第16話:食べられない・佐藤克也視点

「イワナガヒメ、これって海で泳いでいた魚と同じなの?」


 克也がサケのムニエルを前にして泣きそうな表情で聞いてきた。


「全く同じ魚ではありませんが、魚です。

 克也様が海で見た魚よりもずっと大きな魚を切り身にした物です」


「僕はずっと、僕と同じ生きているモノを食べていたの?

 僕と同じ命を奪って、体を切り取って食べていたの?!」


「克也様、安心してください、だいじょうぶです、悪い事ではありません。

 生き物は、同じ生き物を殺して食べてきたのです。

 魚を殺して食べる事は、悪い事ではありません、だいじょうぶです」


「そんな事を言われても安心できないよ、だいじょうぶじゃないよ!

 いやだよ、お魚を殺して食べていたなんて、僕は悪い奴なんだ!

 魔獣が人を食べるのが悪い事なら、僕がお魚を食べるのも悪い事だよ。

 僕も魔獣も同じなんだ、生きていちゃいけない悪い奴なんだ!」


「克也様、克也様は人を食べる魔獣を退治せずに改心させられました。

 とても立派な事です、鬼退治していた昔のもも太郎よりも立派です。

 今もまた、魚を食べていた事を、誰に言われたわけでもなく反省されました。

 これもとても立派な事でございます。

 これまでやってきた事を悔い改め、もう魚を食べないようにいたしましょう」


「ねぇ、イワナガヒメ、僕がしていた悪い事は、魚を食べていた事だけなの?

 お肉はどうなの、お肉も生きているモノを殺して体を食べているの?

 お野菜はどうなの、お野菜も生きているモノを殺して食べているの?」


「克也様には苦しい事ですが、全て見られますか?

 もの凄く残酷で、また怖い夢を見てしまうかもしれません」


「そんなに悪い事をしていたの、僕は悪い子なの?」


「悪い事でもありませんし、克也様が悪い子なのでもありません!

 人だけでなく、私たちお供も、生きているモノを殺して体を食べてきました。

 魔獣が人を殺して食べるのを悪としたのは、人の身勝手です。

 生きているモノ全てが、他の生きているモノの命を奪って食べています。

 ですが、だからといって、人が食い殺されるのを見逃す事はできません。

 人も神も魔獣も身勝手なのです、克也様だけが身勝手なのではありません。

 克也様だけが悪い子なのではありません」


「……勝手な事を言って良い?」


「はい、何でも言ってください、私たちは克也様のお供でございます。

 どれほど悪口を言われようと、克也様を1番大切にいたします」


「もう生きているモノを食べたくない、良いかな?」


「克也様、人は何かを食べなければ生きていけません。

 魚や肉を食べたくないと言われるのなら、何とかいたします。

 ですが、野菜まで食べないと言われるのは無理でございます。

 野菜だけは食べていただけかないと、死んでしまいます」


「野菜も生きモノだよね、生き物は食べたくない。

 他の命を奪って生きるのはいやだよ!」


「ではこういたしましょう、魚や肉は絶対に使いません。

 お野菜は育てている所を見ましょう。

 収穫する所を見て、命を奪っていると思うか試しましょう。

 1つ1つのお野菜が生きているのか、克也様自身が確かめてください」


「うん、分かった、自分の目で見て生きているか確かめる。

 お魚も自分で見て食べてはいけないと思ったから、お野菜も自分で見て確かめる」


 僕がそう言うと、お供のみんなが野菜を作っている所に連れて行ってくれた。

 最初に連れて行ってくれたのが、小麦畑だった。

 僕の大好きな、ピザやうどんを作るのに必要な野菜だと教わった。


「これが小麦なの、これも生きているの?」


「お野菜も小さな種から育ちますから、命があると言えます。

 ですが、お野菜まで食べられないと、克也様が命を奪いたくないと言われた、お魚も魔獣もみんな飢えて死んでしまいます」


「これは……小麦は生きていると思えない。

 食べようと思ってみたけれど、胸が痛くならなかった。

 お魚やお肉の時のように、吐きそうにならなかった」


「それはようございました、これでパンやうどんを食べていただけます。

 次はお米を作っている所に行きましょう。

 お米を食べると思っても胸が痛まないなら、白御飯やおにぎりが食べられます」


 ★★★★★★


「だいじょうぶ、食べようと思っても胸が痛くならなかった、吐き気もしなかった」


「次は柿や桃、栗やクルミの収穫に行きましょう。

 アマテラスとワクムスビが全部一緒に収穫できるようにしてくれています。

 どれを食べると考えても胸が痛まないなら、果物やナッツが食べられます。

 この後で試す物が食べられなくても、飢えて死ぬ事はありません」


「うん、分かったよ、ありがとう。

 みんなが助けてくれなかったら、僕は何も食べられなくなっていた。

 何も食べられなくなって、死んでしまっていた。

 ありがとう、みんなのお陰で飢えて死なずにすむよ。

 みんなのお陰で思いっきり動けるようになったよ」


「お礼など必要ありません。

 私たちが魔獣の退治を勧めたせいで、克也様が食べられなくなったのです。

 そしられる事はあっても、お礼を言われる事はありません。

 克也様が飢えて死ぬような事があったら、我らも食を断って死にます。

 そのような事がないように、克也様が美味しく食べられる物を探します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る