第一章 第4話「従属する奴隷」

 間近で見る彼女の顔、僕は初めてこの異世界に転生した事を幸せに思えたのかも知れない。

 僕はノア様の背中を優しく摩った。

「ノア様、もう我慢しなくても大丈夫ですよ」と僕は言った。すると彼女の方から僕を強く抱きしめ、そしてまた泣き出した……。ノア様の背丈は150cm、僕は前世と同じ172cm。少し猫背の彼女とお互い立ってると顔は僕の胸元くらいに位置する

「ず、ずっと独りで寂しかった……」とノア様は言った。僕は彼女を強く抱きしめ返した。そして僕の心は激しく揺さぶられた。


 このノア様の心の内が聞けた時なのに僕は少し興奮していた為、少し後ろに下げる。盗賊から解放されてからも僕は心が何かにずっと抑え込まれていた。しかし彼女の方から僕を抱きしめてくれた時に僕の失いかけてた男性の尊厳が蘇った。

 僕は奴隷主であるノア様に申し訳なく心をなんとか抑えた。ここまでずっと真摯に僕を助け心配してくれた主人に余りにも不遜である、奴隷の思い上がりに自分で腹を立てた。


 そして僕らはしばらくそのままでいた……。しかしノア様の声でこめかみがピリつく。

 僕の毒耐性はノア様の声だけにはどうにも出来ない、明日の図書館で有益な情報が見付かると良いのだが・・・

 しばらくしてから、僕はノア様から離れた。ここまで接触していると彼女の吐息や息遣いが聴こえる、その為頭痛と吐き気が起きてきた。


 折角、ノア様の肌や体液が僕に害が無いのが分かったのに・・・、心の距離が縮まったのに・・・。

 彼女の声だけ僕を苦しめ、近付けさせない。


 また静寂の時間が流れる、少し時間が経ち頭痛も和らいでいった。


 徐にノア様は僕から顔を背け俯きながらマントのフードに手を当てた。そして恥ずかしそうにフードを下した。

 僕は息を飲んだ…。

 初めて見るノア様の髪は少し黒みがかったが絹糸のように艶のある銀髪で癖のない美しい髪だった。髪の長さは肩から少し上の辺り。ノア様は僕にまじまじと見つめられ恥ずかしそうに俯く


 そして、もじもじとした手つきでマントの紐を外す。

 マントの下は普段着であろう、半袖のシャツと膝上までのスカート、靴下やストッキングのようなものは付けておらず生足だった。

 ノア様は人生で一度も他人にここまで肌を露出したことが無いのであろう、頬を染めた

 しかし僕のいぶかしい視線に気付くと警戒感からか内股になり自分の腕を掴みばつが悪いように目線を壁に向けた


「ノア様、お綺麗です……」と思わず言ってしまった。彼女に”男”を意識させるあまりにも無粋な言葉。僕は自分の発言に恥ずかしさを覚えた。

「あ、ありがとうございます……、で、でもあまりじっと見ないで頂けると嬉しいです……」と彼女は言った。

「すみません」と僕は慌てて視線を外す。

「い、いえ、その……私こそごめんなさい」とノア様は言ったが彼女の声から少し緊張感が伺えた。

 そしてノア様はまたマントを被り直し僕に背を向けてフードに包まった。

 単に他人に肌を見せた事がないので恥ずかしくなっただけか?それとも僕の”男”を意識させる言葉に警戒したのだろうか?


 僕とノア様は無言でその場に佇んでいた。


 そして長い沈黙の後、ノア様はテーブルに向かいメモを取り出した。

”夕飯の支度をします” 簡潔に書かれたその文体でノア様の僕への警戒心が読み取れた。ノア様は僕を見ることなく炊事場に足を運ばせた。

 また彼女と心の距離が出来てしまったのかと僕は後悔し、壁に背を当て座り込んだ。頭痛はずっと続いている。「でも彼女は仮面を外したままだ・・・・。」

 壁に背を当てた僕からは炊事場のノア様の背中だけが見える、彼女の背は小さい・・・、彼女が俯いていたら僕にはその俯いたうなじしか見えない。

 もしノア様が僕に心を開いてくれるなら、僕はノア様に全て捧げようと思う。しかし彼女はまだ僕を信頼していない・・・。

 僕は深い溜息をつき、こめかみを擦り目を瞑った・・・。


 2時間くらいが経ったろうか


 暫くしてノア様が炊事場から戻ってきた。テーブルに豪勢な食事を置く。今日の夕飯は肉も多く種類も多い。ノア様が買ってきてくれた薬草の湯で胃腸も少しは元気になっていた。

 スキルの【細菌・ウイルス耐性】 【免疫強化】

があっても精神的な不調からの食の細さは回復まで時間を要した。

 思えば異世界に目覚めた森で少し汚い水を飲み変なキノコや雑草、木の実、を食べてもなんともなかったのがこのユニークスキルのお陰だったんだな。僕は少し懐かしんだ、あの異世界リスにもいつか会いに行きたいと思う。


 ノア様は冒険者だからいつか付いて行ってあの場所に再び行けるだろう

 僕は少し未来への希望を感じ心が軽くなった


 ノア様はそれと僕の為に朝の市場で野菜類も多く買って来てくれたらしい。これでビタミンやミネラルを補給できる。ノア様が椅子に座り僕と向かい合った。僕は少し緊張し背筋が伸びる、しかし彼女の表情からはまだ警戒の色が伺える、そして彼女は僕から視線を逸らした・・・

 そしてフードを下した。髪が少したなびいた


 食べましょうと彼女が慣れてない笑顔で手振りしたので僕は頷いた。そして僕もフォークを持った後、少し考え込んでまたすぐにテーブルに置いた。ノア様には僕が奴隷だという事を改めて認識して欲しかった。

「ノア様、僕とノア様は立場は対等ではないです、僕は奴隷なので・・・」と僕は言葉に詰まった。彼女は少し戸惑いながらも僕の顔を見て頷きながら聞いていた。

「だから、僕にはお心遣いは不要です」と僕は続けた。しかし彼女の表情は曇った。そして彼女は下を向いてしまった・・・。


 彼女が今にも泣きだしそうにいるのに、僕は焦った。

「い、いえ、僕に何も言う権利はありません、ノア様の好きな様に僕を扱って下さい。」

 

 話題を変えようと僕はフォークに手を付け肉を食った。「ノア様のお料理はいつも美味しいですね。」

 そんな言葉にノア様はほだされたのか料理に口を付けた。

 少し彼女の顔が緩んだ、でもまだ表情は固い。僕が彼女の機嫌を損ねた事には間違いないだろう・・・

 黙々と食事をとる、「ノア様が買って頂いた薬草のお陰で沢山食べれます」少し沈黙を破る

 すると彼女が嬉しそうに顔を上げた。僕と視線が合う、しかし彼女はすぐに下を向いた。僕も視線を逸らして野菜に手を伸ばした。


 今日は緊張感と変な和やかさが混じる晩餐となった。

 食事が終わり僕は食器を片付ける、今の僕の唯一の仕事である皿洗いだ。僕が洗い物をしているとノア様が近寄って来た、僕は彼女に言った。

「どうしましたか?ノア様」と・・・。すると彼女は僕の横に並んだ。

 そして袖を捲り布巾を持ち手伝おうとした。彼女の申し出を断ろうとしたが、彼女は引き下がらない。流石に主人からここまでされて断るのは悪いと思い僕は頷くと共に皿拭きだけお願いした。

 彼女は笑顔で頷き皿を拭き食器棚に並べていく・・・

 少ししてから洗い物が片付き、僕はノア様に礼を言った。そして僕はテーブルに座った。その後彼女もテーブルについた、僕と彼女は再び沈黙に包まれた……

 僕はノア様に「あの明日ですね、図書館に行くのは」と切り出した。

 少し間を置いて彼女はペンを取り明日の予定を紙に書いた。

”明日、市の図書館に行き魔族の声に関する書物を調べます、夕方頃には家に帰ります”と

 盗賊から解放され軍にこの都市に連れて来れたが、この街の事は殆んど知らなかった。奴隷契約の日の帰りに少し歩いただけだったし、この家に来て二日まだ一度も外出してなかったので明日の予定が嬉しく感じた。

 僕は「あのノア様、その事なんですが……」と言いかけると彼女がペンを置いた。

「あ、いえ、図書館に行く前に少し街を案内して欲しいのですが・・・」と僕は言うが彼女はまたメモを取り始めた。

”分かりました、では朝は早く起きて下さいね”と書き僕に渡した。


 夜が更けてきてたがノア様はその後外出した、僕はする事もなくクッションを床に敷き寝転んだ

 少しして帰ってきたノア様はふかふかな布団をギュッと抱きしめるように担いでいた

 布団を僕に渡すとテーブルでメモをまた書き”朝に商店で頼んでた布団です、昨日は準備出来ずすみません”と


「ありがとうございます」感謝しかなかった。そして僕はまた要らぬ事を口走った。

「僕はノア様の所有物の奴隷です、お気遣いなくぞんざいに扱っても構いません」


 ノア様は顔を背け何も言わずマントを脱ぎベッドに向かった、布団に入る時艶めかしい生足が見えた

 僕はいつも要らぬことを言ってしまうと反省してノア様のベッドから離れた位置に布団を敷き横になった。

 

 思えばこの世界に来てまともな布団で寝るのは初めてだ

 その夜、僕はこの世界に来て初めてぐっすり寝られた。


 次の朝、いつもより早く目覚めたので「ノア様、朝ですよ」と僕は声を掛ける。しかし彼女は起きる気配が無い……、昨日も疲れたのだろう。僕はそのまま暫く彼女の寝顔を眺めていた。

『綺麗な髪だ……』と僕は見惚れた。女性の髪に触れてみたいという好奇心が僕の手を勝手に動かし、そっとノア様の髪に指を通した。さらさらとした感触が指先に伝わった。

 少しするとノア様は目を覚ました。僕が髪に触っている事に気付き彼女はビクつき掛け布団に潜った。

「あ、あの…」とノア様が言いかけると

 僕は慌てて「お、おはようございます」と寝てるご主人様の髪を触るという失態を挽回しようとなるべく落ち着いた口調で言った。しかし彼女は布団から出ようとせずもぞもぞと動いているだけで返事は無かった。

「ノア様、あの、すみません…」と僕が申し訳そうに言うと彼女は布団から顔をチョコんと出した。


 この時もう既に僕はどうしようもなく恋に落ちていた……。


 奴隷の僕は心も彼女に従属していた……。

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