1-4
同日、夕刻。
いつもと同じ時間に退勤した松本は【中枢】地区のはずれにある小さな隔離施設にやってきた。厚いコンクリートで造られたその建物は外の音を遮断する役割を持っている。ここに入れるのは松本と一部の医療関係者だ。
「戻りました」
当初はお邪魔します、と言っていたがいつしか挨拶が変わっていた。夜には自宅に戻るが、最早ここが第二の家と言っても過言ではない。
「今日もご苦労だったな」
その部屋の主である元第三部隊長――六条院真仁は珍しくベッドの上で身体を起こしていた。とある事件で違法な薬物を投与された結果、後遺症として千里眼のようにあらゆる場所の情報が勝手に脳内に入ってくる症状とそれに伴う頭痛に悩まされていた。本人曰く、手足を縛られて椅子に座らされたまま百以上あるモニターを一度に見ているような状況、らしい。情報過多ともいえる状況では頭痛も起きる。しかし、現在の医療状況では後遺症を直すことはできない。そのため、できる限り外界との接触がなく、情報の遮断ができるような場所を住居としてあてがわれている。
「今日も『視』えてましたか?」
松本の問いかけに六条院はうなずいた。
「まさか初日で災害手当申請をする隊員が出るとは思わなかった」
「大事なくてよかったですけどね」
苦笑しながら松本は言う。
「彼らを組ませたことを後悔する材料にはなりませんでしたし」
「そうだな。悪くない采配だとわたしも思う。まだ、彼女に関しては心配事が残るが、そのうち解消するだろう」
「それも、そうなればいいんですけど」
人の気持ちは推し測れないものだ。徳永が何を考えて、どう動くのか、松本にはわからなかった。自分が何かをすることで彼女の気持ちを動かすことも難しい。
「弱気だな」
「弱気にもなりますよ。デリケートな問題ですしね。誰かの死は、形こそ違っても一生大事に抱えるものでしょう」
松本が後見人だった人間を亡くしてから五年ほど経っていたが、亡くしたときのやるせなさはまだ覚えている。どうしてもっと早く病気がわからなかったのか、という後悔はときおりやってくる。
「……すまぬ。わたしの配慮が足りなかった」
六条院は謝罪をすると大きく息を吐いた。
「お疲れですか」
「この状態になって初めてそなたの苦労がわかった」
「一生わかってもらうつもりはなかったんですけど」
松本は苦笑しながら返事をした。彼は〈世界を滅ぼす〉大戦で行われた人体強化実験の〈成功例〉であり、見た目こそ三十代前半だが、実際はその倍以上生きている。人体強化実験の目的は強く優れた人間を創り出すことだった。松本の身体には抗老化作用以外にも筋力強化、五感強化などあらゆる面で一般人より高い能力が付与されている。優れた五感があるということは、取り込める情報量が常人より多いこととイコールだ。
「隊員たちにそなた自身の話はしたのか」
六条院が訊ねる。訊ねるということは彼が『視』た情報の中になかった、ということである。
「いいえ。俺が積極的に明かさなくてもどこからか情報は回るものでしょ」
「誤解を生むかもしれぬぞ」
「そのときは訂正しますよ」
「そう簡単なものではないと思うが」
そう言って六条院は再び身体を横たえた。
「ほら無理するから」
「……無理はしていない。少し疲れただけだ」
「普段こんなに俺と話さないでしょう。結構頭痛がひどいんじゃないですか」
常人よりも多くの情報処理を求められるため、六条院には栄養補給としての点滴が欠かせない。滴下量は医療施設から遠隔でコントロールされているが、常よりも液の滴下スピードが速いことに松本は気がついていた。
「……」
「都合が悪くなると黙るのはやめてください」
前は苦しくても何か言ってたじゃないですか、と言う松本に六条院は不服そうにしつつも答えた。
「以前は一番年若い部隊長だったからだ。周囲に軽く見られるのは隊員にとってもよくないだろう。それゆえなにがしかの答えは返すようにしていた」
今はもう必要ないだろう、と言う六条院に松本は黙ってうなずいた。
「また必要になる日がくるかもしれないですよ」
「その日が来ないことを一番よくわかっているのはそなたであろう」
「……それは、そうですけど」
ふう、と小さく息を吐いて六条院は目を閉じた。その様子を見て松本は「じゃあまた来ますね」と言って部屋をあとにした。六条院はなにも言わなかったが、松本に向けてひらり、と一度手を振った。
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