第20話 フライゼン城防衛戦4~ベルンハルトの十傑

 一方、兵8000を指揮するオットー中将は、ブラインファルクの兵2000を中央に寄せブラインファルク家から派遣されてきたホルスト中将と共にいた。このとき、左右に両王子を配置して横陣の構えを崩していない。


 フリードリヒ王子は大将、ベルンハルトは中将であったが城の守備を任されていたオットーが全軍の指揮を取ることになったのである。それは、どちらかの王子が指揮を取っても互いに反駁し合う恐れがあったので、オットー自ら提案しフリードリヒ王子がそれを認めたという経緯もあった。


 オットーは前面に盾兵を配置して守りの姿勢を固める。そこに敵軍の総大将が自ら先頭を駆けて突っ込んできたのだ。


 ゴットハルト率いる兵の突撃は苛烈を極めた。瞬く間に盾兵を食い破りローレンツ中央軍を切り裂いていく。特に凄まじいのはゴットハルトだった。


「はーーーはっはっはっは!木っ端、木っ端、木っ端ぁぁ!」


 そう言いながら触れる者すべてを吹き飛ばしていくのである。可哀そうなのは前線にいる兵士だった。彼の振るう巨大な矛の一振りで盾も馬も人も、もろとも両断されるか、あるいは吹き飛ばされていく。


 ゴットハルトの前に立った兵士は彼から立ち上る凄まじいオーラに威圧され、大半の者は身体が動かなくなってしまうほどだった。ゴットハルト軍の武器は彼だけではない。彼の周りの武技に優れた者たちも脅威であった。


 大隊長であるピエールは槍の名手であり、彼の槍捌きは流れるような美しさを兼ね備えている。また同じく大隊長のマティアスは剣の使い手であり、ゆっくりした動きから独特の緩急を加えたリズムで彼の間合いに入った敵は何が起こったのかわからないうちに倒れていくのだ。


 こうして将軍の左右で槍と剣を振るいながら、ローレンツ守備軍は彼ら3人の桁違いの武力に成す術も無く切り裂かれていった。


 ベルンハルト陣営では、この光景を見ていた一人の女兵士が笑い転げていた。


「あははははははっ、ねぇ見てよ見てよ!うちの兵士葉っぱみたいに飛んでるんだけど!ウケるぅ!」


 指を指して笑っている女兵士は髪をツインテールにしている。背中の剣と身体に巻かれたいくつもの短剣が無ければ街を闊歩して買い物でもしようかという女の子の風体だ。隣で腕を組んでいるもうひとりの女兵士が答える。ツインテールにしている女兵士よりも一回り身体が大きく、年も上だろう。


「ははは、滑稽だね、中央はオットーとホルストって奴か。もうすぐ届きそうだね、あいつら止められないよきっと」


 仲間の軍が、次々と突破されていく様子を見て嘲笑っている2人は周りから見れば異様であった。普通の感覚ではない。


「見て見て、あのヒゲだるま将軍の両隣にいる奴らも結構強いよ。あ、あの剣使いけっこうカッコいいかも。遠くてよくわかんないけどさぁ。ねぇ、バーバラはどう思う?」


「何言ってんのさ。敵だよ、あれ?で、もし、かっこよかったらどうすんのさ?」


 バーバラと呼ばれた女兵士は呆れながらもからかい半分で尋ねた。


「そりゃもちろん、彼氏にする!」その少女は満面の笑みで答えた。


「カミラ、あんたねぇ・・・・・・戦場で彼氏探すのはやめといた方がいいよ。断られたらどうすんのよ?」


「その時は殺す!」カミラが拳を固めて殴るふりをしてみせる。


「あんたを振って殺される男に、わたしゃ同情するよ」


 バーバラは両手を仰いで首を振る。長い髪が風にさらさらと揺れた。そのやり取りを後ろから見ていた別の兵士がくっくと笑った。笑われたカミラは、振り返ってその兵士を睨みつける。


「なに笑ってんのよ!あんたに笑われる筋合いないわ!」


 カミラは槍を背中に背負った兵士に文句を言う。それを聞いた兵士は笑いが堪え切れないといった風だった。


「いや、わるいわるい。あんまりバカバカしい話だったんでつい、な」


 まったく悪びれずに謝るこの男にバーバラがたしなめた。


「そう笑っちゃ悪いよ、ルドルフ。カミラにとっては真剣な問題なんだからさ」


「もう!バーバラまで!」


 戦場のど真ん中で笑う兵士たちは、完全に場を乱す存在であった。しかし、誰もそれを咎める者はいない。むしろ近寄りがたい存在として他の兵士たちは見て見ぬふりをしていた。彼らはベルンハルトの十傑と呼ばれる特別な兵だったからだ。


 武の力量こそ戦場を支配する全てと考えるベルンハルトは才能のあるものを全国から集めて育てていた。もちろん、貴族からだけでなく平民からも才能さえあれば十傑となる可能性が誰にでもある。そういう点では、アルスと似た考えをベルンハルトは持っている。ただし、才能の無い者にはとことん冷たいという一点を除いては、だが。


 笑っている三人の陰から、不意に声がした。振り返るとそれまで誰もいなかったそこには、また別の兵士が立っている。顔は黒い布で覆っており目だけ出している、身体も鎧以外は黒を基調としているため、忍者のようにも見えた。


「ギレ、その登場の仕方やめてくんない?毎回毎回、怖いんだけど?」カミラがまた文句を言う。


「うるさい、これが俺のスタイルだ。文句を言うな」


 怖いと言われて不機嫌そうにギレはカミラに返事をする。返事をしながら誰かを探すように周囲を見渡した。


「おい、他の連中はどこに行った?」


「知らないわ。何かあったの?」バーバラが尋ねる。


「ちっ、まあいい。ルドルフ、バーバラ、ベルンハルトさまがお呼びだ」


「え、あたしは?」カミラが自分を指さす。


「おまえは呼んでない、来なくていい」


 ふくれっ面のカミラを目の前に、そう冷たく言い放つとギレは兵士の群れの中に一瞬で消えた。


 呼ばれなかったことに不機嫌になっているカミラを尻目にバーバラとルドルフはベルンハルトの下にやって来て跪いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る