駅員と女
堕なの。
女
しとと、雨が降る。それは無彩色の地面に落ちて赤黒さを増す。窓枠から僅かに取り入れられた光だけが頼りになる場所で、大量の遺体と赤に囲まれて女は立っていた。
女は全ての遺体から右耳を切り取って袋に入れていく。その手は慣れていて、初犯ではないことが伺える。
それが終わったら、女は徐に服を脱ぎ出した。赤の付いた、着こなされたスーツが女から剥がれ落ちていって、冷たい風に赤みを帯びた肢体が現れる。その神聖を目に収める者はこの場には居らず、惜しげも無く柔らかな輪郭が晒された。
最後に翡翠のピンヒールを脱ぐ。手で靴を抑えて踵が靴から外れ、形の良い足先が顔を覗かせる。足先まで白く滑らかな肌を地に付けないように、飛び散った赤を避けて足を置いた。
女は不浄な衣類を袋にしまって、真っ白なワンピースを着た。そして袋を部屋の隅に置いておいた鞄に入れ、この場を後にする。女の右手人差し指と爪の間についた赤を指摘するものは誰も居なかった。
ビルから出ると、落ちかけの日が赤く染まっていた。口から上がる息は白く染まって、女の長い髪が風に揺れる。それは一瞬女の視界を奪った。
女は手で勢いよく髪を払う。そして周囲を見回した。誰も居ないことを確認して、輪ゴムで髪を束ねる。浮いて、絡まって、雑に入り乱れた髪を更に混ぜるように弄った。また、女の睫毛も上瞼も落ち気味で、どこか気怠さを纏っていた。
女は酩酊しているかのような覚束ない足取りで人気のない道を進む。一人分の足音だけが両側のビルに響いて、孤独な呼吸音すら聞き取れそうな静寂に包まれていた。冷たい音と、僅かな人の生きる音。無機物の中で混ざりあったそれは、冷たい音として抽出される。女の細い息も、生気を感じられない一端を握っているのだろう。
通常、人は呼吸をする時多かれ少なかれ肩が上がる。運動後であれば、荒い息とセットになって訪れる。女も、ビルの中にいる間は動き回っていたのだから、運動ごと同じ身体反応が現れるはずである。それに、アドレナリンも出ていて良いはずだ。にも関わらず、女の体からは生気を感じられなかった。
酩酊したような足取りは、失いかけの意識を辛うじて支えている。女は右に左に揺れて、道の端で倒れた。それすら音は静かで、女を隠しているかのようだった。
橙色の建物の中に白いワンピースの女。それは鮮烈な赤が広げられたパレットに水で薄められてもいない白が乗せられるような、そんな疎外感を醸し出していた。
女はまた立ち上がって、歩き出す。目的地はもう目の前だった。
女は駅についた。駅のホームのベンチに身を投げ出して、目を閉じる。そして規則正しい寝息を立てて寝てしまった。
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