ダンジョン探索者試験に落ち底辺ダンジョン労働者になった俺、人気ダンジョン配信者を救助したら多額の謝礼金が貰えると聞いたので助けまくります〜金を要求するとこまで配信され炎上気味にバズったけど気にしません

蓮池タロウ

第1話 ダンジョン探索者の試験に落ちた


『ダンジョン探索者』


 突如世界に現れたダンジョンから得られるアイテムを売ったり、ダンジョンを探索している様を配信したりする職業だ。


 ダンジョン資源は現在進行形で日本を支えており、配信の方は、人気配信者なら同接10万は当たり前。日本の高額納税者のトップ10のうち半分は探索者だ。


 そう、ダンジョン探索者は稼げるのだ。


 唯一の関門といえば、【ダンジョン探索士】という資格が必要なことくらい。仮免許試験に受かってから、本免許試験に合格すれば、晴れてプロの探索者となるわけだ。


 ダンジョン探索者育成学校に通えば仮免は取れるので、俺は東京で一番有名な武蔵野ダンジョン高校に入学。この三年間、本免許試験に受かるため勉強を続けてきた。


 おかげで、筆記は自己採点では余裕の合格ラインを突破。実際にダンジョンに潜って行うダンジョン実施試験の方は言うまでもない……はずだったのだが。


「ないな……」


 37564。

 それが俺の受験者番号なのだが、掲示板に貼り出された番号の羅列の中に、どれだけ探しても見当たらないのだ。


 と、視線を感じたので振り返ると、俺と同じ高校の顔馴染みたちが、ニヤニヤ軽薄な笑みを浮かべていた。


 その中央にいるやつの名前だけは覚えていた。二階堂晴人だ。


「あれあれあれぇ〜? 純一くん、随分冴えない顔してるねぇ〜。あっ、すまない、冴えない顔は元々だったか!」


 二階堂は人の群れを掻き分けて俺の元までやってくると、馴れ馴れしく肩を組んでくる。

 そして、俺の受験番号を覗き込み、掲示板の方に視線を移して、わざとらしく驚きの声をあげた。


「おいおい、冗談だろう!? まさか落ちたのかい!? うちの高校で落ちたの、君だけだよ!? 偶然入学出来た無能のゴミクズだとは思っていたけど、まさかダンジョン探索者にすらなれないなんて、友人として恥ずかしいよ!」


 言葉とは裏腹に、ずいぶんと満足げな表情だ。充実感というか、達成感のようなものを読み取ることができた。


「ああ、お前がやったのか?」


 確かこいつの父親は、ダンジョン庁の重役だったはずだ。俺のような孤児の合否など、指先一つで変えることができるだろう。


 二階堂の顔から一瞬笑みが消えたが、すぐに取り繕われる。


「まさか、そんなことするわけないだろう? 君みたいな無能ほど他責思考におちいりやすいとは聞いたことがあったが、事実だったんだね。ああ、本当に可哀想だ! なぁみんな!」


 二階堂の問いかけに、取り巻きたちが頷く。二階堂は満足そうに頷くと、俺を嘲笑った。


「ああ、よかった! 君のような無能なゴミクズが万が一合格するようなことがあったら、同級生の俺にも泥を塗られるところだった! 君は人間の底辺らしく、ダンジョン鉱山で魔石でも掘り起こしていればいいよ!」


 二階堂は高笑いをしながら去っていく。俺はその背中に「またなぁ〜」と手を振ったのだった。



 ⁂



 【ダンジョン探索士】の本免許試験は、一年に一回の実施のみだ。その間ニートをやらせてもらえるほど、この世界も甘くない。


「よっこいしょ、っと」


 つるはしをダンジョンの壁目掛けて振り下ろすと、中からごろりと拳大の魔力石が出てきた。

 それを拾い上げて、アイテム袋という、空間魔法で見た目以上の収納力のある魔道具に入れる。


 ここは、ダンジョン一階層の西南に位置する地下鉱山。俺と同じアマチュア探索者がわらわら集まって、つるはしで壁を切り崩し、中にある魔力石を取り出している。


「楽は楽だけど、稼げないんだよなぁ」


 仮免許のアマチュア探索者でも、単独でダンジョンに潜る権利はある。

 しかし、この魔石をダンジョン外に持ち出すのも換金するのも、プロの探索者じゃないと無理だ。


 そこで、その権利を持つ社員を抱えるダンジョン探索会社にバイトとして雇われて、魔石を渡す代わりに、時給としてお金をいただくという中抜きシステムを利用しないといけない。


 時給は1500円。

 東京都の最低賃金1113円と比較すれば悪くないが、さっきのゲンコツサイズの魔石で約5000円で取引されると考えたら、やはり本免許を持ってた方が稼げるのは間違いない。


「今日の採掘はここまで!」


 現場監督の号令に従って、アイテム袋を乗せたトロッコを押して、ダンジョンの出口の前まで行く。

 あとは会社に正規雇用されているダンジョン探索者に任せて外に出ると、あたりはダンジョンよりも真っ暗だった。


「武蔵野、明日は何時から出られんだ?」


 先輩の同業者が話しかけてきた。とりあえず笑っておく。


「あ、いや、明日はダンジョン配信者の荷物運びの仕事っす」


「ダンジョン配信者?」


 先輩が眉を顰める。そういえば、この話をするのは初めてだったな。


「はい、高校の友達に雇ってもらってんですよ。二階堂晴人ってやつなんですけど」


「二階堂ハルト!? 今めちゃくちゃ勢いのあるダンジョン配信者じゃねぇか……そういやお前、名門探索者学校出身だったな。虚しくないのか?」


「え? 虚しい?」


「や、普通嫌だろ。同級生に雇ってもらうなんてよぉ」


「え、でも時給2000円貰えるんですよ?」


「金が稼げたらいいってもんじゃないだろ。男たるもん、プライドってのがある」


「そうっすか? でも百万貰えたらやりますよね?」


「あ?……そりゃ、百万ならやるよ」


「はは、そうっすよね」


 半年ほど働いてみて分かったことだが、世の中、大なり小なり、誰もが金目当てで働いている。やはり、俺の生き方は間違っちゃいないということだ。



  ⁂



 ここは、昨日魔石を掘った武蔵野ダンジョンの十一階層。いわゆる中層と呼ばれる場所だ。


 一階層は人間の手が入りまくり、魔物はほとんど出現しないが、二階層以降はまだ開発も進んでおらず、うじゃうじゃ魔物が生息する。


「ぷぎゃあああああ!!!」


 オークが、鳴き声をあげながらその巨大な拳をハルトに振り下ろす。


「ふっ、品のない鳴き声だな!」


 二階堂は装飾豊かな細身の剣に魔法で風を纏わせて、オークの拳を受け流す。拳が地面に突き刺さり、オークの体勢が崩れた。


「隙だらけ、だ!」


 オークの胸を一突き。ぼこり、と細身の剣からは想像できない大きな穴が胸に空いた。



”きゃあああああああああああ!!!”

”すごすぎる!!!”

”ハルくんかっこいい!!!”

”大好き!!!”

”なんでこんな盛り上がってんのwww大したことないじゃんwww”

”若手最強格って言うから見てきたけど全然だなwwwこれだったら竜胆のほうが強い”

”は?”

”少なくともアンチよりはすごいよ”

”竜胆とか、ちょっと人助けして有名になっただけでしょ”

”¥10000 ハルくん結婚して”



 すると、俺が装着するARモノクルに、この生配信を見ている視聴者からのコメントが流れる。


「「ぷひぃぃぃい!!!」」


 自分の仲間が目の前で殺された二匹のオークは、敵討とばかりにハルトに襲いかかった。


「ハルト、離れて! ファイア・ボール!!!」


 後衛の女、和泉ナナが、わざわざでかい声で宣言する。

 すると、フリルのついた杖の先から二つの炎の球が現れ、残った二匹の目掛けて飛んでいく。


「ぐぎゃあああああああ!!!!」


 しかし、直撃したのは一匹だけ。もう一つの火球は大きく外れた。



”きゃああああああああああああ!!!”

”ナナちゃんかっこいい!”

”ナナちゃんスタイル良すぎ!!”

”ナナちゃん可愛いい!”

”すげえええええ!!!”

”中層のオークを一撃で丸焦げにするとかすごい威力!!”

”インフルエンサーで魔法の才能もあるとか、天は二物を与えすぎでしょ!!”

”地雷系女が地下に潜るとか不謹慎だからやめろ”

”¥10000 ナナちゃん愛してる!”


 

「……ぷぎゃっ」


 すると、炎に焼かれて悶え苦しむ仲間を見てすっかり戦意を喪失したオークが、俺の方に逃げてくる。


 退いてやろうと思ったのだが、俺に気づいたオークは、手に持つ棍棒を振り上げ、「ぷぎゃあああ!!」と俺に突撃してくる。


「はぁ」


 俺はため息をついて、手刀、というより、力の抜けたパーの形を作る。


 そして、ひゅんと振るって、オークの胴体を真っ二つにした。


「……ぶひっ?」


 オークの上半身がどすんと地面に落ち、下半身からぶしゃぁっと血が吹き出した。



”へ?”

”うわっ”

”グロ”

”ひえっ”

”真っ二つ!?”

”五◯先生!?”

”この人誰!?”

”血飛沫でよく見えない”



「おっと」


 どうやら、魔物を追尾した複数の浮遊カメラが、俺の手刀を捉えていたようだ。


 面白いことした方がいいよな、とチ○ポを出そうとした時、カメラがくるんと回って、引き攣った笑顔の二階堂を映した。


「どうやら俺たちが弱らせてたから、雑用係でもあっさり倒せたみたいだね」



”なんだ、そーいうことか!”

”さすがハルくん!!”

”いや、いくら弱ってるからって言って、素手でオークを真っ二つにできる?”

”何、ハルくんが嘘をついてるって言いたいわけ!?”

”ハルトくんの手柄を奪うとか、マジで許せない! ネットで晒してやる!!”



「ははは……それじゃあそろそろ、配信を終わりにしようと思う」


 そして、ナナの元に歩み寄ると、彼女の肩を抱き寄せた。


「この後、ナナのチャンネルでコラボ動画が出る。俺たちの将来についての大切なお知らせがあるから、絶対に見てほしい!」



”え、距離近っ”

”大切なお知らせってなんだろ?”

”やっぱハルくんとナナちゃんがカップルダンジョン配信者になるのかな?”

”もしそうだったら一気にダンジョン配信者界で天下取れるね!”

”ここ最近イソスタのストーリーでめっちゃ匂わせしてたし間違いないでしょ”

”めちゃくちゃお似合いだよね!”

”ハルナナが一番好きだから嬉しい”

”ムリムリムリムリ”

”お願いやめて。死んじゃう”



「みんな、期待していてくれ! それじゃ。おつ晴れ!」



>¥5000 おつ晴れ!

>¥10000 おつ晴れ!

>¥20000 おつ晴れ!

>¥50000 おつ晴れ!



(おいおい、こいつらイカれてんのか?)


 上に¥のついたコメントは、このコメントをした連中が払った金額を示しているらしい。コメントをするのに命より大切な金を払うって、常軌を逸してるだろ。


 と、ARモノクルのコメントが途切れ、配信終了と表示される。

 二階堂の張り付いたような笑顔がふっと消えた。俺をギロリと睨みつけた。


「純一くん、なにをぼさっとしている。早く椅子を準備しろ」


「あ、了解」


 俺はアイテム袋の中から折りたたみの椅子を二つ取り出して置く。

 しかし、二階堂は座ろうとしない。


「何を勘違いしている。君が椅子になれってことだよ」


「え?」


 俺が首を傾げると、二階堂は懐から財布を取り出し、千円札を取り出した。瞬間、俺は即答する。


「なるなる! なるよ!」


 椅子になるだけで1000円なんて、これほどコスパのいい話もない。

 俺が四つん這いになると、ハルトは「はっはっはっ、キミ、本当に底辺だなぁ」と腹を抱えて笑うと、ナナにお辞儀をした。


「どうだい、ナナ。よかったら一緒に座らない?」


「はぁ? なんでナナが底辺弱者男性にご褒美与えないといけないわけ? きっもい」


 ナナが、フリフリの黒いスカートを手で払ってから、折りたたみ椅子の方に座り込むと、二階堂はやれやれと肩をすくめた。


「全く君は、椅子すら真っ当にこなせないのか……純一くん、君、今日でクビだ」


「え?」


 突然の宣告に戸惑っていると、二階堂は俺の背中にどすんと座り、俺の後頭部を殴った。


「何を驚いているんだい? 俺、何回も言ったよね? 配信に映り込むなって」


「ん? それって、カメラが勝手にこっちに向いたからで」


「言い訳をするなこの無能!!!」


 ごつん。二度目の後頭部殴打。


「君みたいな石ころを拾うくらいしか能のない底辺ダンジョン労働者と関わってると知れたら、俺たちのブランド価値が落ちてしまうだろうが! むしろクビで済んだだけありがたい話だ!」


「ああ、そうなんだ……わかったよ」


 まぁ、雇用主がそういうのなら仕方ない。


「だとしても、今日の分の給料と椅子代は貰うからな」


「ふん、本来はこちらが金を払って欲しいくらいだが、仕方ない……チッ、また武蔵野で配信してやがるよこの女」


 と、ARモノクルの画面が切り替わり、ダンジョン生配信が映し出される。

 どうやら二階堂のスマホで竜胆暁りんどうあきらという配信者の配信を見ているらしい。


 その竜胆という配信者は、倒れ伏せる男を守るように立っている。対するのは、体長3メートル級のオークだった。


「なんだ、こいつ、また救助依頼を受けたのか! 本来、探索者としての実力は大したことないくせして、たまたま有名配信者を助けてバズったようなしょうもない探索者は、こうやって偽善を繰り返すことでしか評価されなくって本当に可哀想だ! なぁ、ナナ?」


 二階堂の問いかけに、和泉はツインテールを構いながら眉を顰める。


「てか、単純に謝礼金目当てなんじゃん?」


「ああ、それもあるか。俺の知り合いなんか、ダンジョンで倒れてるところを底辺労働者に助けられたせいで、30万も払わされたことがあると言っていた」


「払わされた? つまり、強制力があるってことか?」


 俺が話に割り込むと、「椅子が喋るなよ!」と殴られる。

 二階堂が答えてくれそうにないので和泉に視線を向けると、彼女は舌打ち混じりに答えてくれた。


「落とし物拾った時と一緒。ダンジョンで助けられたほうは、謝礼金を払う義務があるわけ。基本、その一回の探索で稼いだお金全部持ってかれんのよ」


「ほぉほぉ。その金は、仮免でも受け取れるのか?」


「底辺労働者って言ったじゃん馬鹿? 人命救助はダンジョンから直接利益を得てるってなんないんでしょ」


「へぇ……」


 確か二階堂、一度のダンジョン配信で500万円は稼いでいると、自慢げに話していたな。


(つまり、ダンジョン配信者を助けまくったら、楽にボロ儲けできるってことじゃないか……?)


「おい、竜胆、負けそうだぞ!」


 と、二階堂が嬉しそうに叫んだ。ARモノクルに集中すると、オークの振り回した腕にぶち当たり、竜胆暁が吹き飛んだところだった。

 背景からして一階下の十二階層だけど、にしては強い。特殊個体か。


「はっはっはっ、ちょっと登録者が多いからと言って調子に乗ってるからだ!」


 竜胆暁の登録者数を見ると、200万人。

 同接も10万人を突破している。どちらもハルトチャンネルの倍だ。


 つまり、1000万稼いでるってことか……!?


「よし!」


 俺が立ち上がると、二階堂がゴロンと地面に転がり頭を強打し「ぎゃっ」と悲鳴をあげた。


 ポカンとしていたのも数刻。すぐに顔を真っ赤にして、「おい! 椅子! 何立ってるんだ!」と俺に突っかかってくる。


 俺はハルトを無視して、ARモノクルの映像に集中する。ここからちょっと走れば、一分で着くな。


「はい、これ」


 二階堂にARモノクルを渡すと、「それじゃ、俺は行くから」とクラウチングスタートの構えを取る。


 どがっ!

 

 その腹をハルトが蹴り上げたが、当然ノーダメージだ。


「なに言ってんだ! まだ仕事があるだろうが!!」


「え? だって俺、クビなんだろ?」


「それは今日の仕事が終わってからだ! 椅子代払わないぞ!!」


「…………」


 1000円と1000万円。

 当然、答えは決まっている。


「そっか。じゃ、今までありがとうな!」


 俺はそう言い捨てると、竜胆暁の元へと走りだしたのだった。

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