第6話 6人の部隊長

「やあギュンター、遅かったね」アルスが笑顔で出迎える。学校の一室にしては、随分狭い部屋であった。部屋の真ん中には小さなテーブルが置いてあり、その周りには簡素な椅子がいくつか散らばっている。そのひとつに寄りかかるようにしてアルスは立っていた。


「すみません、アルスさま。授業が長引いてしまいまして」ギュンターが緊張した面持ちで入って来たのを見てフランツが茶化す。


「そんなこと気にしなくていいぜ。人を呼んでおいてコイツは俺より遅かったからな」フランツの悪戯っぽい笑顔に、アルスが笑って頭を搔いて誤魔化しつつ話を始めた。


「全員集まったようだから改めてここにいるメンバーを紹介するよ。もう知ってる者もいるかもしれないけれど。まず、さっき入って来たのがギュンター・ホーンだ。」


「ギュンターです。よろしくお願いします」と言いつつ礼をする。アルスが続ける。


「そして、僕の横にいるのがフランツ・クレマン・リンベルト」


「フランツだ、よろしくな」相変わらずの悪戯っぽい笑顔で挨拶をする。


 フランツは用兵においても個人戦においても無類の強さを誇っていた。実際、剣術の実践授業でフランツとアルスは何度も剣を交えている。授業なので身体強化は無しだが、お互いの剣術の腕前は良く知っていた。


 特筆すべきはフランツの身体能力の異常さだ。アルスは幼少時から将軍であったカールから直接、徹底的に鍛え上げられてきてる。剣術の技術に於いてはアルスのほうが一歩も二歩も先を進んでいるはずだった。最初はアルスのほうがフランツを圧倒していたが、フランツは持ち前のセンスだけでアルスの剣先をギリギリでかわし、最小限の動きで的確に急所を突いてくるようになってきている。


 しかも、この一年でフランツの剣の技量はさらに伸びていた。アルスは身体強化を使用しない条件下では、フランツとの個人戦においてこの1年ほとんど優劣が付かないほどに拮抗している。


 順に自己紹介が進んでいく。フランツ、ギュンター、ヴェルナー以外に部隊長として新しく就任したのは3人だった。


 弓の名手であるエミール・モーリスは体格こそ小柄であったが、かなりの遠距離からでも風を読んで正確に的を射抜くことができる。また、戦場全体を見渡せる目を持っている。また、弓隊が最大の効果を発揮する場所をよく知っていて戦場全体を走り回りながらそうした場所をいち早く確保できる機動力も彼の武器のひとつだった。


 エルンスト・クラウゼンは美しい黒髪を後ろで束ねており、その後ろ姿は一枚の絵になるような美男子だ。幼少時から槍一筋に鍛錬してきた生徒であって、個人大会でも槍の部門では優勝している。槍はリーチに優れた武器であり、特に馬上では槍は有効な武器だ。


 また集団戦においても、彼の用兵は特に攻め込まれたときに目を見張るものがあった。大抵の者は苦境に陥るとそのまま陣形が崩れてしまうのだが、エルンストの場合は陣形の綻びを発見してから修正するまでが早くなかなか大崩れしない。劣勢状態からでも、度々押し返すような抜群の安定感を誇っていた。


 ガルダ・シュミットは髪は短く刈り上げてあり、身長が高く身体も大きい。服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉は他の生徒を威圧するに十分な迫力であった。戦斧の使い手として有名である。元々は大剣で戦っているスタイルであったが、集団戦で最も力を発揮するために戦斧に切り替えていた。圧倒的なパワーでなぎ倒していくタイプである。


 性格は直情的な傾向があって、カッとなると突っ込んでしまうところがあるが、活躍する適切な場所さえ与えてやれば突破力を大いに活かせることができるとアルスは評価していた。


 全員の自己紹介が終わってアルスが口を開く。


「さて、今回の総合演習は僕らが勝つために君たちに部隊長をお願いをして集まってもらったわけなんだけど」


 アルスが真面目な顔をして続ける。


「実はもっと先のことも考えてるんだ」


「先のこと?」ガルダが腕組みをしながら野太い声で反応する。声を発するだけで迫力がある男だ。アルスはガルダに問いに頷いた。


「僕はこの国を変えたいと思ってる。そこで君たちに力を貸して欲しいんだ」


 全員の表情が俄かに変化するのを感じながら、静かにアルスは続ける。


 ローレンツという国は東にルンデル、ヘルセ、西にレーヘ、ハイデと二重三重に囲まれている。特に最近は東の国境でルンデルとの小競り合いが激化している。西のレーヘとは表向きは同盟関係にあるといえるが、その実態は宗主国と属国のような関係だ。とてもじゃないが、信頼できるような関係とはいえない。


 そのような状況下で、国内では貴族同士が狭い領土内で権益を争っている。アルスは、ここ数年以内にバカな貴族たちの利権争いによって国が危機に陥るのではないかと危惧していた。


 そんなのに巻き込まれるのはご免だ。しかし、第四王子であるアルス本人には立場が王族であるという以外、なんの力もなかった。国内で影響力を持つには、軍功を重ねて力を伸ばすのが手っ取り早い。だが、アルスひとりでは無理な話であった。そこで、信頼できる仲間と共に直属部隊を設立することを考えていたのだ。


 アルスはローレンツの現状と問題をひとつひとつ丁寧に説明していく。そして、最後にその場にいたひとりひとりの目を見て頼んだ。


「君たちの力を貸して欲しいんだ」


 アルスはここまで話すと大きく息を吐いた。アルスの話を黙って聞いていた彼らだったが、フランツが最初に反応する。


「俺はアルスにつくぜ、この国をひっくり返してやろうってんだろ?お前がそう言うなら、このまま叩き上げとしてやっていくのも面白そうだしな」


 フランツが亜麻色の髪を揺らしながらいたずらっぽく笑う。それを聞いていたギュンターとヴェルナーはお互い目を合わせて頷く。


「私たちもどうせ戦場に出なければならないなら優秀な上官の下で戦いたいと思ってましたので、アルスさまが部隊を立ち上げるというなら願ってもないことです」ギュンターが代表して賛意を表す。


「お役に立てるなら」とエルンストは言い、手を胸に当てた礼をした。


「はっはっは!なるほどな、殿下はよく目が見えていますな。ここに集まったのはみんな平民だ。殿下は俺たちの出自じゃなくて能力で判断したってことです。なら、俺は当然殿下の下で働きたいですな」ガルダが豪快に笑い飛ばした。


「エミール、君はどうだい?」それまで黙っていたエミールにアルスが問いかける。


 問われてエミールは少し言い淀んでいるようであったが、やがて意を決したように話した。


「僕の父親はルンデルとの戦で討ち死にしています。それも貴族である上官命令で、劣勢であるにも関わらず撤退が遅れたのが原因だと聞いています。その、アルスさまであればそんな時どのような判断をなさいますか?」


 そう問われたアルスは少し考えてから口を開いた。


「そうだね。僕は、負ける戦なら迷うことなく逃げる」


「逃げる・・・・・・?」


 驚いたエミールと周囲の反応にアルスは思わず笑った。戦場において上官は、どんな時においても逃げるという言葉は使わない。士官学校の教官たち曰く、「勇退、撤退、それ以外は敵前逃亡だ」と常日頃から言っている。逃げるなど論外である。それをこの若い王子は、さらっと「逃げる」と言ってのけたのだ。この時、驚かずに笑っていたのはフランツぐらいである。


「うん、逃げる。というか、僕ならそもそも負けそうな戦はしない。エミール、戦で最も簡単に勝つ方法はなんだと思う?」


「ん・・・・・・10倍の戦力を用意することですか?」


「戦略的な意味でいうのなら、この総合演習は児戯に等しい。そもそも相手と同数の兵力で戦うこと自体が稀だし、食料の輸送という概念すらもない。戦術レベルで簡単に勝つことを狙うという話であれば僕なら相手の糧食庫、もしくは輸送ルートを潰す。もっとも、一番簡単なのは戦わずに勝つことだね。方法はなんでもいい、同士討ちでも敵国の政情を不安定化させて継戦能力を奪うでもいい」


 エミールは黙って頷く。もしアルスの答えが彼の求めるものと違っていたなら、彼は断るつもりでいた。アルスが作る直属部隊に入るというのは、戦場に於いて自分の命をアルスに預けることを意味する。その意味で、アルスの答えはエミールの予想を遥かに上回るものであった。


「少なくとも、エミールの御父上の上官みたいにはならないよう努力するよ」アルスはそう言って笑った。


 その後、総合演習の配置や作戦についてアルスから詳細な説明があったが、それほど時間はかからなかった。相手の将軍役はフランツが1年生の時に絡まれたヨーゼフ・フォン・ブラウンファルクであるが所以である。


 ローレンツ最大の貴族であるブランファルク家の子息が将軍役を務めるというのは、明らかに実力ではなく、家の圧力によるものだろう。実力に見合ってない者が将軍役になっているということは誰が見てもハッキリとしていた。


 そこでアルスは、他のメンバーと動きの確認をして後は相手の布陣に合わせて指示を出していくということで決まった。


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