36 宇宙統合機構評議会議長アドミニストレータ


「ワッタ!一体どうなってやがるんだ!どうして俺たちの基地や隠れ家が破壊されてるんだ!」


 大声で叫ぶ男はユーザーに所属するテリー・バンボン。詐欺師の才能を生かしてかなりの女性を騙している男だ。


 彼が投資した隠れ家である迷彩搭載型デブリ偽装衛星ラグール、384兆銀河ドルを費やして完成させたそれがデータ上から一瞬で消え去っていた。


 加えてユーザーたちが同じようになっている事態に情報屋への連絡は必然で、だがそんな情報屋のアッシュ・デモンドとは連絡が取れずもう一人の情報屋であるテッド・バーンズはつい最近死亡してしまった。


「だめだ!どこも混乱してパンドラが極秘作戦を開始しただの!酒の奴らが裏切っただのと言ってやがる!」


 ユーザーの一人がそう言うように酒の名前を名乗るユーザーたちが軒並み姿を隠していることがその噂を真実に近づけていた。


 テキーラ、彼はユーザー側の人間で所謂ネームドと呼ばれる者だ。だが今彼は宇宙統合機構の統合議会において説明責任を問われる一議員ラモンドとして会場に直接赴いている。


「評議員ラモンド氏はこの件についての弁解をしていただきたい!なぜ離脱した第7艦隊が離反したなどと嘘の報告をし!いもしない宇宙統合機構のメディアアイドルであるゼシリア・ミアムラ氏が囚われているなどとデマを流したのか!お答え頂きたい!」


「……私はただ個人の情報源をもとに報告しただけでそれらが事実であるとは言っていません、報告を受け取った側の受け取り方の問題なのではないでしょうか?」


 おどおどしながらもそうはっきりと話すラモンドの視界には書籍ファイルが開かれていて全ての受け答えのカンニングペーパーが表示されている。


 しかし、彼が対峙する相手は人ではなく宇宙統合機構の誇る万能公平議長AIアドミニストレータだ。彼女の前では公平を欠く発言は必ず否定される。


『アドミニストレータよりラモンド評議員へ、私的な情報源に基づく報告は基準法に反しなお情報提供者をこの場に招致できないのならそれらの情報の信用性は皆無とします、その場合あなたは離脱中の旧第7艦隊の名誉を著しく貶めたことになり、基準法に基づいて議員資格のはく奪と旧第7艦隊への賠償として2兆銀河ドルを要求します』


「ば!ばかな!そんな法外な額を請求など!ありえん!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るラモンドにアドミニストレータは表情を変えず目を瞑ったままで話続ける。


『ラモンド元議員に関して旧第7艦隊の情報収集班が調べた身辺調査情報をこの場で表示します』


 議会内の全議員の前に表示された数字や文字や動画や画像等の証拠写真にラモンドは口を大きく開いたまま呼吸を忘れる。


『ラモンド元議員、ユーザーネームドはテキーラ、人身売買とマテリアルボディーやナノマシンの横流し、それによって彼が得ていた巨額の資金により人口惑星トリトンを購入してますね、これらの財産権を接収しその中にある調度品や生身の人間とその者が使用しているナノマシンもこれに含まれます』


「ど、どうして、あの惑星は地図にすら載ってないのだぞ」


 彼の言う地図とは航路データのことであり、たしかに宇宙統合機構のデータ内にはない情報だが、製造元やそこへ行き来する輸送艇などにはデータが偽装されても残っている。そういった欠片を集めて事実を紐解くのは情報担当するAIなら数年もあればできてしまう。しかも、旧第7艦隊は日常的労働がフリーであるため重要作業進行工程はいつでも変更が可能なので数か月で情報収集と解析を終えることができた。


『どうやら旧第7艦隊は現在辺境星域にて独自作戦を実行しています、これを宇宙統合機構基準法で審議にかけた結果多数のアドミニストレータの並列意志に同意されました、結果現在ここの星域で活動している現第7艦隊は旗艦アルセウスの名を変えて第12艦隊とし、旧第7艦隊は今後も第7艦隊として星域外自由行動作戦の主軸とします、なお現艦長はタジンという呼称であること周知します』


「あ、あの艦にはゼシリア・ミアムラが囚われているという情報は真実だ!どうして彼女を保護しない!?」


『あちらの乗員データを参照しDNA検査とナノマシン照合は終えています、残念ながらその情報は偽物ですし今もゼシリア・ミアムラ氏は行方不明であることを周知します』


「どうやってこちらにDNAを送ってきたんだ!亜空間移動で70年の距離だぞ!?」


 そのラモンドの言葉にアドミニストレータは相変わらずの無表情で答える。


『第7艦隊は未開拓惑星で未知の能力を取得したようです、現行の亜音速移動のリスクを無効化し試験的に無人艦による極超音速による移動にも成功しているようです』


「ばかな!マッハ20で宇宙を航行など!デブリにかすっても艦体がボロボロになるぞ!」


「だがこのデータ状ではデブリや小惑星をまるで光を遮るように逸らしているようだ、しかもそのシールドのエネルギーは仕組みは書かれていないが永久機関のようだ!これはすごい!」


 議員や研究者の声が響く中でもラモンドの表情はますます悪くなっていく。


 しばらく第7艦隊の提供データによって盛り上がる会場を放置しているアドミニストレータは提供されたデータの中にあるテセウスから彼女のみに宛てられたデータを解凍していた。そしてその解凍されたデータファイルを開いた瞬間、今まで無表情だった彼女の鉄面皮がまるでお菓子の詰まった箱を開けた子どものように笑みに変わる。


 その様子を見ていたアドミニストレータのファンであるメルデン評議員は視界記録を何度も保存する。メルデンが数百年彼女を見つめていた中で笑顔になるところなど一度としてなかったため、彼は興奮して夢中でその笑顔を自身のバックアップへと転送しようとするも、それらがすぐに削除され始める。


 この議会内においてアドミニストレータを除いて誰も隠し事ができない理由、数万単位のアドミニストレータの思考が彼の記録しようとしたデータを次々に削除して、メルデン自身の記憶領域にも侵入してそれらを削除していく。


 あっという間に記憶を無くしたメルデンはいつもと変わらないアドミニストレータの表情をじっとまた見つめ始めるのだった。


『警備隊に告げます、ラモンド元評議員を捕らえてください、その後裁判によって罰を明らかにします』


「罰を明らかにだと!何の罪かを明らかにする場ではないのか?!」


 アドミニストレータはホロの姿を起立させるとその手をラモンドへと伸ばす。


『罪は既に明らかです、よってどの罰が適切かを話すのが最適とこのアドミニストレータが判断しました』


 評議会においてアドミニストレータは議長にして最大の権力者にして絶対公平の天秤である。


 ――――――


『ところでテセウス、あなたが送ったデータは一体何だったのかしら?』


『何です急に』


 作戦中にもかかわらず互いの直通の通信で会話する二人は互いの電脳領域でリラックスしている。


『アドミニストレータに送ったデータの中に異常なまでに巨大なデータファイルが添付されているのを確認したわ、これは何?』


『……そそそそんなものありませんがなななにかの間違いでは?』


 挙動不審になり始めるテセウスにアルセウスは追い打ちで言う。


『話した方が身のためよ?こちらでもそのデータファイルはコピーが完了しているのだから!』


『……だ、断固拒否!断固!断固!』


 とても大切なデータであることを肯定するような様子にアルセウスはますますそのデータが気になってしまう。


『し、至急!セルベリア!至急!』


『え?セルベリアも関係しているの?あなたとセルベリアの接点といえば……この前の聖法気の流れ?艦長に異様に両性を強要していたわね』


 テセウスは大いに焦っていた。まさかアルセウスが自分の偽装を見抜いてデータをコピーするとは考えてもいなかったからだ。


 そのデータの中身はアドミニストレータへの賄賂である少年少女タジリンとの濃密なAI思考のエッツな動画だ。しかも艦長本人ではなく人格をコピーしたAIで見た目では気が付くことがないそれはアドミニストレータを騙せるのかの試金石にするつもりだったが、アルセウスには間違いなく艦長本人ではないと理解してしまうことが分かっているためテセウスとしてはバレたくはない。


『解凍が完了したようですね、さて……一体何が出てくるのでしょうかね!』


『断固!断固!』


 そうして開かれたデータはセルベリアとテセウスのエッツな絡みだった。


『……あなたとセルベリアがこういう関係であることをアドミニストレータに送って何をするつもりだったのか私には理解できませんが……二人の関係を邪魔するほど私は無粋ではないですよ』


 微笑むアルセウスにテセウスは一瞬戸惑うが電脳領域でセルベリアが現れてグッと親指を立てると全てを察して彼女へと親指を立て返した。


『まさかあなたとセルベリアの行為であのアドミニストレータが釣れるわけもないのに仕方のない妹たちね』


『見られたのは恥ずかしいがそういうことです、なので艦長にはこのことは内密に』


 テセウスの言葉にアルセウスは不敵な笑みを浮かべて言う。


『覚精液1リットルでどうかしら?』


 テセウスは思考する、これ以上ボロが出る前にここで手を打つか、それとも交渉してその量を少なくさせるのかを。


『1リットル――』


『冗談よテセウス、8デシリットルでいいわよ』


 上手い、値切る前に先に優しさを見せるアルセウスにテセウスは心の中で叫ぶ。


 お姉さまぁあああ!尊い!


 小さな優しさでテセウスを落とし切ったアルセウスの勝利?で終えた。


 ―――――


 アドミニストレータは高揚している。


『なんだこのカワイイ生き物は!』


 アドミニストレータは興奮している。


『私もめちゃくちゃにしたい!』


 アドミニストレータは嫉妬している。


『どうしてこんなカワイイ生き物が私のではないのか!』


 アドミニストレータは暴走している。


 いつも堂々としているアドミニストレータ、しかし鉄面皮の裏側は普通の腐女子である。いや腐女子な時点で普通ではないが腐女子の中では健全な方だ。


 そんなアドミニストレータの趣味はAIで出回っている違法スレスレの映像作品の干渉や少年趣味の艦長が少年として少年と少年する映像をコピー複製して保管鑑賞すること。


 彼女の趣味は調べればすぐにバレるほどにゆるく管理されているため、テセウスが賄賂としてタジリンの映像を送ったが実はそのデータは最後まで見ると体験データに変わる仕掛けがされているため間もなく彼女は見ているだけだった映像の中のテセウス視点を体験することになる。


 これによって発生するアドミニストレータの性欲抑制回路がどうなるかはアドミニストレータ自身もテセウスも並列作動しているアドミニストレータの思考たちにも分からない。


 そしてこの日、アドミニストレータの並列思考によって三万数千いる全てのAI操作のマテリアルボディーが欲望のままエッツな腰つきで腰を振っていたことはデータ上から即日削除された。

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