第2話 父王への報告

「アルスさま―!」遠くで声が聞こえる。しまった!アルスはハッとして急いで洞穴を後にした。供の者に再会した後はすぐに城に連れ戻されることになった。


 「いったい今までどこにいたのですか!?どれほど心配したことか、もう少し帰りが遅ければ捜索隊を組むことになっていたんですぞ!」こう問い詰めるのはカール・フォン・ハンス・オスターだ。将軍職を引退した老年の男だが均整の取れた身体付きからは、今なお鍛錬を続けていることが見て取れる。とても職から離れた将軍とは思えないほどだ。将軍を引退してからは、王太子たちの教育係を買って出ておりその厳しさは王太子たちの教育方針にも表れていた。


 カールは腕を組んで人差し指をトントンと腕の上でリズミカルに叩いている。彼が完全に怒っているときのしぐさだ。参ったなぁ・・・・・・


 アルスは今日起こった出来事をどう説明したらよいか思案を巡らせていた。そして色々考えた挙句、今日の出来事は伏せておくことにした。とても信じてもらえそうもなかったし、とてつもないことをしてしまったような後ろめたい気がしたからだ。そして皆に迷惑をかけたことを素直に謝った。


「心配をかけてごめんなさい」結局、木の根っこに足がかかってしまいそのまま転んで気を失っていたことにした。カールはため息をつき、呆れながらも無事でよかったと安堵したようだった。


「アルトゥースさま、明日は陛下にも無事であったことをしっかりご報告なさるのです。あなたもローレンツの将来を支える柱になるのですからな」


 アルトゥースとは僕のことだ。だけど、僕はこの名前があまり好きではない。だから正式な場でない限り、親しい周りの者には「アルス」と呼んでもらっている。


 明日は父上に報告か・・・・・・自室に戻った後はベッドに転がったまま頭を搔いた。咄嗟に出た嘘とはいえ、もう少しまともな理由にすればよかったな。今さらながら自分の言い訳が情けなくなってきた。父上や兄上たちの失笑を買うのは必至だからだ。考えてもどうしようもないな。アルスは首を振ってベッドから起き上がった。


 今日起きたことをもう一度振り返ってみる。あのクリスタルの光、何か得体の知れない力を感じた。それにあの文字は一体何だったんだろう。現代の文字でないのはハッキリしていたが、どこかで見たことがあるような気がしていた。


 ただ、記憶を辿ってみてもどこで見たのか、もしくはただの勘違いか・・・・・・。わからないことだらけだ。ふーっと息を吐きながら天井を見つめる。「とにかく明日の報告が終わったら調べてみよう」



 次の朝、謁見の間にはアルスと王太子たち、そして父であるルドフ・フォン・アーレ・ド・ラ・ローレンツ王の姿があった。


「いえ、ですから木の根っこが思ったよりも大きくてですねぇ・・・・・・」必死に言い訳をするアルスだったが、聞いていた王は手で顔を覆って溜め息をついていた。


「おまえというやつは・・・・」それを聞いていた侍女が可笑しくて可笑しくてという様相で笑いを堪えている。


「ハッ!バカかこいつはっ!ただの下見に行った奴が木の根っこでこけて気を失ったなんて話が洩れたらローレンツの恥さらしだっ!おまえなんかそのまま大人しく野垂れ死んでおけばよかったんだよ!」と嘲笑するのは第二王子のベルンハルトだ。王太子兄弟の中では一番背が高く、鍛え上げられた肢体には惚れ惚れするがアルスにとっては苦手な兄であった。


 ああ、あれ多分本気で思ってるんだろうな。ベルンハルト兄さんの性格の悪さは今に始まったことじゃないけど、実際言われると結構へこむなぁ・・・・・・。でも普通あそこまで言うかなぁ。まぁ僕が悪いと言えば悪いんだけどさと心の中で舌を出した。


 第二王子のベルンハルトは剣術において右に出る者はいないと言われたほどの腕前であり、やがてはローレンツの軍の中枢を担うことを期待されていたが、感情の起伏が激しく気性が荒いことで有名であった。


 アルスの心の葛藤を読んだのか、長兄のフリードリヒ王子が窘める。


「まあまあ、経過はどうあれ無事に帰ってこれてよかったよ」と笑いかけた。


 フリードリヒ兄さん!アルスが心の中で感動していると、すかさずベルンハルトが返した。


「兄貴がそうやって甘やかしているからコイツがダメになったんじゃないのか?」と冷たく突き返した。そう言われて肩をすくめるフリードリヒ。


 ベルンハルトとフリードリヒの仲も決してうまくはいってなかった。長兄であるフリードリヒは文武に秀でていて優秀であり、また性格も穏やかで人望も厚い。その優秀な兄と常に比べられてきたベルンハルトは兄に対して嫌悪感を抱くようになってしまった。


 そのことが原因かわからないが、幼少時には明るい性格であったベルンハルトは次第に言動が荒れるようになっていったという。しかし、この時の僕にはベルンハルト兄さんが歴史に残るような大事件を起こすなど予想もつかなかった。


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