第2話 宇宙は何からできているのか その1

 世界は何でできているのでしょう?原子から?素粒子から?「存在する」とはそもそもどういうことなのでしょう?椅子やブラックホールなら、大部分の人に「存在する」と認めてもらえそうな気はしますが、火や影や夢や心は存在すると言えるのでしょうか?神や時間はどうでしょう?ですが、これは物理学や哲学の命題である以前に、「存在」という言葉をどう定義づけて用いるべきかという言葉の問題でもあり、「存在とは何か」を考えるためには、予め「存在」というその言葉の意味するところを明確に定め直しておかないと混乱するかもしれません。そして、これは本当に、あくまで個人的な見方に過ぎないのですが、科学的に何かが存在するという言葉は、その対象が観測(測定)可能で、定量化(数値化、数式化)できることを意味しているのではないかという気がします。たとえば、きのうの次に今日が来て、その次は明日になり、その逆は決して起こらない、という物事の流れを我々は「時間」だと感じ、科学者が時計によってそれを測定し、アインシュタインがその伸び縮みを解明する、といった具合です。ですから、我々が時間や空間と呼ぶものが、「本当に在る」のか、哲学的に「実在する」のかと頭を悩ませるのではなく(もちろん、それはそれで結構なことなのですが)、測定されたものを存在と呼ぶのだと、少し操作的、逆説的に捉えた方がわかりやすいかもしれません。如何せん、「本当に在る」のか無いのかなんて凡庸なわたしなどには分かりっこない気がします … 。

 さて、古典的な物理学では、全ての物質は、どんどん分解してほどいて行くと最終的に小さな「粒」にかえすことができると考えられてきました。この考え方自体は現代の量子力学でも基本的には変っていません。ただ、わたし共の世代の義務教育では、「原子」こそがその最小単位なのだと教わってきましたが、現在では原子自体が、さらにミクロな、+の電荷を持つ「陽子」及び電荷を持たない「中性子」からなる原子核と、その周りの空間を周る-《マイナス》の電荷を持つ「電子」からできていることはご承知かもしれません。また、その陽子や中性子が、さらにクォークという素粒子からできているというお話をご存知の方もおられるでしょう。現在の所、こうした最小単位とされる「素粒子」は17種類が知られており、フェルミ粒子とボース粒子に大別されています。フェルミ粒子はさらにクォークとレプトンに分類されており、クォークにはアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップの6種類があり、レプトンには電子、ミュー粒子、タウ粒子、および電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの6種類が含まれます。一方、ボース粒子には、素粒子間の相互作用を伝達するゲージ粒子と、素粒子の質量を性格づけるヒッグス粒子(スカラー粒子)があり、ゲージ粒子にはグルーオン、光子、Zボソン、Wボソンの4つの粒子が含まれます。以上が今日に於ける素粒子の標準模型と呼ばれるモデルですが、他にも重力を媒介するとされる重力子(グラビトン)のように、仮説的に予言はされていても発見されていないものもあり、また、こうした素粒子たちが本当に物質の最終的な、究極の最小単位であると断言できる保証もないようです。物質の基本単位がこんなにいっぱいゴチャゴチャしていていいのかと、門外漢としては内心グチをこぼしたいところです。しかも、17種類とはいえ、6種類のレプトンにはそれぞれ反粒子(質量とスピン〈自転のようなもの〉が等しく、電荷など正負の属性が逆の粒子、物質に対する反物質)が存在し、一方、光子のようにそれ自身が自らの反粒子であるようなものもあったりするというのです(自身が自身の反粒子だなんて、涼しい顔でよく言えるものだと感心します)。さらに、最近の宇宙研究の結果からは、もっと大きな騒動が持ち上がっています。わたしたちの知っている普通の物質は、宇宙の構成成分のわずか5%の部分でしかなく、宇宙の大半は別の二つのものからできているらしいのです。それがダークマター(24%)と、ダークエネルギー(71%)です(ただ、此のパーセンテージは何の単位に基づいて比べているのでしょう。エネルギー量?)。

 ダークマターとは、さまざまな銀河の回転速度が、既知の物質の重力だけでその銀河の形をつなぎとめておくにはあまりにも速すぎるという観測結果から、そこに質量はあるが観測できない何かが大量にあるはずだと考えざるをえない正体不明の物質のことで、銀河の回転速度のほか、重力レンズ効果など間接的な証拠の裏付けこそあるものの、未だに直接的な発見には至っていない何らかの「粒子」ではないかと考えられるものを言います(ブラックホールや燃え尽きた星など、他の複数の要素も隠されている可能性があります)。ダークマターは宇宙全体に見えない蜘蛛の巣のように濃く薄く広がっていて、銀河や星々はその「ネットワーク」の重力に捕えられて集まっているのだという見方もあります。一方、ダークエネルギーはもっとはるかに訳の分からない、つかみどころのない概念で、前回に触れた宇宙の膨張の観測結果や宇宙マイクロ波背景放射の観測結果から導き出された仮説上のエネルギーを指します。宇宙の膨張がビッグバンから始まったものだとすれば、その膨張速度は重力の作用によって時間と共に次第に衰え、減速して行く(たとえば、宇宙はある時点で膨張から収縮に転じ、元の一点に戻って再び大爆発する、というサイクルを無限に繰り返しているのだとする説もあります)はずだと考えて実際に測ってみたところ、予想とは全く逆に、減速どころかますます加速して膨張し続けて行く一方であることがわかり、誰もが目を白黒させることになりました。重力に逆らって時空を拡げて行くそんな得体の知れない巨大な力があるのだと、とりあえず仮定しておかなければならなくなって緊急避難的に名付けられたのがこの「ダークエネルギー」です。ですから、そんな力がどこからどう生れているのか、そもそもそんなものがあると考えて良いのかどうかさえ定かではありません。また、ダークマターもダークエネルギーも「よく分からない」「未知である」「謎だ」という意味で「ダーク」と呼ばれているだけですので、互いに関係があるのかないのかも不明です。一説には、ダークエネルギーは真空そのものの持つエネルギーに他ならず、ビッグバンで空間が膨張して行くにつれてダークマターの重力を次第に凌ぐことになって来たのではないかとも言われますが、それも仮説の一つに過ぎません。宇宙が膨張や収縮することを好まなかったアインシュタインが、定常宇宙像を保つためにかつて自らの重力場方程式に導入し、後に「我が生涯最大の過ち」だったと破棄した「宇宙定数」が、宇宙の膨張加速度を表現するものだと再び見直されるような動きもあります。


 ただ、ここまでのお話に留まるなら、量子力学が「世界は何でできているのか」という問いに対してどれほどの混乱とパニックをもたらし、存在の仕方についての古典的な解釈を根底から覆すことになってしまったのかを十分に理解して頂くことはできないでしょう。


(その2 へ続く)

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