第7話 アルス軍 VS ヨーゼフ軍の戦い1(総合演習)

 演習当日。演習場に指定された会場は人と馬でごった返していた。それぞれ、持っている武器は刃の部分は潰してある。魔素による身体強化が禁止されているとはいえ、当たれば痛いのはもちろん、当たり所が悪ければ失神や怪我をする場合もある。各所に判定員がいて当たり判定をするのだが、そうした判定員も矢などに当たって負傷をするほどだ。


 演習とはいえ、形式はかなり実戦に近い。勝敗は制限時間内での両チームの残存兵数、将軍の討ち死にもしくは、拠点陥落となる。開始時間の角笛が鳴ると双方のチームがそれぞれ動き出す。演習場は上下に長い長方形の形をしており、それぞれのチームは最北端と最南端からスタートして中央でぶつかることになる。アルスチームは最南端からのスタートだった。西側には長く南北に横たわる森があり、東には丘陵がある、さらに中央には平野が広がっている。


「まるで騎馬戦で戦ってくれって言ってるような地形だなこれじゃ」アルスが独り言ちる。


 アルスは隊を騎馬134人、歩兵兼弓兵70人、他を伝令と索敵に分けた。正直、騎馬の数は動かしようが無かったので、それ以外の兵科の数を調整することに心を砕いた。


 アルスはいくつかの戦術を頭の中で描いていた。時間をかけて被害を最も抑えつつ勝つ方法もあったが、そちらを取らずに最短で決着をつける方法を選んだ。


 ヨーゼフが中央に騎馬隊を推し進めるとそれに合わせてアルスも騎馬隊を前進させた。対峙するとアルスは右翼を率いるフランツに命じて突っ込ませる。フランツは少数の騎馬兵を率いて、ある程度戦っては退き、ある程度戦っては退くというのを繰り返した。これに引き寄せられた敵左翼部隊は吸い出されるようにして前にずるずると引きずり出されていく。


 やがて、ヨーゼフ軍の左翼部隊だけが細長くフランツによって引きずり出された格好となった。そこへ待機していた予備兵力を一気に相手左翼部隊に横から突撃させ、フランツは相手左翼陣営を前後で分断してしまった。後はフランツの独壇場である。フランツ右翼部隊は瞬く間に分断された相手の左翼陣営を各個撃破していった。


「どうしたぁ?ブラインファルク家ってのはこの程度か!?まったく歯ごたえがねぇぞ!」


 フランツがヨーゼフ軍を次々と蹴散らしていきながら大声で挑発する。


「うああぁぁぁ!!」


 業を煮やした騎馬隊員が狂ったように集団で討ち取りにかかるが、フランツの剣捌きの前では数で攻め寄せても、まるで壁を相手にしているかのようだった。軽くいなされてしまい次々と討ち取られるか、あるいはバランスを崩して落馬していってしまう。


 そのうちフランツを相手にするのを恐れ始めた兵がジリジリと後退しはじめ、彼の周りには空間が空き始めた。戦場での恐怖は伝播するのも早い。兵たちの間の怯えはヨーゼフ軍左翼の防衛線を一気に崩壊させてしまった。これにより左翼陣形は形を保つことが出来なくなってしまったのだ。


 それを見ていたヨーゼフは、自軍の余りの不甲斐なさに周囲に怒りを撒き散らした。


「くそが!あんな平民出のドブネズミにでかい態度を取らせるな!おい、そこのおまえ何やってるんだ!退くな!」プライドの高いヨーゼフは案の定怒り狂った。


「右翼をあいつに向かわせろ!潰してやらねば気が済まん!」ヨーゼフが周りに命じる。


「ヨーゼフさま、お気持ちはわかりますが今右翼を向かわせてしまったら全体の陣形まで崩れてしまいます」近くにいた生徒が必死に諫めたが全く聞く耳を持つ様子はない。


「俺が黙ってあんなドブネズミに笑われてろってのか!?ふざけるなっ!早くしろ!」こう言われては言い返すことも出来ず、渋々右翼をフランツに向かわせたのだった。


「ハハハ!アルスの言う通りになったな」フランツがにやりと笑う。


 一方そのころ、ヴェルナーとエミールは歩兵部隊を引き連れ東の丘陵に陣地を敷くために移動している。途中、相手方の歩兵と遭遇戦になったがエミールの的確な射撃による援護とヴェルナーの突破力で難なく丘陵地帯を占拠することに成功した。


 これには、ヨーゼフの戦術ミスとアルスの誘導によるところが大きい。アルスは予め左翼側に旗を多く配置し、西側の森に兵を集中させるかのような錯覚を相手が起こすよう旗だけを森の中に移動させていったのだ。遠目から見れば、兵が森の中に移動してるように見える。これに釣られてヨーゼフは西側の森を警戒し、森林地帯にも兵を割かなければならなかった。


 そのため、丘陵地帯に回す兵力は薄くなりヴェルナーとエミールは難なく占拠することが出来たのだ。


 一方で、アルスは森林地帯のほうには兵をほとんど配置せず、中央と右翼に兵力を集中させることによって戦場での数的有利を戦う前から確立させていたのだ。


 さらにフランツが挑発することによって、ヨーゼフの意識が完全に森林地帯から離れたころ。結果的にはヨーゼフが行った兵力分散によって、中央と丘陵地帯に兵力を集中したアルス側の一方的な展開となった。

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