stage.21「ほんとサイテー!! 串焼きにするよ!!??」
「ソレイユ!?」
青空は、落日の如く大海原に吸い込まれていく友人を見上げて額に汗を浮かべた。反射的に足を踏み出したが、後方から響く豪快な足音に振り返る。
「うわぁ!? サイが突っ込んでくるぅ!!」
ギャロップ走法で迫りくる鋼鉄のサイが瞳に飛び込み、青空は腕を縦横無尽に振り回した。
「違うって!! わたしは敵じゃなく……ぅええ!!??」
股下を角で容赦なくすくい上げられ、うら若き健康的な身体が宙を舞う。青空は一回転して金属質な背中に腹ばいで着地した。
「ふえっ!」
――いいね、運んでくれるみたいだよ。
「ならもっとしずかに~~~~~!!!!」
サイは青空の体を激しく揺さぶりながら、船着き場に向かってひた走る。涙目になり必死でしがみついていると、なにやら興奮した声が轟いた。
「ぬぅぉおお!! 天使の使い魔がやってきたぁぁ!!」
「おい西城、あぶねえって!」
目を回しながらも青空はふたつの人影に気付く。ギャリギャリと波止場に停止したサイに、少年のような瞳で駆け寄る
――うわ、この人。亞獣と戦ったときに叫んでた先輩だ……。
「かっくいいいぃぃ!! 鋼鉄のサイ……『アイアンセラス』と名付けよう!!」
「ちょっと黙ってろ」
「いたひっ!?」
ヒロミは恒例の平手打ちを繰り出し、西城を鎮圧。自室で虫と遭遇したかの如き表情で固まる青空に、そっと手を差し伸べるのだった。
「キミ、降りられる?」
「え!? はい……ありがとうございます」
――わわ、西城先輩はともかく呂井先輩ってかっこいいなぁ……。さすが非公式ファンクラブができるだけあるよ~!
「その制服、キミも龍ケ岡の生徒かい?」
「はい! 波蛇青空、2年生です。先輩たちはどうして」
「あー、ちょっとこの馬鹿に健全な遊びってやつを教えてたんだけど……」
「まさに運命!
眼鏡をきらり光らせ、上体を大きくのけ反り、両腕を広げる西城……を見下ろす青空とヒロミの目は家畜に向けるそれである。
「あはは……」
頬を引くつかせ青空が溜息をついたそのとき、爆音とともに海上に巨大な水柱が立ち昇った。その
「ソレイユ!」
水しぶきを飛ばしクルクルと前方に回転しながら降下し、彼女はシュタッっと3人の前に降り立った。変わらぬ笑顔で敬礼のようなポーズをとるソレイユを見て、青空は胸を撫でおろす。
「たっだいま~☆」
「ふっ、天使の帰還というわけぐはぁっ!???」
だが、安心したのもつかの間、青空の瞳は大きく見開かれた。そして、髪をかき上げソレイユに振り返った西城の目は、ヒロミにより亜光速で眼鏡が食い込むほど覆い隠される。
「おまえは見るな!!」
「ぐああああああ!! 目が!! 目がぁぁぁああああっ!!!!」
「やば☆ まじウケる☆」
「は、はやく隠して!!」
「?……どしたん、アオ、ち……んっっ」
狼狽する西城の姿にけらけら笑っていたソレイユだったが、青ざめた青空の視線を追いかけ、ゆっくりと自分の体を見下ろし、一瞬で顔を沸騰させた。
「な……なんじゃこれぇぇええええ!!??」
それもそのはず、黄のラインが入ったレオタードは海水を吸ってスケスケになり、向日葵の張りのある麗しき肌が露わになっていたのである。少女は即座にしゃがみ込み赤面した顔をぷるぷる震わせた。
「もうやだ~~!! アオちん、たすけて~~!!」
「わわわ! なにか羽織るもの……」
――なるほど、興味深い羞恥心の形態だね。
「はぁ!!?? まじフザケンナし!!!!」
「ほんとサイテー!! 串焼きにするよ!!??」
――ごめん……。
冷静に分析するノンデリスネークに2人が罵声を浴びせていると、のっそりとアイアンセラスが近づく。
「え、なになに!?」
「ちょ、今はやばいって!!」
巨大な角がソレイユの顔に影を落とし、彼女は千切れそうなくらい首を振った。
「むりむりむり~~~っ!! じゃれつくのはあと……に……?」
動転する少女たちだが、一角獣は乙女の前に厳かに跪き、その瞳を琥珀色に輝かせる。光は流れるように全身に広がり、サイの体はバラバラに分かれた。パーツに戻った鉄サイはソレイユの周囲を漂い、次々と体に装着されていく。
「守ってる……の?」
「お、おお? めっちゃいい子じゃん☆ ヨシヨシ」
全ての装甲を纏い、重厚な甲冑の姿に戻ったソレイユは立ち上がり、肩の角を優しく撫でた。
「う、でも中はビショビショでちょっとキモイ~……」
「濡れちゃったもんねー……」
――変身を解除すれば元に戻ると思うよ。あ、正体はバラしちゃだめだからね。
「マジ? じゃーさっさと人のいないとこに」
「もう大丈夫かい?」
二人は振り返り、眼球を潰す勢いで西城の顔を抑えつけているヒロミにサムズアップを送る。
「先輩、ナイスです」
「あんがとー!」
「いいよ、当然のことをしたまでだ」
「せ、世界が漆黒に……!?」
ふっとほほ笑むヒロミの姿に2人はうっかり見とれてしまうが、ソレイユは首を振って駆け出した。
「じゃ、あーしはもう行くから。バイバーイ」
ソレイユは笑顔で手を振り、亞獣が現れた通りに飛び去っていく。鎧に包まれた雄々しい背中を目で追いかけると、建物の向こうの山に夕日が今まさに姿を隠すところだった。夕焼けに溶けていくソレイユをぼうっと見つめる青空に、ヒロミが遠慮がちに話しかける。
「青空ちゃん、キミはアイゼツティアと知り合いなのかい?」
「え!?」
唐突かつ、鋭い質問に青空の声が裏返った。
「仲良さそうに話してたからさ」
「某も気になりますぞぅ!!」
見透かすようなヒロミの澄んだ瞳に見入られ、青空はもじもじと指を合わせて視線を泳がせる。
「え、いやー知り合いっていうか~……あっ! 大地! 友達……が心配なので行かなきゃ!!」
わざとらしく手を叩き走り出した青空の背中を見つめて、ヒロミは首を傾げた。
「あの、ヒロミ氏……? そろそろ目が限界なのだが……。あと、無視しないで」
「うっさいっ」
ヒロミは眉間にしわを寄せて、そのまま抑えつけた手で西城をぐいっと引っ張り全身で締め上げる。
「いたひぃぃいいいいいいっ!?」
哀れな男の叫びは、黄昏の海原に飲み込まれるのだった。
♡ ♡ ♡ ♡
「あ~、失礼なことしちゃったなぁ~……」
深いため息をつきながら青空は通りに向かって走る。
「でも、大地が心配なのは本当だし……」
ぶつぶつと呟きながら走っていると、救急車が止まっていることに気付き立ち止まった。
「まさか……っ」
脊椎から全身が凍り付いていくような感覚を振り払い、松に手をついて対岸に目を向ける。果たして、数名の救急隊が大地を抱えて担架に乗せていた。が、意識ははっきりとしており黒服の男となにかを話している。
「よかった……元気そう」
――あの男、どこかで……。青空、近寄ってみよう。
「う、うん」
声をかけるべく青空は一歩踏み出した。しかし、それ以上進めなかった。
「また無茶なことを……ワタクシ……ワタクシ心臓が止まるかと思いましたわ!」
涙を流したヘレナが大地の手を握っていたからである。
「悪かったよ。もうしないから」
ヘレナの髪をそっと撫でる大地の優しい眼差しが、青空の心を締め付けた。
「だから、泣くなって」
優しく語りかける幼馴染の声が、今は凶刃となって少女の身を引き裂く。
――ああ、わたし……サイテーだ。
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