第一回勇者対策会議
勇者エリオットが生誕して二週間が経った。
その日、世界の四大陸を治めている七人の首脳らがビルダーナにて一堂に会した。隣国の二人の首脳は先日に入城している。まだ内紛を起こしている国もあったが、一時休戦協定を結び、円卓につく頃には勇者の対応について首脳たちは小声で協議していた。
勇者が産まれた旨の手紙を送ったクレイトスが、とりあえずの議長をすることになった。
「遠い所をはるばる足を運んでいただき、ありがとうございます。グレイズ王国、ラニエステル・グレイズ国王。イツツクニ民主国、タニヤ・フジ首相。ブランノール法治国、アルベイニ教皇。エルサント共和国、ロノワ元首。オルガノフ帝国、クロード・オルガノフ帝。ジラール連合国、フェンバック代表」
クレイトスは一言も間違えることなく、各首脳の名前を言う。
「端的に言いますと、伝達の通り、勇者が誕生しました。それで各首脳と連携をとって、これから十五年以内に勇者対策を練りたいと思います」
離れの席に座る書記官の筆ペンが走り出す。
「勇者とはそんなに危険な存在なのですか」
一番若いフェンバックが、先陣を切って挙手しながら問う。二十年ほど前に出来た連合国のため、勇者の詳細が伝承されてなかった。
「災害と思っていい」
一番長老のエルサント共和国元首のロノワが呟く。愛用の杖が椅子に立てかけてある。
「ならば、私たち連合国は勇者と関わりを持ちたくありません。失礼させていただきたい」
フェンバックの言葉に複数の首脳から苦笑が漏れる。
「勇者と関わりをもった国は災害に遭う確率がかなり下がる、と文献には書いてある。真っ先にそなたの国が滅亡しないことを祈るが」
嘲笑とともに、ビルダーナ隣国の王ラニエステルはフェンバックを諭す。
その言葉にフェンバックは絶句した。
「これは全世界の問題なのだ。全世界で勇者の承認欲求を満足させないといけない」
「それよりも早く話を進めましょう」
唯一の女性である、齢三十後半の蠱惑的にな教皇のアルベイニが急かす。
クレイトスが仕切り直しと言葉を発した。
「とりあえず、必要なものを列挙しましょう。そして足りない部分は都度、話し合うと言う事で。まずは物語、勇者が満足出来る結末を作らなくてはいけない。そのためには各国の著名な作家などを集めて構成させます。そして魔物。これは今から各国で魔物を捕獲し養殖、飼育などして個体数を増やせぱいいと思います。それらを適宜、勇者パーティーに、あてましょう」
その時、黒ぶち眼鏡を人差し指で上げながら、イツツクニ民主国、タニヤ・フジが手を上げる。
「道中魔物を勇者にあてる時は、私たちの国に気配を消せるシノビがいますので派遣しましょう」
「ありがとうございます。勇者パーティーのメンバーも内通者で固めます。勇者に魔法を教える魔導士はアルベイニ教皇に一任したい。確か前回勇者が現れたときの、魔導士の弟子たちが生きているという話を聞いたことがありますが」
アルベイニは用意された茶を啜ってソーサーの上に置いた。
「分かりました。勇者が死なないように最高の魔導士を用意しましょう。勇者が物心がつく頃に一人、魔導士を付けたいと思っています」
アルベイニは小さく頷いた。
「後は、伝説級の武防具ですな」クレイトスの隣に座る隣国のグレイズ王国、ラニエステル・グレイズが口を挟む。「それらは前勇者が隠居していた住居にある可能性が高い。我が国に残っているはずです。探させてみます」
「お願いします。後は……」
「魔王だな」
重鎮たる佇まいを見せていたカイゼル髭のクロード・オルガノフ帝が、ようやく口を開いた。
円卓に座る首脳たちは一様に口を閉ざした。最重要課題が残っている。
クロード・オルガノフは話を続ける。
「我が国の北の山岳地帯に、巨人が住んでいるという噂がある。その巨人を探索して捕獲。魔王として勇者にあてるということも出来るかもしれないが、あくまでも噂だからな、信用に値するか分からない。この案は最後の策と思ってくれ」
喉の渇きと空腹を覚えたクレイトスは時計を見た。
「まあ、続きは午後にでも行いましょう。長旅で疲れていらっしゃる首脳もいる。別室に昼食を用意しています。皆さま、私についてきてください」
そう告げて、クレイトスは扉に向った。
クレイトスがノックすると、廊下に待機していた近衛兵が扉を開ける。各首脳たちは最重要課題を頭の片隅に残したまま席を立って、円卓の部屋を後にした。
食事後、二時間の休憩中、各首脳はロビー活動に勤しんでいた。まだ勇者が目覚めるまで十五年あるからだろうか、内容は国家間の貿易や通貨、関税の話が主だった。それを見越してか、財政担当者を同行させてきた首脳もいた。
午後も、クレイトスが引き続き議長をすることとなった。
「魔王問題は今後の課題としましょう。強い魔物が捕獲出来たら、それを魔王に仕立て上げることも出来ますから。あとは勇者の財源です。当然ながら魔物を倒しても金銭やアイテムなど出てきません。勇者の旅路に必要な金銭やアイテムを、どう自然に捻出させるか、なのです。食費、宿代、武器の維持費、回復アイテム等の購入費……。何か行動するだけでも金がいる」
先程の無知である失態を帳消しにしようと、ジラール連合国フェンバックが挙手する。
「攻略先に宝箱を置き、そこに金銭や売って金銭になるものを入れておけば良いのではないでしょうか」
「あからさまに開いていない宝箱が置いてあるのは、不自然じゃないか?」
「普通わしが一般市民なら、誰かが開ける前に真っ先に宝箱を開けるがな」
「洞窟などに宝箱があるのは、確かに不自然ですね。洞窟探査は、ほとんど終了してますし」
どうも否定的な意見が飛び交う。
「そ、それならば全世界共通の討伐ギルドを構築するのは、いかがでしょう。魔物討伐に懸賞金をかける。これならば」
経済的に困窮しているエルサント共和国元首のロノワが、恥を忍んで伝える。
「今から全世界共通のギルドを構築するには、相当の費用が掛かる。その費用が我が国では捻出できない。それ以前に魔物の絶対数が少ないのでギルドの必要性が無い。勇者に各首脳直々の依頼という事で、魔物を討伐させ対価として金品を渡す、というのはどうだろうか?」
「うむ、それが一番自然かもしれん」
クロード・オルガノフが、鷹揚に頷く。
提案したフェンバックは、沈んだ顔で大人しく引き下がった。
「通貨はどういたしましょう」アルベイニが問う。
「それは両替商に任せましょう。勇者といえど、ある程度手間を知ってもらわないと」
「国が違うのに、統一された通貨が存在するというのも妙な話ですし」
「あと勇者が作家の脚本とは違う行動を起こした場合は、どうするかだな」
ラニエステルが懸念している事をいう。
最長老のロノワが、それに答えた。
「確かに勇者も人の子。不測の事態に対応できるよう、作家に色々と違った脚本を用意した方が良いかもしれません」
その後も会議は三時間ほど続き、細かい内容まで話は及んだ。
書記官のインクが少なくなって来た頃、ある程度、課題は出尽くし、各首脳陣の持ち帰りとなった。
「もう、いい時間ですね。皆さんも国政で多忙でしょうし、また一年後、進捗状況と新しく出た課題について話し合いましょう。それでは皆さん長時間お疲れ様でした」
各人たちは勇者についてや自国の経済についての話を引きずりながら会議室を後にした。
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