在りし日の思い出

 私とルヴィアが、まだパーティを組んでいたある日。


「今回の依頼報酬は大銀貨四枚だったわ。はい、これがあんたの分の二枚ね」


 そんな言葉と共に、赤髪赤目の少女、ルヴィアは私に向かって手を伸ばす。その手には、大銀貨二枚が握られていた。

 大銀貨。下から数えて小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨ときて、六番目にくる貨幣。一つ貨幣の階級が上がるごとに、価値が十倍になるこの世界の貨幣において、大銀貨は日常生活では目にすることのない大金だった。

 そんな大銀貨が、ニ枚も手に入る。そう考えると、あまりの額に受け取るのが怖くなりそうだった。


「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ。さっさと受け取りなさいな」

「あ、うん……」


 言われるままに手を伸ばし、手のひらを差し出す。するとその上に、ずっしりとした重みの二枚の硬貨が置かれた。それは、私にとって色んな意味で重たすぎる代物だった。


「やっぱり私の取り分が多すぎるよ。正直、一枚でも貰いすぎな気がする」

「良いから受け取りなさいよ。お金なんて、いくら有っても困るものじゃないでしょ」

「それはそうだけど……」


 私とルヴィアは、冒険者だ。冒険者というのは剣や魔法といった武力で、魔物という強力な害獣を倒して報酬を貰う危険な職業だ。そんな職業にも関わらず、私は戦闘でほぼ役に立っていなかった。色々な魔法が使えはするけど、攻撃するには大した威力が出ないし、補助役としても微妙。正に器用貧乏だ。

 実際の魔物との戦闘は、相方であるルヴィアにほぼ任せきり。そんな私にこれほどの報酬を受け取る権利があるかといえば、恐らく無いだろう。


「あんただって充分役に立ってるんだから、貰う権利はあるわ。つべこべ言わずに黙って受け取る! 良いわね!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、そんな強引に……」


 そんなことを考えているのが分かっていたのか、ルヴィアは私に強引に大銀貨を押しつけるとすぐさま手を離した。


「言っとくけど、返却は受け付けないからね! それはもうあんたのだから!」

「……分かったよ」


 実は、生活に必要な最低限を除いて、分け前はずっと貯め続けている。これは殆ど戦闘で役に立っていない私が受け取るべきものではない。折を見てそのうち返そうと思っているのだが、その機会はなかなか訪れそうに無かった。


「それじゃ、ご飯を食べに行きましょ。大金も手に入ったことだし、今日は派手に行くわよ!」

「私はそんなにお腹が空いてないから、軽めで良いかな……」

「何言ってんの、冒険者にとって体は資本よ。あたしが奢ってあげるから、しっかり食べなさいな!」

「わ、分かったから引っ張らないでよ、ローブが伸びちゃうよ!」


 ぐいっと引っ張られて、良い匂いがするレストランに連れていかれる。そこで私は、お腹いっぱいにお肉を食べさせられたのだった。




「ぐ、ぐええ……もう無理……」

「あんた、本当に少食ねえ。たかが三人前でダウンしちゃうなんて……あ、このパフェ美味しい」


 お腹が膨れて倒れこんでいる私を見て、ルヴィアはそう言った。別に私は少食ではない。五人前をぺろりと食べた上で巨大なパフェまで食べれるルヴィアがおかしいだけだろう。


「もっとちゃんと食べなきゃ駄目よ。そんなんじゃ一向に強くなれないわよ?」


 ルヴィアは続けてそう言うと、心配そうに私を見ていた。……やっぱり、ルヴィアは私に優しい。私が仕事中にミスをすると、「これくらいは普通にこなしなさいよ!」なんて言いながらも毎回フォローをしてくれる。戦闘で役に立てないのに報酬を半分くれるし、「あんたはちゃんと役に立ってるわ」と言ってくれる。周囲から不釣り合いだと私が馬鹿にされれば、私のために怒る。

 不思議なくらいに、ルヴィアは私に対して優しかった。


「どうしてルヴィアは、私に優しいの? 私自身、ルヴィアの足手纏いなのが分かるくらいに役に立てて無いのに……」


 気づけば、私はルヴィアにそんな疑問を投げかけていた。するとルヴィアは呆れた表情になって、一言だけ喋った。


「……あんたがあたしにとって、たった一人の友人だからよ。あたしはあんたに何があったとしても、あんたを助けてあげたいの」


 友人。友人と来たか。確かにルヴィアが私以外の誰かと仲良さそうに話しているのを見たことがない。


「ルヴィアなら、誰とでも仲良くなれると思うけどなあ」

「馬鹿ね。仲良く出来る出来ないの問題じゃないの。あたしが気に入らない奴と友人になる訳ないでしょ」


 要するに、よっぽど他人が嫌いなのか。だとしたらどうして私と仲良くしてくれるのだろうか。別に私はルヴィアの恩人でも幼馴染でもないというのに。


「じゃあ、私とは仲良くなりたかったの? だとしたらその理由は何?」

「……うるさいわね。これでも食べて黙っときなさい!」

「もごっ!?」


 ルヴィアは倒れ込んだ私に近寄ると、スプーンを口に押し込んだ。甘ったるいホイップクリームとこれまた甘すぎる果物の砂糖漬けが、私の口内を蹂躙する。


「こ、これ以上はほんとに無理ぃ……」

「ざまあないわね」


 とてつもない甘さと満腹の苦しみに悶える私。そんな私に対してルヴィアは、なんだか優しさを感じるような目線を向けて。。


「あたしはあんたのためなら、何だってしてあげるから」

「じゃあ、私に無理やり食べさせるのを止めてよ……」

「それは無理よ。あんたはもっと食べなきゃダメ」


 即答で否定され、さらにパフェの一部を食べさせられる。優しそうなだけで、やってることは全然優しくねえ。

 というかもはや、食べさせられたというよりスプーンをねじ込まれたという方が近いだろう。そろそろヤバいので、本当にやめて欲しいのだが。


「流石にこれ以上は……うっ」

「うん? どうかしたの?」


 喉の奥から、何かがせりあがってくる。あ、これ、ヤバい。


「もう駄目かも……」

「え」










「ねえ、ちょっと。シカトするのは無いんじゃないかしら」

「あ、ああ、ごめんごめん。……久しぶりだね、ルヴィア」


 なんでこのタイミングであんなの思い出すんだよ。

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