勇者譚

 季節は何度も移ろい、エリオットとウィスは十三歳になった。勇者覚醒まであと二年に迫る。 

 世界各国の首脳や、勇者対策本部は、喫緊の課題に対応することで手一杯だった。各国は勇者に関する情報に対し、関係者に箝口令を敷いていたが、やはり情報は洩れるもので、勇者の存在と脅威が一部の人々に広がり、世界経済は恐慌へと傾いていく。

 魔物の繁殖においても、魔が魔を呼び新たな魔物が各地で出没し始めた。エルサント共和国などは、やむをえず、魔物養殖所を解放せざるをえなくなり、森林や平原ならず街道まで少しずつ魔物が溢れ出した。そういう国は他国との交易も少なくなり経済も回らず、さらに困窮していった。


 ビルダーナ王城に入ってくる馬車には、オルガノフ帝国から派遣された新進気鋭の作家、トラステリア・ゲオが乗っていた。クロード・オルガノフから直々に指名された彼女は、この日を待ちわびていた。

『世界を股にかけた勇者譚を作り上げて欲しい』と命じられたのだ。

 自分の世界観が広がるきっかけになる。そう考え彼女は、二つ返事でこの命を受け入れたのだ。魔物が跋扈するエルサントを回避して海賊が出現するオルビス大海を無事に航海出来たのは僥倖だった。

 馬車は城内の馬車回しの途中で止まり、外から扉が開かれた。そして踏み台が置かれ、彼女は騎士の手をとって石畳に足を付け王城を見上げた。

 ここから全世界を回るのだ。

 彼女は期待に胸を膨らませ、胸中は小躍りしかねない勢いだった。

 騎士に先導されながら、トラステリアは意気揚々と歩を進めた。重厚な扉の前まで案内され、騎士によって入室を促される。そこのテーブルには上座にクレイトスが座り、左右にグレイズ王国の作家ブルーノ・カンバルクと、エルサント共和国の同じく作家であるセプロ・カウンスタがすでに座っていた。

「遅くなりまして、申し訳ございません。クレイトス国王」

 トラステリアは深々と頭を下げ、慌てて空いていたブルーノ・カンバルクの隣に座った。

「いや、構わない。今、二人が着席したばかりだ」

 クレイトスは笑顔で返す。

「名前はトラステリアだったね」

「あっ、はい、トラステリア・ゲオと申します」

「私はブルーノ・カンバルクだ。そなたの名声は聞いている。なかなか面白い作品を作っているそうだな」

 顎鬚に白が混じった男が、アルカイックスマイルを見せた。

 向かいに座る男も笑顔を見せる。

「エルサントのセプロ・カウンスタだ。ゲオ女史の『女王の蜘蛛』は見に行ったが、とても面白かった。何よりも着想が良い」

 トラステリアより十五、六歳ほど老けて見えるセプロも続いて挨拶をした。

「ありがとうございます。お二人の御高名は、かねがね伺っています」

「では、揃ったところで早速本題に入ろう」

 クレイトスは室内にいる女中に目配せした。彼女は一礼して退室する。

「おそらく自国の首脳から聞いていると思うが、今回集まってもらったのは世界を回って、現実味のある勇者譚を作ってもらいたい。自分が勇者になったつもりで、世界中を回って三者三様の勇者譚をだ」

 クレイトスの右に座るセプロが問う。

「フィクションでは駄目なのですか?」

「駄目だ。今、この世界の情勢を後世に残すという意味合いも含んでいる」

「なるほど……」

 ブルーノは腕を組んで唸る。

「三者三様にする必要があるのですか?」

「ある。それぞれの個性を見たいのだ。違う視点から見ると、また違った情勢が分かってくると思う」

 嘘も方便だ。

 丁度その時、扉が三回ノックされ、先程の女中がワゴンを押して入ってきた。

「お茶をお持ちいたしました」

 ポットの中身をカップに注ぐと馥郁たる香が部屋に漂う。四杯を注ぎ終わり各々の前に置かれた。角砂糖とミルクポッドも置かれた。

「どうぞ」とクレイトス王が促す。

 トラステリアが一口含みクレイトスに訊ねる。

「旅費の方はどうするのですか? まとめて持っていくと盗賊に会った時とか……」

「いいや、各国の首脳に会って、その時に経費を貰って欲しい。私のほうから各国首脳に通達を出しておく」

 三人の作家に安堵を含んだ喜びの表情が見えた。

 確実に後世に残る作品を作らせてくれる出資者がいることに、作家としての本分が刺激された。

「このビルダーナ王国から物語を書き始めて欲しい。もちろん国内で必要な経費は私が持とう」

 クレイトスは女中に手を上げた。すると奥の机に置いてある三枚の巻物を持ってくる。王は受け取ったそのうちの一枚を広げた。

「これが世界地図だ」

「世界地図ですか!?」

 ブルーノは思わず立ち上がり叫んだ。トラステリア、セブロも思わず身を乗り出す。

 全世界を測量して一枚の紙にまとめたものは、あまりにも希少で、上流階級や王族、一部の商人にしか出回っていないものだった。それには各国家の名前だけでなく、都市の位置や都市名も書いてある精緻な物だった。

 トラステリアは世界地図を食い入るように見つめる。

 地図はオルビス大海を中心とし、上部に今いるビルダーナ王国。時計回りにグレイズ王国、アスラ運河を挟んでブランノール法治国、エルサント共和国。イツツクニ海峡を越えるとイツツクニの孤島。二カルス海峡を渡りオルガノフ帝国、ジラール連合国と続き、ザルト海峡を渡るとビルダーナ王国へと戻る。一つの運河に三つの海峡、四つの大陸、七つの国が輪のように並んでいる。

 三人の作家は世界地図をしげしげと見ていた。彼らの頭の中には色々な物語の草案が浮かんでいた。

 クレイトスは咳払いをすると、その三人は現実に引き戻された。

「この世界地図を各々に渡す。世界を回り勇者を中心とした物語を作って欲しい。出発はこのビルダーナからだ」

「畏まりました。後世に残るような作品を作って参ります」

 ブルーノは恭しく言い、トラステリアとセプロも深く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る