異世界転生もなし、チートスキルもなし、なら何故こんな場所に呼んだんだよ!神様!

あか

第1話

 俺、田中太郎は死亡した。死亡理由はトラックに轢かれそうになった少女を助けたため。よくある話だ。



 まずは俺の人生について話そう。そもそも俺の人生は何も良いことがなかった。本当にツイていなかった。高校では、告白しようとしていた好きな子を学年一のチャラ男に取られ(どうやらどちらも浮気をして別れたらしい。純粋な子だと思っていたのに……)、それが尾を引いて大学受験に身が入らず失敗。大学で頑張って陽キャになろうとするも空回りして友達はできず留年。更には就活にも失敗して今はフリーターをしている。もうすぐ25歳にもなるのに何やってんだろって。そんな人生のどん底を味わっているコンビニの帰り道、西陽が眩しいなと思ったその時、道路にボールが転がった。それを追う少女が一人。車も気にせず道路に飛び出した。そんな場面があったなら、その後はお決まりの展開で、うたた寝をする運転手を乗せたトラックが女の子目掛けて猛スピードで迫っていく。


 いつも「死にたい」とか「早く楽にしてくれ」とかほざいてる俺だったが、いざこんな場面に遭遇したら思ったよりも自分の命が大事だったらしい。足は棒の様に動かない。喉が震えて声が出ない。このまま女の子が轢かれるのを黙って見ているしかないんだ。


 そう、俺はヒーローではなかった。ヒーローになれる器ではなかった。だから、こんな、女の子が轢かれるって場面で動くことなんて……。







 


 「あれ、ここどこだ?」


 俺は見慣れない場所にいた。しかも素っ裸で。何もない空間だ。その空間は全方位に広がっていて、永遠に続いている様に見える。


 「これってもしかしてアレか?アニメとか漫画でよくある事故で死んだけど本当は死ぬ予定ではなくて〜、みたいなアレ」


 ってことは、もしかしたらもしかすると異世界転生なんかしちゃったり、チートスキルをもらって無双できちゃったりしますか!早く出てきて説明プリーズ!神様!


 「……いや、でも待てよ。俺って事故で死んだのかな?なんか妙に死ぬ前の記憶が曖昧で。確か女の子がトラックに轢かれそうになってて、」

 「よくきましたね。田中太郎」


 俺が記憶をほじくり返しながら、ぶつぶつと独り言を言っていると、急に目の前に白い光の球が現れた。そして声が聞こえる。美しい女性の様な、はたまた幼い少年の様な、そんな澄んだ声だ。


 「歓迎します。ここは死後の世界。通常なら死んだ人間はすぐにでも輪廻転生に回すのですが、あなたにはお話があってきてもらいました」

 「おー!死後の世界!ってことはあなたは神様で、俺を異世界転生させてくれたり、チートスキルを授けてくれたりするんですね!やっぱりこんな展開があるんだ。アニメや漫画は嘘じゃなかった。やったー!」


 と、俺はついつい興奮して早口で喋ってしまう。それに困った様に反応する白い球。


 「えーと、まず神様なのは認めます。それでその、何?異世界転生?チートスキル?なんですかそれ?そんなこと私にはできませんよ」

 「えっっ!神様なのに?」

 「はい。神様ですができません」


 にべもなく否定される。全くもって夢がない。


 「いや、ここに来たってことはきっと俺は女の子を救ったんですよね。だから、その頑張りの特典として何かくれるんじゃないんですか?異世界に行って、チートスキルを使って、ハーレムを作って……」

 「そんなはっきりと自分の欲望を口に出してたら、私からの評価は急降下なんですが。……そもそも、もしそんな特典が可能だとしても、あなたに与えられるわけないじゃないですか。あなたは、自分が人生の最後に頑張って女の子を救ったからと言いますが、逆に言えばあなたは最後しか頑張らなかった」


 光る白い球ははっきりと反論をする。


 「『終わり良ければ全てよし』なんて慣用句が人間の世界にはありますが、そりゃ最後頑張れないよりは頑張った方がいいですよ。でもね、それじゃあずっと頑張ってきた人はどうなるんですか?ずっと、家族のため、恋人のため、友達のため、誰かのために頑張り続けた人はどうしたらいいんでしょう?数の問題ではないでしょうけど、頑張って頑張って頑張り続けてたくさんの人を救ってる人間もいるんですよ」


 そんなこと言われたら……、俺は何も言えないじゃないか。俺は頑張ってこなかったんだから。そう。運が悪かったとか言い訳していても、結局、俺は頑張ってこなかっただけなんだから。もしかすると最後に女の子を助けたかどうかも怪しいな。だって記憶にない。女の子が轢かれそうになってて、それを眺めていたところまでしか覚えていない。


 「はいはい、結局は説教をしたかっただけってことね。もういいですよ。わかってますよ、自分がダメダメだってことは。早く輪廻転生とかで次の所に行かせてください。あーあ、次はイケメンで頭が良く産まれたいなぁ。運ゲーに勝ちたい」

 「……はぁ。ちなみに輪廻転生っていうのは、魂はそのまま受け継ぎます。そして、魂の性能なんて1回の輪廻転生ではそう変わりません。つまり、あなたが運良く次も人間になれたとしても、スペックは今回の人生とあまり変わらないでしょう」


 愕然とする俺がいた。くそ、なんで死んでからもこんなにダメージを受けないといけないんだ。


 「……ああ、もういいです。もう俺はボロボロなので。死人だけに、はは」


 乾いた笑いしか出てこない。というか、


 「いや、ホントに、なんで俺をこんな場所に呼んだんだよ。マジで俺を虐めたかっただけ?」

 「そんなの決まっているじゃないですか」


 光る白い球は一拍おいて、


 「あなたを褒めるためですよ♪」


 …………は?


 「…………は?いや全然褒めてないけど」

 「それはあなたが余計な事をペラペラ喋るからです。あなたは死ぬ直前の記憶が曖昧みたいですね。まあ無理もありません。あなたはトラックに撥ねられて頭を打って死亡しました」

 「え……、じゃあ女の子を救ったって事?」

 「トラックに撥ねられたタイミングではまだわかりませんでした。何せあなたは、震える足を無理やり動かしましたが、間に合わず女の子もろとも撥ねられたのですから」


 うわーそれは結構ダサいかも俺。


 「あなたは頭を打って即死。必死の救命により、女の子は命に別状はなかったですが脚が動かなくなり、これからの人生を車椅子で送ることになります。女の子は今は深い悲しみの中にいるでしょう」

 「……そっか」

 「そもそもの話ですが、運命としては女の子はあそこで命を落とすはずだった。あなたはそれを見ているしかないはずだったんです。それを、運命の規定にない行動をあなたがしたから、その後の処理のために私はここ数日残業続きだったんですよ!まったく運命の歯車を回すのも楽じゃないです。まあ残業の甲斐あって女の子も別の運命を辿れることになりました」


 神様にも残業ってあるんだな。どこの世界も救いがねえ。


 「つまり、あなたは女の子の命を救いました。運命では動くことのなかった足をあなたは懸命に動かした。その勇敢な行為は褒められるべきもののはずです。ですが、あなたは死んでしまって、それを褒めてくれる人はいない。だから――私が褒めてあげます」


 光る白い球は穏やかに続ける。


 「異世界転生とか、チートスキルとか、そんなものはあげれません。そんな能力を有してはいません。だけど、一言だけ」









 



 「人生の最後に、良く頑張りました。素晴らしい行いです。田中太郎。…………やるじゃん!かっこよかったよ!」


 その言葉を聞いて俺は、光る白い球に背中を向けた。いつのまにか俺の後ろには光の扉が現れていた。あそこを通れば、俺は次の世界に行けるのだと理解していた。ゆっくりと扉に向かって歩みを進める。光る白い球はもう何も発しない。


 「……はは、褒めるだけって。異世界とかチートスキルとかなしで、しかも魂は変わらないから次も似た様な人生?ホント救いがない」


 …………でも、


 「…………でも、まあ頑張ってみるか」


 俺の体は、光の扉の中に溶けて消えていった。


 

 



 俺、田中太郎は死亡した。死亡理由はトラックに轢かれそうになった少女を助けたため。よくある話だ。しかし、異世界転生はしてないし、チートスキルも貰っていない。それなのに、何故だか俺は、少し頑張ってみようって気持ちになっていたんだ。

 


 




 


 

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