらの対応をしなければいけないせいで、変異種本体への攻撃を全く出来なくなったのだ。

 おまけに、それが絶え間なく行われるせいで異常なペースでスライムの数が増えてきている。もはや、一部の連中は大量のスライムのせいで姿が見えなくなってしまった。いくらスライムが弱いと言っても、ここまで多いとそのうち圧死で全滅させられてしまうぞ!


「くそ、いい加減にどうにかしねえと……」

「……しょうがない。ねえギルマス。あいつを倒せばもう終わりなのよね?」


 この状況をどう打開しようか。そんなことを考えていた俺に、横にいるルヴィアはそう聞いてきた。


「あ、ああ。ほぼ間違いなくあいつで終わりだ」

「……とっておきを使うから、少し時間を稼ぎなさい」


 そう言ったきり、ルヴィアは魔法に集中し始める。時間を稼げってたって、このままだと全滅するのにどうしろってんだよ!?


「ぴぎ!」

「ぷにゅー!」


 どうしようかとウロウロしているうちに、あっという間にスライムに囲まれてしまった。逃げ道はどこにもない。このままだと、多分俺は大量のスライムのせいで圧死とかいう馬鹿みたいな死因になってしまいそうだ。

 ……ああ、もうやるしかねえ! そんな死に方してたまるかよ!


「うおおおおおおっ!」


 やけになって、愛用の斧を振って振って振り回しまくる。魔法以外が効きにくいスライム相手なせいか、そこまで有効打にはなっていないようだ。だが、振り回せば振り回すほど多くのスライムが吹っ飛んでいく。時間稼ぎならこれで充分だろ!


「どりゃああああああっ!」


 吹っ飛ばしても吹っ飛ばしても次々と寄って来るスライム共。それでも俺は斧を振り回し続けているが、ここに来て一気にキツくなってきた。


「あああああああ腰がいてええええええっ!」


 40を超えてから一気にやばくなった腰。俺が冒険者を引退する一因となったそれに、現在進行形で大ダメージが入り続けているのだ。斧を振り回すためには、腕だけでなく体全身を使って回転を生み出す必要がある。当然ながら、そのために一番重要なのは腰であって……


「ぐはあああああああっ!」


 痛みのあまり呼吸することすら出来ない。というか、口からかひゅっとか、すーっとか、もはや声にならない何かしか出てこなくなってしまった。それでも俺は斧を振り回し続ける。こうなったら俺の腰とスライム、どっちが先に終わるかの根比べだ!

 もはややけを超えて思考すら出来なくなる中で、ただただ斧を振り回し続けていると。


「うおおおおおおおおっ!……あっ」


 グキッていった! 今俺の腰がグキッていった。絶対逝っただろこれ!

 くそ、これ絶対駄目な奴だわ。


「も、もう駄目だ……」


 具体的には俺の腰が。そうやって、俺が絶望していたその時。


「……よし、行くわよ!」


 遂に準備を終わらせたらしいルヴィアは、そう言うと。


「燃え尽きなさい、『ヘルフレア』っ!!!」


 その瞬間。変異種も、変異種が生み出した大量のスライムも、どちらも地獄を思わせるような激しい炎に包まれて。


「ぴぎいいいいいいいいっっっ!?!?!?」


 断末魔と共に、一瞬で燃え尽きたのだった。




 ……終わったな。今回の事件も、俺の腰も。全てを悟り、無我の境地に至った俺にルヴィアが話しかけてきた。


「……はあ、間に合って良かったわ。ギルマス、お疲れ様」


 やり遂げたような顔で、そう言ったルヴィア。それに対して俺は。


「……間に合ってねえよおおおおおおおおっ! どうすんだよ俺の腰いいいいいいいいっ!?」


 これにて一件落着だろうな。俺の腰以外は。

 一人の男としての絶望と、ギルドマスターという地位のリーダーとしての喜び。俺にとっては、圧倒的に前者が重すぎた。


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