勇者が来る!!

北丘淳士

平和な時代

 人口七百人ほどのスワリ村の特産品は、薬草を精製したポーションの原液と、モノグと呼ばれる昆虫から取れた糸を使った織物だ。時折それらを村長のバルクスが、馬車に詰めて王都まで卸に行く。その時は、ラルフも警護のために同行する。

 馬車は開けた村から森の中に入っていく。

「今年は質のいい薬草が採れて、ポーションの原液は高値で売れそうだ。それにスワリ織物も品質が良くなって、いい土産を持って帰られるだろう」

「その様ですね。エミリエが言っていました」

 手綱を握るバルクスの隣で、ラルフは周囲を警戒している。

「まあまあ、そんなに警戒しなくても、最近は魔物の出現報告もないし、出たとしても馬車の音で出てこないだろう」

「確かにそうですが、万が一というのもありますから。それに一応国民から給金をもらっている身ですので、任務は全うしなければなりません」

 ラルフは王都からの出向という立場だった。ラルフは長閑なスワリ村が好きだった。

 そのような会話をしていると、やがて森を抜け、牧歌的な平原が広がる開けた場所に出た。頑丈な柵に囲われた牧場に同じく頑丈に造られた建物が散見する。とりあえずラルフは警戒度を下げた。バルクスと一緒に何度もこの道を通ったが、森を抜けた安堵感と開放感は彼にとっても心地よいものだった。遠くには王城も見えている。

「ところで奥さんの様子はどうだ?」

「ええ、つわりも治まり、ようやく安定してきました」

「そうか。ラルフ殿も村に来てくれて、皆も安心して農業が出来ている。生まれてくる子供は娘か息子か判らないが、やはり戦士に育てる気か?」

「そうですね、出来れば子供の意見を尊重してあげたいですが、物心つくまでは剣を振らせようと思います。自分の身は自分で守れるようにしたいと思ってますので」

「ラルフ殿の子供なら立派に育つだろう。私も成長を見守るのが楽しみだ」

「ありがとうございます」

 一刻程、馬車を走らせると、遠くに見えていた王城の正門がもう目前に迫っていた。

「ラルフさーん」

 遠くから門兵が手を振っている。

 馬車に乗ったまま、その若く体格の良い門兵に近づく。

「ラルフさん、久しぶりです!」

「えーっと、誰だっけ?」

 ラルフは真顔で嘯く。

「酷い、ベルハルドですよ! 槍術を教えてくれたじゃないですか!」

「ははは……冗談だよベルハルド。稽古は続けているか?」

「もう、人が悪いんですから。稽古は欠かさず続けてます。今日も警護ですか? お疲れ様です!」

「ああ、積み荷の検閲はするかい?」

「いいえ、大丈夫です。どうぞ、お通り下さい」

 ベルハルドは笑顔で道を開けてくれた。

「ラルフ殿でも冗談言うんだね」

 微笑みながらバルクスはラルフの顔を見る。

「ええ、彼が新人の時に槍術を教えていましたからね。体格も見た目通りなかなかのもので、しかも根性とセンスのある奴ですよ」

 馬車はそのまま門の近くにある商館に入り、広場の一角にバルクスは馬車を係留した。彼は樽に入ったポーションの原液三本と、スワリ織物十二点の値段交渉を始める。そこの代理人は荷台に乗り込み、それらの品質を鑑定し始めた。

 ラルフも一緒に馬車から降りて、凝り固まった身体を伸ばす。そして荷台に乗った飼葉を馬に与え、交渉が終わるのを待った。

 代理人の提示した金額にバルクスは二つ返事で答えた。思っていたよりも高値で売れたようだった。

 荷役を三人呼んだ代理人は、荷台から商品を降ろすよう指示して今回の交渉は、すんなり終わった。

 バルクスがラルフに笑顔で近づき、「想像以上の値段だったよ」と小声で言った。

「それは良かったです」

 ラルフも思わず笑顔になる。

 次の馬車が外に待機していたため、バルクスとラルフは馬車に飛び乗り馬車回りを通って外に出た。

「後は村での必需品を買っても、かなり余るので菓子でも買って戻ろう。村の子供たちも喜ぶだろう」

「了解です」

 ラルフを乗せた馬車は日が暮れる前に、スワリ村へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る