第2話 私を助けてくれた彼は、何かおかしい
「ぶもおっ!!!」
オークが、丸太のように太い腕を私目掛けて振るう……ダメだ、避けられない!
私は肩当てでオークの裏拳を受けた。
どごんっっっ!!!
「うぐっっっ!!!」
激痛。視界が斜線状になって、全身を揺らす衝撃に、視界が真っ暗になった。
――
――――――
――――――――――まずい、何秒気を失った?
”暁、目を覚ました!!!”
”良かった!! 死んでなかった!!!”
”マジでまずい。多分特殊個体、今すぐ逃げて”
”逃げてええええええええええええ”
”誰か助けなよ!!! ダンジョンギルドは何やってるの!?”
”カッコつけて助けに入ったのにボコられてて草”
”美少女配信者が今からオークに犯されると聞いて飛んできました”
”最低”
”ついさっきまで同じ階層で二階堂ハルトが配信してたから、きっと助けに来てくれる!! それまで耐えて!!”
私がもたれかかっているのは、30メートルほど先にあったはずのダンジョンの壁だ。
どうやら私は、オークに吹き飛ばされ岩壁に身を打ち付け、気絶してしまったようだ。
この腕力、中層のオークのそれじゃない。コメント欄の言う通り、特殊個体か。
霞む視界で、オークを探す。オークは、私が助け出そうとした男性探索者の腕を掴んで持ち上げ、ニヤニヤと笑っている。
彼は、まだ生きてる……だが、私の身体は動かない。複数箇所を完全骨折をしてしまっているんだ。
朦朧とする意識の中、回復魔法を使おうとしたが、まともに魔力も練ることもできない。ダメージが大きすぎるんだ。
このままでは、彼を見殺しにしてしまう!
「オーク! 私が相手だ!!」
私が身体中な痛みを無視して叫ぶと、オークの視線が私に向く。
”暁!?!?”
”何やってんだよ!!!”
”暁ちゃん逃げて!!!!”
”嘘でしょ!?!?”
”わざとヘイトを稼いだ!?!? 暁ちゃん聖女すぎるよ!”
”辞めてええええええええ”
”うわ、これマジで死ぬぞ”
”ちょっともう見れないわ”
”何言ってんだ。むしろこっからが見どころだろ”
「……ぶひっ」
オークが、男性探索者の腕を離すと、私の方に歩み寄ってくる。
「ぶひっ、ぶひひっ、ぶひっ」
そして、私の前に立つと、口からボタボタと涎を垂らしながら、両拳を組んで振り上げる。
その巨大に身体に見合わず口が小さいから、まずは私をぐちゃぐちゃにしてから、食べつもりなんだろう。
……ここまで、か。
”暁!!!!!”
”嫌だ、死なないで!!!!!”
”諦めんなよ!!!!!”
”誰か助けて!!!!!”
”お願い!!!!!”
”誰か!!!!!!”
”嫌だあああああああああああああ”
「ぶもおおおおおおおおおお!!!」
巨大な拳のハンマーが、私めがけて降ってくる。
「……っっっ!?」
その時、私の身体に、生暖かい液体が降り注いだ。しかし、身体の痛みは消えはしない。身体が吹き飛べば、痛みも一緒に消えるんじゃないのか?
恐る恐る目を開いて、視界がやけに赤いことに悲鳴を上げる。
「……血」
遅れて、強烈な鉄の匂いを感じる。自分の身体を確認したけど、こんな大量出血するような怪我はしていない。
「何が……ひっ」
顔を上げて、驚く。オークの胸のあたりから、人間の腕がにょきりと生えていたのだ。
その手が握っているのは、オークの心臓。
ずるずるずる……。
ゆっくりと腕が抜けていくと、オークの胸には拳大の穴が空いていた。
(素手で、オークの胸を貫いというのか……!?)
オークの巨体がぐらりと揺れて、横に倒れる。
そこに立っていたのは、中肉中背の、特徴という特徴もない男性だった。
「あんた、竜胆暁か?」
その男性が、今一つの生命を奪ったとは思えないほど覚めた目で、私を見下ろした。
”え、え、助かったの!?”
”助けてくれた!!!!”
”すごい!!!!!!”
”特殊個体オークを素手で倒した!?!?!?!?”
”ありがとう!!!”
”うわあああああああああああああ良かったあああああああああああ!!!!”
”神神神神神神神かみみ”
”ありがとうございます! ありがとうございます!”
”え、なんか急にどっかから現れたけど、もしかしてワープ魔法でも使ったのか!?”
”救世主!!!!!”
”涙止まんない”
”暁あああああああああああああああああよかったあああああああああ”
”おい、邪魔すんなよ……”
ハッとする。私は彼に命を救われたのだ。ボケっとしている場合じゃない。
「あ、ああ、そうだ。その、助けてくれて、本当にありがとうございます。このご恩は、必ず返しま」
「ああ、返してくれ」
その男は、心臓を持った手を私に差し出して、「ああ、心臓が邪魔だったな」と、ぎゅっと手に力を入れる。
パァン!!!
「きゃぁっ!?」
そんな音を立てて、心臓が弾け飛んだ。
私の顔にも肉片が飛んできて、思わずただの女のような悲鳴をあげてしまう。
「はい」
そしてその男性は、心臓の肉片がべっとりとついた手のひらを私に差し伸べる。
……え、なんでわざわざ握りつぶした? それも、人の顔の前で。少し口に入ってしまったんだが!?
それに、立てるような怪我の状態じゃない。が、助けてもらった身で、好意を断るわけにもいかない。
私は恐る恐る彼の手を握る。すると、彼は不思議そうに小首を傾げた。
「いや、違う違う。お金」
「……え?」
「いやだから、謝礼金を……ああ、悪い、1000万も持ち歩いてるわけないか。じゃ、今から銀行行くか」
”……え?”
”何言ってるのこの人”
”1000万円? なんの話?”
”もしかして、助けてあげたから謝礼金をくれってこと!?”
”はぁ!? お金目当てってこと!?”
”何それ最低じゃん”
”いや、命を助けられたんだから、妥当どころか安いだろ”
”助けてくれたのがありがとうだけど……”
”せっかく感動したのに……”
「す、すまない。今ちょっと混乱していて……どういう意味だ?」
すると、それまで無表情だった男が、初めて感情を露わにした。苛立ちだ。
「ダンジョンで助けられた探索者は、謝礼として探索で稼いだ金を全額渡さないといけない。お前もそれ目当てで人助けをしてたんだろ?」
「……何?」
あまりに心無い言葉。つい反論してしまう。
「私は、そんなつもりで人を助けたことなど、ない」
びくん、と男の眉が跳ねる。まるで出来の悪い子供かのように、呆れた目で私を見下ろした。
「まあ、そんなのどうでもいい。お前、今回の配信で相当稼いだんだろ?」
「いや、稼いでいない」
「ん?」
「今日は、プライベートで来ていた。そして、彼の救難信号を受け取って、慌てて配信をつけた。配信しておけば、私が負けても、他のダンジョン探索者に状況や魔物の強さが完璧に伝わるからな……もちろん、収益化はオフにしている」
「……は? なんで?」
「なんでって……救助の様子を配信して、収益を得ようだなんて……偽善者、みたいじゃないか」
すると、男は不思議そうに首を捻った。
「何を言ってる。金を受け取らなくても、お前は偽善者だろ」
「……どういう、意味だ」
思わず声に怒りが滲む。しかし、男はあくまで冷徹だった。
「だってお前、弱いだろ」
「……よわ、い?」
「ああ、そうだ」
男は頷くと、当然だとばかりに肩をすくめた。
「あんたはオークに負けるような弱者で、結局そこの男を助けることができなかっただろ? だったら善行を為せてないんだから、偽善ってことだ」
”はぁ?”
”何言ってんの?”
”は? こいつ、暁ちゃんのこと何もしらないくせになんだよ”
”暁が弱い? 十代でトップクラスの探索者なの知らないの?”
”同世代ならハルトの方が全然強いけどね”
”二階堂信者湧いてきたか”
”二階堂信者ってブスな女多いから、竜胆に嫉妬してる奴多いよな”
”何こいつ。失礼すぎる”
”正論じゃね?”
”ほんとその通りだわ”
「……確かに、私は彼を守りきれなかった。だからと言って、偽善者と呼ばれる筋合いはない! それじゃあ、弱い人間は、善行などできないとでも言うのか!」
「え、そうだろ?」
男は、あっけらかんと言ってみせる。
”はぁ!?”
”ふざけんな!!”
”おいおい、炎上確定だな”
”これは燃えるぞ”
”何だこいつ”
”ムカつく”
”いやでも、暁を守ってくれたのは感謝しなくちゃだし”
”それも金目当てなんでだろ? 感謝する必要なんてない”
”偽善者はお前だ”
”マジでこいつ誰? こんだけ偉そうなこと言うならそれなりの探索者なんだろうな?”
”私はまだ学生で、お金もないし力もないけど、クラスのみんなと協力しあって、被災地の方々に千羽鶴を送りました。弱い立場でも、できることはあります”
「そんなことはない! 私の視聴者には……あまり強い立場ではないが、皆で協力しあって、千羽鶴を送った子もいる! 弱者にだってできることはあるんだ!」
「ぶふっ!」
すると男は吹き出して、腹を抱えて笑い始めた。
私の視聴者が、笑われた。その事実を理解した時、私は折れた助骨の痛みも忘れて叫んでいた。
「何が、おかしい!!!」
男は、フッと笑って答えた。
「だって、千羽鶴って、ゴミだろ」
「……ゴ、ミ?」
何を、言っているんだ?
「ああ。被災地の人間に必要なのは、自分の生命活動を保証するもんだ。千羽鶴って……ふふ、どう考えても邪魔でしかないだろ」
「……実用的じゃなかったとしても、気持ちがこもってる!!」
「気持ち? んなのどうだっていい。その善行とやらが、いかに相手に効果的かどうかだ。お前は弱いから、あの男を守れなかった。その千羽鶴を折った人間も、結局被災地の人間に何ら力を貸せなかった、どころかゴミの処分に手を焼かせた。だから、お前らは偽善者だ。わかってくれたか?」
「……っっっ」
何か、何か言い返さないといけないのに、私の口は動かない。
コメント欄も、彼に対する罵倒だけで、具体的な反論は見当たらなかった。
すると、その男が満足そうに頷いて、再び私に手を差し出した。
「よって、お金を受け取ろうが受け取らなかろうが、どっちにせよ偽善者……いや、この場合、お金を受け取ってくれた方が俺が喜ぶから、そっちの方が善人だ。だから、今からでも収益化してくれ。ほらほら早くっ」
……一体、何なんだこの人は。
身体中が痛いというのに、それ以上に頭が割れるように痛い……ああ、もういいや、気絶しちゃおう。
「……うっ」
そして私は、生まれて初めて、自分の意思で気絶したのだった。
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