第23話
あれから、3年の時が過ぎた。幾度となくあのマンションに通ったが、結局2人と再会することは叶わなかった。
マンションに住んでいる人から聞いたのは、突然警察が来て、あの部屋の荷物をすべて運びだしていったこと。2人の行方は知らないこと。前から不気味だと思っていたこと。今あの部屋には別の人が住んでいるということ。
事件になっていないのか、それとも2人とも未成年だったから実名報道されていないのか、ネットで手がかりを得ることもできなかった。結局あの日2人がどうなったのかは、わからないままだ。
俺は今、高校時代の友人の家に転がり込んでいる。街を歩いているところをたまたま見つけられ、事情を話すと家に置いてくれた。人に助けられてばかりだ。
飲食店のバイトを始めて、なんとか友人に生活費だけは払っている。今までの人生で、1番まともな時間かもしれない。こんな友人を作っていた高校時代の自分に感謝しなければ。
ある日のことだった。財布を忘れた客を追いかけて、店からそこそこ離れた場所まで走るはめになった。夕方で、仕事帰りのサラリーマンや学生でごった返す道を、店のエプロンをつけたまま早歩きで戻る。早く帰らないと、ピーク時間に抜けては店主にどやされてしまう。
「隼也?」
雑踏の中で、そんな声が聞こえた。きっと気のせいか、別の人のことだろう。そう思って構わず進んでいると、後ろから腕をつかまれた。
驚いて振り向く。そこには、背の低い少女が立っていた。黒い髪をポニーテールにして、黒いブレザーを身にまとっている。大きな丸い目が、零れ落ちそうなくらい見開かれて俺を見上げていた。
「隼也、隼也でしょう!?」
驚いて、声も出せなかった。少女の表情が、驚きから喜びへと変わっていく。俺は、かすかにうなずくのが精いっぱいだった。
「月子です、覚えてる?」
唇が震えて言葉にならず、何度もうなずいた。俺の腕をつかんだ手が、そのまま手のひらをぎゅっと包み込む。あの頃と変わらず、体温の高い手だ。
「お嬢、さま」
情けない声を絞り出すと、月子は恥ずかしそうに笑った。
「今そう呼ばれると、恥ずかしいね」
3年前よりも少し背は伸びていたが、相変わらず華奢な肩をすくめる。もうプリンセスに憧れていた少女ではないのかもしれない。ブレザーを着ているということは、学校に通えているのだろうか。
そういうことが、言葉にならずに、ただ月子の手を握り返すことしかできなかった。
「よかった。隼也は大丈夫かなって、ずっと心配してたの」
「俺こそ、俺こそずっと2人が心配でした」
そう言うと、月子の表情が曇った。長いまつげを伏せ、悩まし気に瞳を動かしている。
月子が無事だということは、晴希もてっきり大丈夫なのだろうと勝手に思っていたが、もしや何かあったのだろうか。うかがう俺の視線に気が付いて、月子は言いづらそうにあのね、とつぶやいた。
「隼也は、お兄ちゃんのこと、知らない、よね?」
「知らないです。……何か、あったんですか」
そう聞くと、月子はますます暗い顔になる。立ち止まっていると話しづらいから、と並んで歩きだした。とぼとぼと歩く月子の足取りは重い。
「隼也も、そうだけど、あの日からお兄ちゃんに会えてないの」
そう聞かされて、俺はただ驚いた。てっきり2人は一緒なのだと思っていた。
「どこかにいる、とは聞いてるんだけどね。どこにいるのかわかんないし、連絡もできないし。……お母さんもお父さんも何も教えてくれないし」
月子はそう言うと、口をつぐんでうつむいてしまった。
「あの日、何があったんですか?」
それを尋ねるのは酷だとわかっている。それでも聞かずにはいられなかった。月子は長いこと黙っていたが、そのうち覚悟を決めたように顔を上げた。
「それも、今のことも、全部隼也に話すよ。聞いてくれる?」
もちろん、と即座にうなずく。これから塾があるからまた時間がある日に会いたいと言う月子と連絡先を交換して、この日は別れた。
惜しむように何度も手を振って人ごみに消えていく月子を、俺は不思議な気持ちで見送った。
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