紅い桜の樹

第1話

 今年も春がやって来た。桜並木には何本もの桜の樹が淡いピンクの花を咲かせていた。


「綺麗ね」


 桜を眺めながら、そう隣で呟く由美の横顔が、健二は愛おしかった。

 健二と由美は去年の冬に結ばれた。由美は元々優太という男と付き合っていた。しかし、ある日優太は何も言わずに由美の前からいなくなってしまった。

 健二は傷心の由美を慰め続けた。やがて、二人は恋に落ちた。


「僕は本当に幸せ者だよ。君のような美しい女性と付き合うことができて」


「私の方こそよ。あなた本当に私に優しくしてくれるもの。あなたなら私の前から突然いなくるなんてことは絶対にしないわ」


「もちろんさ。君を手放すものか」


 そう言って、健二が由美を抱きしめようとしたとき、一本の桜の樹が目に入った。不思議なことに、その桜の木は紅い花を咲かせていた。


「すごいわね。私、こんな桜初めて見たわ。あなたもそうでしょ?」


「あぁ、そうだね」


「まるで血を吸って紅くなってるみたいだわ。ほら、”桜の樹の下には”っていう小説あるじゃない。あれみたいにあの紅い桜の樹の下には死体が埋まってるのよ」


「君は面白いことを言うね。そんなことあるわけないじゃないか」


「ねぇ、ちょっとあそこ掘ってみましょうよ」


 由美はそう言って、紅い桜の樹に向かって走っていった。健二はすぐにその後を追った。健二の目はあの紅い桜の花のように血走っていた。


 一年後、再び春がやって来た。桜並木には何本もの桜の樹が淡いピンクの花を咲かせていた。

 健二は一人で桜並木を歩いていた。そして、ニ本の桜の樹が目に入った。不思議なことに、その桜の木は紅い花を咲かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅い桜の樹 @sketch_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ