好意の矢印に気づかないクソボケ日記
黒羽椿
カエデという少女
俺は、自分で言うのも何だが粗野で品の無い奴だ。
気に入らない奴はとりあえずぶん殴るし、頭も悪くて気も使えない。腕っ節だけはそれなりなので何とか生活出来て居るが、それも仲間の支えあっての賜物だ。俺一人では到底やっていけないだろう。
俺は金勘定が出来ない。そんな調子だから、仕事の依頼で中抜きをされることも多かった。
しかし、今は違う。現在進行形で、俺の仲間が商人と言い争いをしていた。
「納得いきません。私と師匠は期日の三日前に納品しました。質についても、ギルドから問題無しとの認定を貰っています。なのに何故、報酬が2割も減っているのですか?」
「ふーむ……なるほどなるほど……こりゃあ失敬! 部下が勘違いしていたようですなぁ! ほれ、お前! さっさと謝らんか!!!」
「え!? いや、それは……! ……っ、わ、私のミスです。この度は、大変申し訳ありませんでした……っ!」
商人の後ろに控えていた男は、一瞬否定の言葉を紡ごうとしたが、ジロリと商人に睨まれると、唇を噛み締めながら頭を下げた。明らかに、不正を擦り付けられていた。
「……ふぅ。分かりました、今回はそういうことにしておきましょう。ですが……次は無いですよ? グレイ商会の店主殿?」
「もちろんですとも! 今後とも、我が商会をご贔屓にお願いします!」
腰の辺りまで伸びた、この辺りでは珍しい真っ黒な黒髪と、引き込まれそうな青みがかった瞳。身長は170cmほどで、スラリとした手足はとても戦える様には見えない。実力としては、そろそろ俺を追い抜きそうなほどだが。
「終わりました、師匠。お待たせして申し訳ありません」
「気にするな。俺に交渉は向いてない。最悪、半殺しにしかねないからな」
「あはは、師匠が言うと冗談に聞こえませんよ」
それが俺の仲間……というか、弟子。カエデという少女だった。
昔、気まぐれに一度だけ剣術と簡単な魔術を教えてやってからというもの、俺のことを師匠師匠と呼んで付いて回る様になった。まぁ、今では仕事の大半をカエデがやってしまうので、立場が逆転してしまっている。
「あ、そ、そういえばですね……そろそろ貯金の方が、目標金額に届きそうなんですよ」
「……何の話だったか?」
「もう! この前、私達も下宿は辞めて、家を買おうって話をしたじゃないですか!」
「あー……そんなこともあったな」
「はい! なので、この後一緒に物件を見に行きませんか? 良さそうなところ、見つけておいたんですよ」
聞けば、街の郊外にある少し人気の無い場所らしい。街へ行くには少し時間がかかるが、その分、敷地も広く、値段も手頃とのことだ。
「でもなぁ……それだと、仕事を受けに行くのに不便じゃないか? なんか、やけに教会と市場から遠いし」
教会へ行くのは俺の私用だが、市場から遠いのは大分マイナスである。今まではものの数分で行けていた場所に、今度は数十分かけて行かなければならない。食料やら雑貨を買い込むにしても、それなりに手間だろう
「……だからじゃないですか」
「ん? 何がだ?」
「あ、いえ! な、何でもないです!」
「そ、そうか……」
そんな話をしていたら、街の中心から鐘の音がした。おっと、そろそろ約束の時間になってしまう。あまり遅れると、後が怖い。
「悪い。ちょっと教会に行ってくる。帰りに市場も寄ってくるが、何か要るか?」
「……いえ、大丈夫です。それより、早く帰ってきて下さい」
「分かった。寄り道はしない」
「なら良いです。私は雑事を終えたら、いつもの場所に居ます。今日も修行、よろしくお願いしますね、師匠」
カエデは俺のことを師匠と呼ぶ。正直、彼女は俺よりも才能がある。17という歳に見合わない実力を既に身につけており、これからもっと強くなるだろう。小手先の技やカエデの癖を読んで何とか白星を挙げているが、それも限界だ。
彼女もこんな何処にでもあるような街の、粗悪なチンピラ擬きの弟子のままでは嫌に違いない。貯蓄やら依頼の交渉、果ては自堕落な俺に変わって料理やら家事なんかもしてくれるので、個人的にはこのままで居て欲しいが……それは、ただの我が儘というやつだ。
いつかは、カエデも一人立ちするのだろう。そう思うと、少しだけ寂しかった。
「カエデ」
「はい、どうかしま――」
だから、つい昔を思い出してこんなことをしてしまった。俺は、カエデの頭を梳くように撫でた。
子供の頃のカエデに良くしていた、修行の後のごほうび。確か、カエデはこれが好きだったはずだ。そんな短絡的な考えだった。
「……ぇ」
「ありがとう。カエデが居てくれて良かった」
俺は孤児だ。だから、家族だとか愛なんていうのは、よく分からない。
でも、俺がガキの頃にこんなことを思った。路地裏で必死に生きようと藻掻く俺を、誰も褒めようとしない。むしろ、死ねと言わんばかりに侮蔑の視線と嘲りの言葉を投げ掛けられる。
なのに、大通りの小綺麗な子供は、母親らしき女性に頭を撫でられていた。俺の様に食い扶持を必死に探した訳でもなく、ただ親の庇護下でのうのう暮らしていると言うのにだ。それが、どうしても納得いかなかった。
カエデも、事情は違えど状況は同じだった。異国の地で誰も頼れず、ただ生きることのみを目標に日々を過ごす。そんな姿を見たから、柄にも無く稽古なんて付けてしまったのだ。
要するに、ただの自己投影だった。幼少期に俺がして欲しかったことを、俺はカエデにしただけだ。褒めて欲しかった。認めて欲しかった。愛して、欲しかった。
「カエデは俺の一番の誇りだ。これまでも、これからもずっとな」
「ちょ、ちょっと師匠……そ、そういうのは稽古の後でやってよ……」
「悪い。つい、魔が差した」
「全く……女性の髪に許可無く触れるなんて、ほんとはやっちゃ駄目なんですよ? 私以外にやったら、セクハラですから」
「心配するな。カエデ以外にはやらん」
そも、俺はこの街の人間に嫌われている。友好的な関係を築けているのは、カエデと後二、三人ほどしか居ない。
「ほんと……師匠はそういうとこ、ズルいです」
「大人はみんなズルいんだよ」
「はぁー……意味が分かって無さそうなので、もういいです」
そう言って数歩後ろへ行くと、カエデはニコリと微笑んだ。相変わらず、綺麗で可愛らしい顔をしている。子供の頃から面倒を見ていなければ、すんなり一目惚れしてしまいそうだ。
「では、私はこれで。師匠も、後で早く来て下さいね」
「おう。分かってる」
ひらひらと手を振って、その場を後にする。単細胞の俺には、次の予定のことしか頭にはなかった。今日は奮発してシスターの聖水を三個買ってしまおうかとか、そんなことを考えていた。
「私がいなきゃ駄目なんだ……私が一番なんだ……私にしか、しないんだ……えへ、えへへ……」
後ろでその瞳を濁らせながら、決して見せることは無かった欲望を表した、全く知らないカエデが居ることに気付かないまま。
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