第3話 無限の魔素の力を手に入れる
アルスは朝の謁見が終わった後ですぐに城内の図書室に向かった。事実を伏せてあったことで、場の空気を悪くしてしまったことに後悔の念を感じていた。自分が隠した事実は正解であってほしいという願いから、洞穴であった出来事の真相を早く突き止めたい気持ちに狩られたのだ。
図書室に入ると無数の本や書物が彼を出迎える。本が置かれた棚のタイトルを見ながらそれらしい棚を片っ端から見て回った。1時間が過ぎ、2時間が過ぎてもそれらしい記述の本は見つからない。お昼を挟んでもう一度図書室に籠って探し始めてから数時間が過ぎようとしたころだった。図書室の奥に置かれた棚にボロボロになった歴史書がアルスの目に留まった。パラパラと数ページめくってみる。そこには洞穴で見た文字によく似たような文字が書かれてあった。
「これだ!」思わず叫んだアルスはその場に座り込んで読み進めていく。
本の内容は現在からおよそ700年の昔に大陸を支配していたファニキアという大国について語られていた。その中でも魔素についての記述に興味深いことが書かれている。魔素のことは誰でも認知している。空気中にも身体の中にも一定量存在していて、身体強化をする上で欠かせない要素だ。重いものを運ぶときや畑仕事なども含めて日常生活には欠かせない。特に戦時においてはこの魔素の使い方次第で勝敗が決まると言われているほど重要な要素である。
この魔素という存在を700年前の国であるファニキアは現在より遥かに高い技術で結晶化するということに成功していたとのことだった。これってつまりあの大きなクリスタルの結晶は魔素の塊だったってこと?じゃあ、あの中に封じ込められていた膨大な魔素が僕の中に・・・・・・?
さらに読み進めていくと結晶化した魔素を当時は色々なものに活用していたことが分かった。道具や武器に刻印石として埋め込むことで耐久性や性能も上げられたこと。さらには農業にも使用されていたことなどがわかったが、詳細までは記されていなかった。結局ファニキアの王族同士による内紛が原因で国が崩壊してしまったこと。結果としてそうした技術は失われてしまったこと。そして、この大陸のどこかに魔素の結晶がファニキアの一部の王族たちの手によって隠されたこと。魔素の結晶はその子孫のみが解放出来ることなどが書かれていた。
アルスは思わずゴクリとつばを飲み込んだ。自分が触れたクリスタルがきっとその結晶に違いないということがわかったからだ。僕が近づいたから光ったのか・・・・・・?いや、ローレンツがファニキアと繋がりがある?
しかし、それ以上のことはその本からは何もわからなかった。壁の書かれた文字が読めればいいのだけど。今度は古代文字の解読に必要な本を探さなくちゃな・・・・・・・。
次の日からアルスは図書室で古代文字の読解に必要な本を探しながら、身体に取り込まれたはずの魔素の使い方を調べ始めた。魔素を使うときには身体に巡る魔素を流すイメージを持つことが大事だ。魔素を使うことによって身体能力は飛躍的に上がる。持続時間は人それぞれだがおおよそ20分程度が平均とされている。それ以上は体内の魔素が切れてしまい、無理をすれば気を失ってしまう。魔素がある程度回復するまでは、身体強化はできなくなってしまうのだ。体内魔素量は生まれたときから決まっており、訓練などで増やすことはできない。
だからこそ、魔素の使いどころが勝負なのだ。ここぞというタイミングで魔素を使うことによって勝敗が決するというのはこの世界の常識だ。
ところが、アルスが魔素を身体に巡らせると身体能力の上がり方に頭のほうがついていかないという事態になってしまった。魔素を身体に流し込むと走り出しただけで転んでしまう。アルスはこれまで、身体強化をしても僅かに向上するだけだった。だが、魔素を巡らせた今のアルスの身体は、頭が予想しているより数十倍も身体が動いてしまっている。以前とは比較にならないくらいの身体能力の向上に感覚がズレてしまったのだ。
例えば、走り出した瞬間には足が跳躍しているので着地の瞬間がわからなくなってしまい足をジタバタしているうちに転んでしまう。また、体内から魔素が湧いて出てくるような感じで、魔素を使い続けても一向に枯れる気配が無かった。これはアルスにとって驚くべきことだった。
この世界には極めて稀に、極大の魔素量を持って生まれる人間がいる。そうした人物は、すべからく国の英雄や伝説として語り継がれる存在となっている。逆にほとんど魔素を持たない人間も稀にいる。まさにその一人がアルスだった。
※※※※※
「魔素無し王子、我が国の恥だな・・・・・・陛下の嘆きは如何ばかりか・・・・・・」
アルスが10歳の時だ。剣の御前試合に臨んだアルスだったが、最初の試合でボコボコにされてしまった。試合開始直後までは優位に進めていたのだが、身体強化が切れた途端に相手の動きについていくことが出来なくなってしまったのだ。相手は自分より2歳年下の8歳の少年だった。こうして、聞こえよがしに父王の側近にまで将来を危ぶまれ、それ以来アルスが衆人の前で剣を交えるようなことはなくなった。
そうしたことがあるたびに、前世の経験がアルスに嵐のように頭に囁きかける。「逃げろ、逃げてしまえ、死んで楽になれ」という声が降りかかる一方で「逃げるな、逃げるな、また逃げるのか?」という声も聞こえる。そして決まって最後は母親の張り付いたような陰鬱な笑顔が、不気味に彼に迫るのだ。
「逃げたくない!もう嫌だ!逃げるのはもうたくさんだ!」
こうして半ば脅迫的にアルスは立ち上がり、何かに憑かれたように、より一層鍛錬に励むようになっていった。
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