ウィス・コランドリ

 秋も深まり、スワリの丘からの景色が移ろい色づき始めた頃、マナの出力加減をコントロール出来るようになったエリオットは、自宅の庭で落ち葉を風で掻き回していた。紅や黄色に染まった葉がエリオットを中心に舞い上がり、風の束縛から放たれた葉が、雪のようにひらひらと舞い降りてくる。すぐにエリオットは、その技術を自分のものにしていた。休日でも練習していい、とクラーレから許可を貰った彼は、鼻歌を歌いながら指先を回していた。

 そんな彼を立ち止まって見ている女の子が、柵の向こうにいた。エリオットと同じ歳ほどのその子は、目を輝かせながら、その落ち葉の舞いを見ている。エリオットと目が合ったその子は表情を元に戻し、しがみついていた柵から一歩下がった。金色の髪を二つ結びし、透き通るような青い瞳が上目遣いでエリオットを見ている。ただ、薄汚れた服装から生活水準を窺わせることが出来た。

「やあ」、と風の魔法を止めたエリオットは手を上げて、その女の子に挨拶した。

 その女の子は小さく会釈を返した。

「この辺に住んでいるの?」

「う、うん」

 魔法を止めたエリオットの周囲に、風で巻き上げられた色とりどりな枯葉が落ちてくる。その中をゆっくり歩きながらエリオットは柵まで近づいた。

 その姿が女の子にとって、すごく幻想的であった。

「僕はエリオット。君は?」

「ウィス……、ウィス・コランドリ。さっきのは、あなたがやったの?」

「うん。魔法っていうんだ。まだ練習中だけどね」

「すごい、すごいすごい!!」

「あはは……、そ、そう?」

 エリオットは面映ゆい表情を見せた。

「私も使えるかな?」

「先生が言うには素質と練習が必要なんだって」

「先生? やっぱり学校に行かないと学ぶことが出来ないの?」

「ううん。僕は学校に言ってないけど家に専属の先生がいるんだ」

「専属の先生かぁ……、いいなぁ」

 ウィスの表情に陰りが見えた。エリオットは着古したウィスの上着を見た。

「ウィスは学校に行ってないの?」

 ウィスは小さく頷く。

「家が貧乏だから学校には行けないの」

 エリオットは学校に行けない家庭もあるのだと初めて知り、しばらく沈思した。

「文字の読み書きは出来るの?」

 ウィスは首を横に振る。

「うーん……」再び黙考する。そして人差し指を立てて、屈託のない笑顔を見せる。「じゃあ、たまに僕の家においでよ。先生が読み書き程度なら教えてくれると思うし」

「いいの!?」

 陰りが見えていたウィスの顔に、戸惑いと嬉しさの表情が現れた。

「うん。今から先生とお母さんに聞きに行くけど、大丈夫だと思うよ。ちょっと待ってて」

 そう言い残しエリオットは自宅へと走っていった。

 リビングに飛び込んだ途端、エリオットは二人に聞いた。

「ねえ、お母さん、先生、一人学校に行けていない子がいるんだけど、ここで勉強させることって出来る?」

 午後のお茶を啜っていたクラーレとエミリエは、その言葉に顔を合わせた。

 クラーレは咀嚼していたお茶菓子を飲みこむ。

「私は大丈夫ですけど……」

 と、エミリエに伺いの表情を向けた。

「クラーレが大丈夫なら良いわよ。お友達が増える事や勉強が出来る事は良い事だし」

 エミリエの柔らかい表情に目を輝かせたエリオットは、踵を返し戸口に駆ける。

「分かったー。ウィスに言ってくる」


「これで人を思いやる良い子に育ってくれたら、こちらとしても嬉しいわ」

 その言葉にクラーレは頷く。

「そうですね。魔法は素質がないと教えるのは厳しいですが、勉強ならエリオット君と一緒に出来ますし」

 二人は微笑みながら会話を楽しんでいた。


 外に出たエリオットは笑顔でウィスに走り寄った。

「先生も、お母さんも大丈夫だって!」

「本当!?」

「今日は僕も先生も休みだから明日から遠慮なく来るといいよ」

「ありがとう! まさか勉強が出来るなんて」

 ウィスは祈る様に胸の前で両手の指をからめ、エリオットに感謝したが、すぐに顔を曇らす。

「でも……、鉛筆とかも無いんだけど」

「大丈夫、家にあるから。それに先生も色々な本を持っているから、すぐに読み書きができるようになるよ」

「そうなの? じゃあ帰って、おばあちゃんに聞いてみる。大丈夫だったら早速明日からエリオットの家に行くね!」

「うん、待ってる」

 エリオットは、最近疎遠になっている隣のガーラル以外の友達が出来て、嬉しさを隠せないでいた。

 何度も振り返って手を振るウィスを、エリオットは見守るように見送っていた。

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