第三章 幼女は邪神として崇拝される(愛弟子よ、これがお前の師匠や

第15話 メタモルフォーゼしようじょ

 どれくらいの月日が、流れただろう。

 ウチの開拓村は、もうちょっとした街と言っても遜色ないくらいに、発展していった。


「アトキン、街がどんどん大きくなっていきますね」


 ダンジョン山の頂上でピクニックをしながら、クゥハが街を見下ろす。


「せ、せやな」


 ウチはサンドウィッチを食べながら、しみじみと街の光景を見渡した。

 

 山の下では、元ムカデの亜人種たちが、自分たちの領地を耕している。

 もうミニオンのスケルトンを、農民代わりに扱うこともない。町や村の住民が、手助けをしてくれる。

 スケルトンは建築や、街の警備役に専念することになった。


 このカツサンドだって、手作りではない。テネブライにできた街で、売っている物だ。住民と協議しながら改良に改良を重ねて、おいしく仕上がっている。

 

 住人なんて、最初はクゥハとたった二人だけだったのに。

 今では、人口一三〇〇人を超える街へ。


 パン屋やベリーのジャム売り場など、自分たちで商売を始める者も現れた。元々は魔物なんだから、物々交換でいいはず。なんなら、魔物のままで獲物を食い合えばいいのに。しかし彼らからすると、「邪神アトキン様の文化をマネすることが、信仰に繋がる」のだとか。


 どうもウチは、信仰の対象になってしまったらしい。


 通貨の概念も、覚えたようだ。


 ウチは、ダンジョンのクリア報酬であげた金銀財宝を、通貨として用いることにした。銅貨がほとんどだが。


 いつか、商人などが来たときに困らないように、通貨取引の練習をサせているのだ。

 

「魔物だ!」



 ときどき、よそから来た魔物が、ウチの領地を襲うときがある。領主ともなると、魔物たちが領地を狙って襲撃に来るのだ。


 特に問題はないので、ウチがぺしぺし。


 モンスターは撤退していった。


「おお、邪神様!」


「見事!」


 住民たちから、拍手喝さいを浴びる。


 いや、それほどでもないんだが。相手は、敵方のオークだったし。


 また、移民希望者がやってきた。住民が、増えることになる。

 

「おっしゃ。服でも作ったろ」


 ウチは作業場に戻った。住民のための衣服を作る。

 今までの彼らは、ただボロ切れや葉っぱを縫い合わせた服装のみだった。

 装備品作りの過程で、衣服を作る作業にも慣れる必要があると、ウチは思ったのである。

 

 ダンジョン攻略で得た【アラクネマシン】の糸を使って、服を縫う。


 アラクネマシンはどんなものかというと、「自動的に糸を出す、足踏み式のミシン」である。


 これまでも、住民のために寝具を作ってやった。布団や枕などを、アラクネの糸を使って。

 それ以来、住民はウチのことを【邪神:アトキン】と呼んで崇拝するようになった。

 いいのか悪いのか、まるでわからないけど。

  

「だんだん、うまくなっていませんか? 染め物のやりかたまで覚えて」


「いや、だんだんとモチベは落ちてるんや」

 

 お裁縫の知識など、ウチにはない。コスプレをやっていたツレの作業を思い出しつつ、適当に服を作っていく。


 ウチが作りたいんは装備品であって、かわいらしい服とかではないんだなと、思い知らされた。いくら心は乙女でも、向き不向きというものがある。

 

 衣装の知識を持っているやつが欲しい。外から連れてくるか。


 染料をふんだんに使ったカラフルな服を、移民たちは身につける。

 移民たちは、この上なく感謝した。

 

「あとは、家か。待ってや」


 食事を与えている間に、家の建築を始める。人口は増えたが、土地は余っている。多少人口爆発があったとしても、楽勝で耐えられるだろう。


「希望として、見晴らしのいい海沿いがええか。住処に近い山側がええか」


「海側がいいです」


「よっしゃ」


 ほとんどの人は、森が近い山側を選ぶ。彼らの中にも、新しい価値観が芽生え始めたのかもしれない。


 ウチが前に使っていたアジトの跡地に、家を建てる。木材を組み立てて、簡単な小屋を作るのだ。


「よっしゃ。こんなもんかな」


 いずれここも更に発展し、諸外国とも交流が行われるだろう。

 そのための港も、実は設計中だ。

 新しく入った移民には、港の管理をしてもらおうかな。


 いつか大陸外からの商人などが、この地に現れるだろう。そのとき売買の仕方などを学んでおかなければ、足元を見られる。


「なあ、クゥハ。ウチ、いつまでもこの格好ではアカンか?」


 ウチも、いつまでも魔物の姿では怪しまれそう。最悪、諸外国から攻撃を受けるかもしれない。

 クゥハはダークエルフなので、カブトさえ脱げばいいが。

 ウチはなあ。この幼女スタイルが、気に入りすぎているのだが。


「ならば、【メタモルフォーゼ】をしますか?」


 ウチが事情を説明すると、クゥハが提案してきた。


「メタモル……変身か?」


「はい。あなたも、街の魔物たちのように、人間に擬態ができますよ」


 しかも魔物は、魔力をまるで消費せず、人間に変身が可能だという。


「戦闘力は、落ちるのでは?」


「いいえ。ワタシが今、この状態なので」


 単にヨロイを着ているだけなので、戦闘力はまったく落ちないそうだ。

 

 ノーリスクで、人間に擬態できるとか。魔物、やばすぎるだろ。


「どうしてアトキンは、人間の姿を取らないのか、疑問だったんですよね」


「いや、必要性を感じへんかったからな」


 また人間になったら、また瘴気に侵されるのではないかと。


「どうやったらええんや?」


「スキル表に、やり方が載ってますよ」


 ウチは、ステータスをオープンした。


 たしかに、メタモルフォーゼという欄がある。『人間に擬態できる』と、書いてあった。

 やり方は、念じるだけ。形状の細かい変更は、元の姿に依存する、と。

 なるほど。幼女がオトナのお姉さんになるのは、不可能ってわけだな。まあ、いいか。


「クゥハ。新しく入ってきた移民を、港まで連れてきたってや」


「はい」


 人払いをして、メタモルフォーゼに備えて念じる。


 単なる幼女だと、商人や貴族たちに舐められそうだ。ならば、こっちもカリスマ性あふれる淑女としての姿を、手に入れるべきか。

  

「では、メタモルフォーゼ」


 さて、この姿が人間態を取ると、どうなるのやら……。


「まあまあやな」


 姿見で、自分の様子を確認する。

 黒髪ロン毛ツインテの幼女が、立っていた。

 ウチは、自分の胸を触る。弾力、問題なし。

 バストもヒップも、トランジスタグラマーのままだ。プロポーション的に、問題なし。


「悪くはないかな」


 あとは、衣装だ。

 ウチはあまり、着飾るのはスキではない。コスプレをしていたツレの趣味にも、正直ついていけなかった。生地や着心地などこだわりが強すぎて。なにより、ゴスロリすぎるのがイマイチだったなーと。


 ただ、貴族を相手にするなら、それなりの服装でお招きしなければ、無礼というもの。


 仕方なく、フリフリ全開のワインレッド衣装に身を包む。


「ただいま戻りました。って、すごい格好ですね」


「そうか? ウチとしては、あまり納得がいかんのやが」


「いえいえ。今のお姿にピッタリですよ。色白の肌にワインレッドが映えて、お人形さんみたいです」


 そのお人形さんっぽいのが、人間臭くないから苦手なのだよなぁ。


「ほんで、クゥハ。手に持ってるのはなんや?」

  

「そうでした。アトキン、港にこんなものが止まっていました」


 クゥハは、一羽の鳥を手に持って連れていた。

 鳥の足首には、紙切れが巻かれている。


 これは、手紙?


「差出人は……カニエ!? あいつ、ここがようわかったな!?」


「どなたなんです?」


「ウチの生前の、弟子や」


 手紙を開く。


「拝啓、アトキン・ネドログ様。あなたが亡くなって……もう三〇年経ちましたがぁ!?」


 さ、三〇年だと?

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