第36話:生きた知識・佐藤克也視点

「克也様、人集めは私たちに任せていただいて、開墾を続けていただいてもだいじょうぶなのですが、いかがなされますか?」


 開墾した農地を耕す人を集めると決めた後でイワナガヒメが聞く。


「なんでそんな事を聞くの?

 どうすれば1番良いのかはイワナガヒメの方が知っているよね?」


「何が良いかは、その人しだいなのです。

 克也様にとって良い方法も、克也様が将来何をしたいかで変わるのです。

 私が決めるのではなく、克也様に決めていただきたいのです」


「そんな事を言われても、僕には分らないよ。

 イワナガヒメに決めてとは言わないけれど、どうやって決めたら良いの分からないから、行くとどうなるのか、行かないとどうなるのか教えてよ」


「分かりました、克也様が選ぶための知識は必要ですね、お伝えしましょう。

 人を集めに行かれたら、民の苦しい生活を知る事ができます。

 また、貧しい生活をしている人々の性格の悪さも分かります」


「待って、性格が悪いのは王や貴族だけじゃないの?」


「はい、性格が悪いのは王や貴族だけではありません。

 平民も生きていくために悪い事をしています。

 ですがそれは日本で生まれ育った克也様の基準だからです。

 この世界の人々には普通の事です」


「悪い事が普通の事なら、僕が王や貴族を罰してもいいの?

 僕が日本の基準で罰するのは、悪い事なんじゃないの?」


「それはかまいません、先に克也様を無理矢理召喚したのは悪神と王です。

 この国の王族と貴族です、やられたらやり返すのは当然の事です」


「そうなの、本当にそれで良いの?」


「はい、本当にそれで良いのです。

 私たちは克也様のお供ですが、神でもあります。

 その神が、この世界の神と王の方が悪いと言っているのです。

 安心してください、だいじょうぶです、克也様は間違っていません」


「うん、分かった、イワナガヒメたちの言う事を信じる。

 行くとどうなるかは分かったよ、知らない事を知れるんだね?

 この世界の事を知れるんだね?」


「はい、その通りでございます。

 その逆で、行かないとこの世界の事を知らなくてすみます。

 この世界の悪い所、人の汚らわしい所を知らないですみます。

 何も知らずに、日本の正義を行う事ができます」


「やっぱりそれは悪い事なんじゃないの?」


「強引な方法ではありますが、悪い事ではありません。

 克也様がこの国の王と貴族を捕らえなければ、多くの人が飢えたままでした。

 飢えて死ぬ者、王族や貴族の欲で殺される者が数多くいました。

 ですが今は、飢える者はおらず、王族や貴族に殺される者もいません。

 それに比べれば、異世界で日本の正義を行う事などなんでもありません。

 命よりも大切なモノはありませんし、飢え以上に苦しい事もありません」


「簡単に言ってくれているんだろうけれど、良く分からないよ。

 どちらも正しいと思うから、どちらを選べばいいか分からないよ。

 だけど、僕が選んで僕が責任をとらないといけないんだよね?」


「はい、その通りでございます。

 どちらを選ばれても良いのです、選んだ責任を人に押し付けなければ良いのです」


「うん、分かった、同じ事を繫一大爺ちゃんと光孝大爺ちゃんに言われた気がする。

 だったら僕は知りたい、この世界の事を知りたい。

 日本の事はタブレットで観た事しか知らない。

 この世界の事を知りたい、お城の中にいるだけ、イワナガヒメたちに教えてもらう事だけなんて、絶対に嫌だよ。

 僕がその場に行って、見て話して触って、全部知りたいよ!」


「はい、それで良いですよ。

 克也様が決められた事なら、それが1番良い事です。

 ただし、直接話すのはダメです、城と同じように神使が代わりに話します」


「え~、お城の外でも直接話しちゃダメなの?!

 動画で観た時代劇のように、身分を隠したお忍びだよね?

 お忍びなら自由に話して好きに動いて良いんだよね?!」


「時代劇の動画では、必ず悪い奴が現れますよね?

 誰かが失敗する事で、危険な目に会いますよね?

 私たちが克也様を危険な目に会わすと思いますか?」


「思わない、絶対に危険がないように準備してくれる」


「克也様の勉強を優先すれば、この世界の者と直接話すのも大切です。

 ですがそれ以上に大切なのは、克也様の安全です。

 あの卑怯で愚かな悪神は恐れるような相手ではありませんが、他の人族の国には違う神がいます。

 その神が克也様を殺そうとするかもしれません。

 直接襲って来るなら、同じ神である我々が神気を感じて防げます。

 ですが信徒を使って襲わせる場合は、直前まで分からないのです」


「イワナガヒメたちがいくつもの防御魔術を重ね掛けをしてくれるよね?

 身体強化も重ね掛けしてくれるよね?

 それでも危険なの、安心できないの?」


「何度も申し上げている通り、危険です、安心できません、油断大敵です。

 そもそも、神々の掟を堂々と破るなんて、考えられない事なのです。

 そんな事を平気でやる神がいる世界です。

 そんな神をのさばらせている、非常識な神しかいない世界なのです。

 絶対に油断できません、克也様が直接この世界の人間と話をするのは禁止です」


「分かったよ、イワナガヒメたちを心配させるような事はしない。

 間に神使をはさんで話をするから、他の国で人を集めるよ。

 この世界の事をたくさん知って、どうするのが1番良いのか、僕が自分で考えて決めるよ、それで良いんでしょ?」

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