忘れ潮

ソロモン

プロローグ

 自室の窓枠に両手を組んでのっけて、ぼくは街を眺めている。


――外はまだ明るいな。


 窓ガラスには黒い目と銀色の乱れた髪、丸眼鏡をした冴えない少年の顔が反射してぼんやりと映っている。まさに〈ゾー〉なんて間延びした名前に相応しい、どこにでもいそうな顔である。極力それを見ないように、ぼくはその先をずっと先を見るようにした。でも完全にぼくの像を遮断することは不可能だった。


 遠くに連邦政庁のトンガリ帽子なシルエットが見える。

 先の大戦の後、復興のシンボルとして建てられた巨大な電波塔が連邦政府によってここ、エリア6一帯の統括本部として改修された経緯があるらしい。


 エリア6の中でも自分が住む、機械都市28区画は快適な場所だ。だけど贅沢な悩みとはいえ、ここは窮屈である。

 都市計画として「15分都市」がしっかりと採用されていて、軽くオートスロープに乗るか、もしくはスカイハイウェイやパイプラインを利用すれば病院や区役所、宇宙港など全ての公共施設に15分以内に必ずアクセスできるから狭くともわざわざ理由をつけて28区画から出ていくことなんて馬鹿らしくて余程の物好きでもなければそんなことはしなかった。


 瞳孔がきゅっと小さくなる。

 ぼくは顔を伏せた。

 なぜか、それはぼくは窓の中の景色に浮かぶ自分の間抜け面を見て、ふいにぼくはこの街に囚われているような気がしてたまらなくなったからである。便利ではあるけれども、この都市はさながら住み心地のいい独房である。

 窓ってのは嫌な発明だ。見えなくてもいいものまで見通せる。

 その枠に収まったガラスの反射もはっきりしないだけに、自分の中のごちゃごちゃした真相の内面まで投影してしまっているような気がする。

 目に見える範囲で世界が完成している、今のぼくにとってそれが追い討ちをかけてくるのである。


 目に見えない範囲までも世界が広がっていてそこに臆せず飛び出していきたいと考えていた希望に満ち溢れていたのはいつ頃までだろう。少なくともぼくの黒い目が溢れんばかりの輝きを放っていたときは、この世界はオープンワールドたる無限の広さを有していたのだった。



プロローグおわり/第1話〈曾祖母との時間〉につづく

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