動機を追うトップランナーと、もつれ絡むチャールストン
伏木づみ
経緯
2-5教室のチャイムが鳴った。
6時間目の論理表現が終わり早々に挨拶を済ませてしまうと担任が入れ替わるように教室に入り、ホームルームが始まった。
担任はプリントの配布や来週の予定などを手短に済ませ、クラスメイトはそれを右から左へ流すように聞く。
全くいつも通りの、退屈な1日だと春人は思った。
「諸連絡のある人はいますか?」
担任が聞く。
すると1人だけがゆっくりと、しかし真っ直ぐに手を挙げた。
沼山だった。
少し意外だった。
沼山は委員会に所属しておらず、しかもクラスではあまり目立たない方で、人目を嫌がるタイプでこの場で手を上げる理由も機会も無いと勝手に思っていたからだった。
先生に当てられると、沼山は頭を掻きながら立ち上がり、一息にこう言った。
「文化祭の前夜祭の個人パフォーマンスでダンスを踊る予定なので、僕と一緒に踊ってみたい人は今週中に僕に声をかけてください」
は? と声が出てしまった。
沼山がダンスをするのも意外だけど、それ以上に、
——なんで今、文化祭の話なんだ? 文化祭は9月で、今は4月だぞ?
早すぎる沼山からのダンスのお誘いに、クラスメイトは、いや、先生も、困惑していた。
放課後、部活を行うためにグラウンドやテニスコートに集まる生徒たちを尻目に、春人はカバンを自転車の前カゴに放った。1人だった。
グラウンドに目を向けると、グラウンドでは自分の所属している陸上部が、アップを始めていた。
無意識のうちに坂崎先輩を探していたが、慌てて目を逸らす。他の部員に見つかると面倒だ。
坂崎先輩を探すのを諦め、自転車に跨って家へ向かう。
4月はまだ涼しく、ペダルを踏むたびに全身が心地いい風に包まれる。
刺激が欲しかった。
入学したての頃からクラスメイトに馴染めず、ここまで来てしまった。
中学校の頃から続けてきた短距離走もある事情で、幽霊部員になってしまった。
進級すれば、何か変わるだろうとも思っていたが、既に築かれた人間関係に割り込むことなど、出来るはずもなかった。
頭の中で、1年前から順番に記憶をなぞっていると、今日の沼山の発言まですぐに行き着いてしまった。
何も無かった。
「ダンスかぁ……」と、呟いた。
次の日の放課後、春人と沼山は学校近くのダンススタジオにいた。
教室で、ダンスに興味があると沼山に伝えたら、「それは良かったです。これから踊る予定なのですが、観ていきますか?」なんて聞かれ、そのまま引きずられるようにここまでついてきてしまった。
沼山は、ラジカセをいじっている。
横長の部屋のうち、前と右の2面が全面鏡張りになっており、落ち着かない。
「なあ」
集中しきっているのか、声をかけても沼山は返事を一切しない。ここへくる途中も喋ろうとしなかったから、半ば諦めてはいたが。
静寂が場を支配する中、昨日感じた不安を再度抱く。
1人で悶々としていると、
「よし、踊るから観ててくださいね」
場の緊張をほぐすような沼山の声と四つ打ちを響かせた音楽が聞こえてきた。
目線を沼山へ移すと、既に軽めなステップを踏んでいて、準備万端というふうだった。
ワン、トゥ、スリッ、フォッ。
気の抜けた声と同時に、微かに微笑んだのが見えたのも束の間。
恐怖に似た興奮を感じた。
世界が変貌した。
狭苦しい鏡ばりのスタジオが、暑苦しそうなブレザーが、ようやくボーカルが歌い始めた洋楽が、すべて彼のために在るのだと錯覚する。
滑る爪先が床を撫で、ターン。震えるようにリズムを刻んだその脚が軽く飛び跳ねると同時に、その細やかな脈動を上半身に映す。その爆ぜるようなドラムの音を宥め、包み込む。
暴力的な芸術性が、観客を意識から引っ張り上げる。
唖然としながら観ていると、急に沼山の動きが止まった。そこで初めて曲が終わったのだと気づいた。
退屈を吹き飛ばす魔法だった。
彼の額に一筋の汗が光っていた。
「どうでしたか?」
返事は決まっていた。
「最高」
その日から、ダンスを本格的に始めることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます