孤独にさしこむ月明かり
阿良々木与太
第1話
朦朧とした意識の中で、ここで死ぬのだろうかと思った。身体中が痛い。腫れているのか、右目が開かない。
散々殴られて、ゴミ捨て場に放置された。どうしてこんなことになったのだろう。俺は何もしていないのに。いや、何もしていないからこうなったのか。
もう体を起こそうという気力すらなかった。ぐたりと体の力を抜くと、背中でゴミ袋ががさがさと音を立てる。ネズミが俺の足を踏んで走り抜けていった。俺はヤツらの餌になって死ぬのかもしれない。
辺りは真っ暗で静かだった。人の話し声どころか、車の走る音すら聞こえない。本当に孤独で、ひとりぼっちになってしまった。そんな気がした。
そもそも、俺は悪くない。仕事で指定された場所が悪かったのだ。俺は何もしていない。けれど、どうしてこんな“仕事”をしなければならなくなったかと考えると、やっぱり俺が悪いのだろう。
波のように眠気が押し寄せた。もうこのまま眠ってしまおう。ぼんやりと開きっぱなしだった左目を閉じる。
あっけない19年だった。そんなことを思いながらため息をついた。
「生きてる?」
ふと、頭上からそんな声がした。きっと幻聴だ。だってそれは少女の声だった。こんな夜中の路地裏に、子供がいるわけがない。
「死んでるの?」
俺の様子をうかがうような足音まで聞こえだした。幻聴ではなくお迎えなのだろうか。そんなことを考えると、口元に笑みが浮かんだ。
「あ、生きてる」
突然声が近くなった。驚いて思わず左目を開けると、人の顔らしきものが見えた。おそらく、少女がこちらをのぞき込んでいる。涙で視界がぼやけていて、顔はよく見えなかった。
「痛い? お顔痛そうよ。喋れる?」
ひんやりとした何かが顔の傷に触れて、ずきんと痛みが走る。顔をしかめると、それはサッと離れていった。きっと少女の手だったのだろう。
「何があったの? 大丈夫? ……どうしよう、何も分からないわ」
口の端が切れていて、喋るのもだるかった。何も返事をせず、ただ少女が去るのを待っていた。はずだった。
少女の小さな手が、自分の腕を持ち上げた感覚がした。ぐいぐいと弱い力で引っ張られる。
「ねえ、立てる? 重くて持ち上げられないの。歩ける?」
そんな問いかけにただ首を横に振る。もう立てないし、1歩も動きたくない。放っておいてくれの意味を込めて、持ち上げられた腕を自分の方に引くと、あっさり手放された。力の抜けた腕がどさりと落ちる。
「お兄さま、もう寝ちゃってるの。起きてくれるかな。ちょっと待っててね、絶対よ!」
そう言って、少女の足音が離れていく。もうこのまま忘れてくれればいい。彼女がいなくなると、また静かになった。
目を瞑ると抗っていられないほどの眠気が押し寄せた。眠気に身を任せて、少女が戻ってくる前に意識を手放した。
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